57 パン屋 VS 王室のスマイル対決勃発
王族に通用するとは思えないが、わたしのスキルはこれしかない! いでよ、看板娘モード!
「まぁ、殿下!」
立ち上がった方がいいよな? たぶんそうだよな?
よくわからんけど立ち上がって、パン屋の看板娘スマイルを顔に装着! 魔力の操作より熟達してるぜ、まかせとけ!
「こんばんは、ルルベル嬢」
「お声がけくださり光栄です、殿下」
「どうか、ローデンスと呼んでほしい」
王子は王室スマイルで応じた……そうだよね、王侯貴族もスマイルだいじよね。スマイルでの勝負を受けて立たれてしまった感があるが、わたしも必死である。
「はい、ローデンス様」
ふわっとした金髪に青い瞳……若干、水色寄りの青かな? まさに夢の王子様みたいな容貌のローデンス殿下が王族スマイルをたたえておいでになると、なんていうか……肖像画って、ほんっと! 全然盛ってなかったんだな、むしろ現物の方が強いな! って思うね。いやマジで。
わたしは、にっこりを再発動した。ほかにできることがないからだ。
気をつけろ、ルルベル。うっかり「はい」を連発してると、また大変なことになるからな!
「なにか、ご用でしょうか」
「夕食を一緒にと思っていたのだが、出遅れてしまったようだ」
「はい、殿下」
適切な返事かどうかわからんけど、まぁいいだろう。
今になって気がついたけど、ローデンス様の斜め後ろにエーディリア様も控えておいでだ。えー、チョロそうなパン屋の娘を落としに行く、なんて案件でもつきあわなきゃいけないの? ……大変だなぁ。
「名前を呼んでくれという願いは聞き届けてもらった気になっていたのだが、勘違いだっただろうか?」
「申しわけありません、ローデンス様」
ところで、食事は終わってるんだけど、どうするつもりなの? 居座るの? だったら同席してるメンバーを紹介しないといけないのでは? リートもシスコも立ち上がってるし……。いやでも同級生か、紹介するのもおかしいか。
うわーん考えることがいっぱいあって間に合わない!
ヘリング・パイ二個に三つ編みパン一個ですね、お釣りはとっといていいですか? ってやだな、お客さん、ぴったり! ……みたいな状況ならいくらでも対処できるんだが。なお、ヘリング・パイっていうのはヘリングというひとが考案したパイで、労働者の人気メニューだ。要はミートパイなんだけど、縁のところがカッチカチに作ってあって、そこを持って食べると崩れづらいんだよね。
……ああ、現実逃避してしまう!
膠着状態を破ったのは、リートだった。
「俺は先に失礼します」
そういう破りかた、するなよーッ!
「えっ、やだ。困る」
思わず口走ると、王子とリートが同時にわたしを凝視した。
口を開いたのはリートの方。
「なぜだ」
「魔力の制御の話、もっと聞こうと思ってたから……。食後のお茶は奢るから、たのむよ」
「そうです、わたしも伺おうと思ってました!」
シスコ! ナイス援護射撃! 愛してる!
「リートはいろいろ詳しいし、説明がうまいから助かるよね」
「……なんで俺が君らの都合に合わせなきゃならないんだ」
心底嫌そうな口調だけど、顔はいつも通りなので、リートがなにを考えてるかはさっぱりだ。
ファビウス先輩の言葉通り、リートが王家に雇われてるなら……王子の邪魔なんてできないはずだけど。でも、たのむよ。護衛だろ? 見捨てないでくれよ!
「魔力制御には興味があるな。是非、聞かせてくれ」
王室スマイル百パーセント増量で王子が口を出して、リートの運命は決まった。ははは、一抜けしようとするからだ、ザマアミロ!
