56 結局、魔法に関しては制御が重要らしい
「当然そうなるな」
リートが平常運転だが、まぁ……その通りだよなぁ。当然そうなる。
ジェレンス先生なら、さぞや罵詈雑言をまき散らすであろう――魔法の知識もろくにない素人に呪符魔法を扱わせるなんて、頭沸いてんのか? それとも蒸発して空っぽか? って。
「もちろん、東国では隠してるから。話題にはなってないよ」
「……呪符魔法って、難しいよね? 正確にやらないと、ちゃんと機能しないし」
「うん。だから、図形を描くための定規なんかも売ってるそうだけど、それでも雑にやって爆発したりとか……」
「呪符魔法あるあるだな」
物騒だな! わたし、呪符魔法を使いこなしたいんだけど!
「ねぇ、呪符魔法の勉強はしてる?」
ふたりはなぜか、顔を見合わせた。まず答えたのはシスコだ。
「あれは危険だから、先生の手が空いてないと練習もできないの」
そこまでかー! ていうか、そんな危険なものを東国は素人さんに解放しちゃったんだな……と思うと、怖い。
「俺は、多少は使える。まだ実用の段階にはないが」
「すごいね。入学前から訓練してたの?」
シスコの問いに、リートは真顔で答えた。
「そうだ。生属性で、ある程度の負傷は自分で手当てできるからな」
あああ……ウィブル先生の思想が浸透してる! 治しちゃうから大丈夫、的な!
「呪符魔法って、描くときがいちばん危険なんだっけ?」
「術者にとって危険なのは、そうだな」
「描き終えてたら、呪符が欠けたりして壊れても危険じゃないの?」
こんなことを訊いたのは、エルフ校長との空中散歩で巨大呪符魔法遺産の話をされたからだ。あれが爆発したら怖いぞ……でも、たぶんそんなことはないんだろうな。
「すでに発動済みの呪符なら、欠けても魔法が停止するだけだ。未発動なら、そもそも発動さえしない。欠けを定義して発動する仕掛けを仕込むことは不可能ではないはずだが、高等技術で一般的でも現実的でもない」
なるほど。じゃあ、王宮に残ってる呪符瓦が危険な可能性は低そうかな。
「でも高等技術ってことは……存在しないわけじゃないのね?」
「よほどの達人でないと仕込めないし、仕込んだとしても予測通りに発動するかは賭けになるな。どこがどう欠けるかの予測を当てる必要がある」
「自分で欠けさせたら……意味ないか」
「そうだ。自分で操作するなら、呪符を複数用意してそれぞれ発動させるだけの話だ。その方がずっと単純で確実だ」
「魔道具の普及って、いちばん危険なところを本職の魔法使いがやってるから可能なんだよね」
しみじみとした口調で、シスコがいった。たしかにそうだ。
生活を支えている魔道具、富豪しか持ってない高級品もあるけど、下町の日常を支えるようなインフラにも使われてるわけで。それが生活に溶け込んでるのは、運用するだけならただの道具だからだ。
「それを、東国では一般に解放しちゃったわけかぁ……。すごい技術だとは思うけど、困ったことになるのくらい、すぐわかりそうなものなのに」
「央国への反発心も、実用化に踏み切った一因だろうな」
「え、そうなの?」
「央国は伝統を重んじる。小回りがきかない部分も多いし、いくらなんでも旧態依然とし過ぎだろうと思われる部分もある。だが、だからこそ安全管理は厳重だ。魔法使いが資格制なのも、央国主導ではじまったことだ」
それは知ってる。一冊めの課題図書で読んだしレポートにも書いた。
「東国は、央国のそういうところを『旧弊』と呼んで、うるさがってる風潮はあるわ」
シスコが訳知り顔でうなずいた。
「馬鹿にしてもいるだろうな。央国が作った規範は堅実だが、そのせいで魔法の勉強には金と時間がかかり、必然、上流階級のみのものになってしまった。東国はそうじゃない。だから、魔法という技術を支える裾野が広い。そして、自分たちの新しい技術がすごいという事実に飛びつく。技術がすごくとも、使い手が稚拙で無知ではどうにもならない、そういう分野であることへの理解が乏しい。あるいは、敢えて無視している」
「うちの国への対抗心が原因で、ってこと?」
「俺にはそう見える、ということだ」
わたしはちょっと感心した。
「リート、いろいろ考えてるんだねぇ。すごいな」
「こんなの当たり前だろう」
「ううん、わたしもすごいと思うわ。ぼんやり思ってたことが、ちゃんと理屈が通るかたちで出てきて、びっくりした……そうね、きっとそうなんだわ」
シスコも感心しているようだが、ここで謙遜したり恥ずかしがったりするリートではない。
「頭から押さえつけられるのが鬱陶しいという気もちは、理解できるからな」
「……リートを押さえつけるのって大変そう」
思わず漏らした感想に、リートは底意地悪そうな笑みで応じた。
「試してみるか?」
「遠慮する! 試してみるまでもなく無理な気がするし!」
「今のは冗談にしても、君は簡単な護身術くらい身につけておくべきだな。今後、聖属性魔法使いの争奪戦は激化するだろう」
押さえつけるって、そっち? ていうか、食事時に物騒な話ばっかりぶっこむの、やめてもらえます?