そして、この段階でようやく、わたしは気がついてしまった――これ、王子の弱点を踏み抜く話題だったのでは? と。
だって王子は巨大魔力の持ち主だけど、制御不可だとの評判をとっているはずだ。だから危ない、って。実際、総演会で見た王子の魔法は、まぁ一応一箇所にまとまってはいるけど制御できてるかっていうと……って感じだった。
最近、ファビウス先輩の魔法を毎日見てるので、余計に思う。たぶん、球体がぶざまに歪むとか、先輩ならやらない。エーディリア様に途中で受け渡すにしても、なんかもっと華麗にやるだろう。全部ぶん投げました! みたいなことにはならないはずだ。
「じゃあ、飲み物を取って来ます。あ、殿下……じゃない、ローデンス様はなにをお飲みになりますか?」
「ローデンス様のお飲み物は、わたしが」
エーディリア様が、すかさず引き受けてくださった。さすがだ。わたしは看板娘スマイルをエーディリア様にもふるまうことにした。食らえ、下町娘の馴れ馴れしさ!
「助かります! じゃあ、わたしたちふたりで取りに行きましょうか!」
有無をいわさず、わたしはエーディリア様の肘に手をかけ、飲み物コーナーへと向かった。夕食時は、朝食と配置が違うのは覚えた。覚えたけど、自分で取りに来るの、はじめてかも。
「殿下のお飲み物は、特別な手配が必要ですの」
「そうなんですか?」
「お毒味をしなければなりませんので」
あっ……。そういう特別!
「大変なんですね」
「本来、夕食を学生食堂でとられるなんて、反対なのですけど」
そりゃ警護する側から見たらなぁ。人が多いし、出入りも激しいし、大変そうだな。
いや、待てよ。夕食?
「ひょっとして、殿下とエーディリア様は、夕食を済ませてらっしゃらないです?」
「ええ」
「じゃあ飲み物じゃなくて、お食事をお持ちしましょう!」
「いいえ。ここで出されるものを殿下に供することは、許されません」
「あの……それってやっぱり、毒味とかそういう問題ですか?」
「そういう問題です」
「食後のデザートとか……も、駄目ですよね」
「ええ。結構です」
ある程度はスイーツっぽいものも準備されてはいるが、ものすごい競争率だそうだ。
ていうか、わたしはここでスイーツを見たことがない。存在することすら、シスコが教えてくれなければ知らなかった。今もチラ見してみたけど、なさそうだ。ここで殿下がお望みですとかいえば、なにか出てくる可能性が……なんてことは、ちょっとしか考えてない。そう。ほんのちょっとだ!
飲み物注文カウンターに行くと、エーディリア様は誰かを呼んだ。
「イェーラグ」
「はい、お嬢様」
「殿下とわたしの飲み物を」
「ご用意できております」
すっと出て来たふたりぶんのカップを盆に載せ、エーディリア様はわたしを見た。
わたしの方は、カップとポットを並べてわたわたしているところである。うちはパン屋であって喫茶店ではなかったので、こういうの、苦手……。リートは器用なんだなぁと思いながらバランスを調整して、ようやく出発だ。
「そういえば、シュガの実の果汁じゃなくてもよかったんですか?」
たしか、シスコがエーディリア様が興味を示していたっていってたな、と思いだして話しを向けてみる。と、エーディリア様は少しだけ残念そうにお答えになった。
「わたしも、殿下と同じで飲食には制限がございますの」
「えっ。大変ですね!」
「これも、尊い御身をお守りするためのお役目です。当然のことですわ」
すげぇ。覚悟が違う!
「ご立派ですね。わたしだったら、とてもつとまらないです……」
なにしろ、入学四日目にして実家に帰ってパンとか食べてるしな!
わたしは純粋に感心してるんだけど、エーディリア様はなんだか変なものを見るような目でわたしをご覧になった。……あ、初日に気がついた肌荒れ、今日はよくなってるっぽい?
「あなた、そんなことじゃ駄目よ」
「はい?」
「殿下のお世話に関しては、わたしから引き継いでいただかなければ」
はいぃい!?
「無理です」
即答しちゃった。
いやだって無理じゃん、そんなの。無理じゃなくてもやる気ないし!