「魔法の訓練だけで疲れ果ててるし、無理だよ。だいたい誰か一緒にいるし、大丈夫でしょ」
「だが、今日の夕刻、君はひとりだったようだ」
……するどい。
たしかに、ほんの少しの時間だったけど、ひとりきりになった。おもに、ファビウス先輩に配慮のない発言をしてしまったせいである。自業自得というやつだ。
スタダンス留年生があの廊下を通らなければ、もっと長い時間、ひとりだっただろう。あらためて迷子になっていたかもしれないし、考えたくもないけど……まぁ、襲われたりしたら終わりだよね。終わり。
「今後は気をつけます」
「痛い目に遭わないと無理だろうが、心がけてくれ」
なんで嫌な予言するんだよ。爽やかに励ますだけでいいじゃん。
「ジェレンス先生が食堂まで連れて来てくれたりは、しなさそうよね」
シスコのつぶやきに、わたしはうなずいた。ほぼ反射的に。
そうか、わたしはジェレンス先生とファビウス先輩のふたりに特訓を受けていることになってるんだ。でも今は、ジェレンス先生は眷属の様子を見に行ってる……その情報って、どこまで公開されてるの? えっ、これ喋っていいやつ? わからん。
相変わらず飲むように肉を食べていたリートが口を挟んできた。
「研究員はどうしたんだ。役に立つ気がないのか」
「ファビウス先輩は役に立ってるよ! 魔力が視覚化できるって、すごいんだよ。もうほんと、着色してもらえるってね……すごいんだよ!」
「聖属性って、ほんとになんにも見えないの?」
「見えない。渦属性は違うの?」
「なにかを回せば見えるから……」
なるほど? まぁ、そうか。なるほど。
「どの属性であっても、魔力の濃度を上げれば多少は物理的な現象を引き起こすことができるからな。聖属性でも、紙を持ち上げる程度のことはできるんじゃないか」
「えっ、ほんとに?」
「試してみたら結果を教えてくれ。できたかどうか」
「ちょっと! いい加減なこといわないでよ」
「俺は妥当な推測を話しているだけだ。聖属性でなにがどうなるか、体験したことあるはずがないだろう。少しは考えて喋れ」
おまえはジェレンス先生か! あーそうか、ジェレンス先生の「貶さないとなにも話せない」モードと、ウィブル先生の「大丈夫大丈夫、怪我したら直せばいーから!」モードを両搭載のハイブリッド型生徒か! 悪いとこだけ合わさってる!
まぁそれはともかくとして、だ。
「濃度って、どうやって上げるの?」
「それ、わたしも知りたい」
前のめりに乗っかってきたシスコを、リートは冷淡にあしらった。
「渦属性は、濃度を下げることを考えた方がいいんじゃないか? 基本的に効率が悪いとされる属性だからな。濃度を上げたら、ますます小さくまとまってしまうだろう」
「そんな風に考えたこと、なかったわ……」
「考える機会だな。で、上げるにせよ下げるにせよ、濃度の変更は単なる制御だ。上達すれば、できる」
「制御……」
異口同音にシスコとわたしはつぶやいて、顔を見合わせた。
結局、そこに戻るのかぁ。思わず、突っ伏してしまった。お行儀はよくないが、皿はちゃんと避けたので許してほしい。
あーもー、ほんっと! なにをやるにも、制御、制御。ああ、こんなこといったらリートにも、ジェレンス先生にも、頭から超絶馬鹿にされるに決まってるけど……一瞬で達人になりたい!
う〜んと頭を抱えていると、並んで座っていたシスコに肩を小突かれた。
「ルルベル、ちょっと」
「え、なに?」
顔を上げると、きらきらしたイケメンがそこにいた。ローデンス王子殿下である。
……ぎゃー!




