55 技術革新は国際情勢を変化させるものらしい
スタダンス留年生とともに食堂にあらわれたわたしを見るリートの視線は、非常に平坦だった。まぁリートだし。
シスコは、信じられないものを見るような顔だった。わかる。わたしも信じられない。なんでこうなったか、わかってるけど、わからん……。
「スタダンス様、道に迷っていたところをお助けくださり、ありがとうございました」
これで状況を理解してくれ、皆!
「なんの手間でもないです、この程度のことは。それでは、わたしはお役御免ですね? 失礼します」
シスコ、リート、そしてわたしにも。順にうなずいて――たぶん、頭を下げる動作の貴族的なやつ、ライト版……ってところじゃないかと思う――から、重力眼鏡は去って行った。真面目か! でもよかった。居座らないでくれて、ほんとによかった……。
「ルルベル、今日は魔力切れは平気?」
「あ、うん平気。事前にわかったから訓練を止めたんだ。それで夕飯まで時間があったから探検してたら、スタダンス様が通りがかって。食堂まで連れて来てくださった、というわけ」
「びっくりしたよ。だって、このあいだは……あんな感じだったのに」
うんまぁね。重力眼鏡に嫌味いわれたのって、一昨日だっけ? たしかそうだよな……ぶっ倒れて保健室行ったのが昨日で、そこで突如、友好的になったんだし。
「すごく反省なさってるみたいで、とても親切にしていただいたよ」
「そうなの?」
わたしはシスコに顔を寄せてささやいた。
「殿下にも、あまりわたしを誘わないように、いってくださったみたい」
「まぁ。ほんとうに? でも――」
「君たち、喋るなら着席してからにしろ。邪魔だ。料理はまた俺が適当に持って来る。さっさと座れ」
「あーはいはい。シスコ、行こう」
リートに仕切られてると、なんか気が抜けるというか、安心するというか、いつもの居場所に戻った感がある……が、これもやっぱり、ほんの数日間の「いつも」でしかないと思うと変な気分だ。
腰を落ち着けるより早く、シスコが話のつづきをはじめた。
「今日は、わたしも訊かれたの」
「え。なにを?」
誰に? 考えたくないけど、王子に?
「殿下がね、ルルベルと昼食の約束をしているのか、って」
「わぁ……」
声に出ちゃったよ。やめてくれよ。
「ルルベルと昼食を一緒にとったことはありません、ってお答えしておいたわ。特訓が大変で何回も魔力を使い切っているようですから、食事どころではないかも、って」
「ごめんねぇ、シスコにまで迷惑を……」
「ううん、気にしないで。殿下とお話しする機会なんて滅多にないんだし、光栄なことよ。ちょうどいいから、シュガの実を食堂に卸しはじめた話をしておいたわ」
やっぱり、シスコはしっかりしている……。あと、光栄なことって口にしながら、表情が氷点下。王子も、シスコに嫌われるなんて気の毒にな!
「殿下も魔力切れなんか起こしたりするのかな」
「あんまりないんじゃないかしら。使い切る場面が思い浮かばないもの」
「そうねぇ……」
「でも、エーディリア様は興味津々でいらしたわよ」
ああ。家系ロンダリングで貴族の体裁をととのえてまで、殿下の面倒をみる役を仰せつかったエーディリア様……。大変だなぁ、あのひとも。
「エーディリア様って、特殊な能力をお持ちなんだよね? 殿下の魔法とご自分の魔法を入れ替える、みたいなやつだっけ」
「ええ。エーディリア様は、すごく有能ではいらっしゃるけど……たぶん、殿下の暴走を抑えると魔力切れは免れられないんじゃないかしら。殿下の魔力量は、ものすごいもの」
「……たしかに」
わたしは総演会で見た巨大な火の玉を思いだし、あれをつくった王子も怖かっただろうけど、抑制役のエーディリア様もかなり怖かったんじゃないだろうか、と考えた。ウィブル先生は、王子が全力を出すのって、はじめてじゃないかと話してた……ということは、エーディリア様にとっても同じだったはずだ。全力の王子を抑えることができるか、きっと不安だったに違いない。
王子が自分で制御できるようになるべきだなぁと、すごく月並みな感想を抱いしてしまったけど……魔法の制御が難しいのは、わたしにもわかる。すごくわかる。あの魔力量をどうにかするとなると、そりゃ大変だろうね!
「魔力量を増やすのは、使い切ればいいらしいけど。制御の上達は、毎日訓練するしかないの? なにかいい上達法はないのかな」
「苦労してるの?」
「うん。魔力の損耗が激しいんだよね。制御がうまくないせいだと思うんだけど、魔力がなくなるから訓練も切り上げないといけなくて、練習時間がとれないって悪循環だよ」
わたしが愚痴ると、シスコも深くうなずいてくれた。
「わかる。わたしも同じ。渦魔法って、効率がとにかく悪くて……」
「魔力がなくなるまで訓練をつづければ、魔力切れで魔力量も増えるし、徐々に訓練可能な時間も伸びる。つまり、毎日徹底的にやれば解決だ」
テーブルにどかどかと皿を並べながらリートがいった。両手に一枚ずつ盆を持って、その上に大量の食事を載せて来たらしい。
「それはそうだけど、わたし魔力回復力がそんな高くないから、使い切ると回復が間に合わないかも」
「わたしも」
「では節度を持って訓練するんだな。ルルベル、調整果汁だ」
「あ、でも今日は――」
「飲んでおけ。いつ、なにが起きるかわからんからな」
物騒なんだよぉ、いちいち!
「ねぇ、まとめて運んでくれたやつの料金って、どうなってるの?」
「俺がサインしてるに決まってるだろう」
「えっ。そんなの悪いよ」
「調整果汁だけは別会計だ。そっちはシスコに礼をいえ」
「わたしはいいの。全体では、ちゃんと儲けが出るようにしてあるし」
シスコ、ほんとにしっかりしてるよ!
「なら心配ないな」
「いや、そういう問題じゃなくて……シスコもほんとにありがとうね? でもリート、食事のお金は」
「校長にいわれて、君と一緒に食事をしているからな。俺のぶんも含めて、夕食は校長持ちだ」
なんという種明かし!
シスコがなんともいえない顔をしているのは、我々が美しい友情で結ばれていると誤解していたからだろう。ほんとごめん、としか弁明のしようがない。わたしも忘れてたけど、そういや夕食をともにするのはエルフ校長の指示だって聞いてたわ。そうだった。
エルフ校長の人間離れした――実際、人間じゃないから当然なのだが――美貌を連想し、ついでにバリジュワッのソーセージと、それにつづく昼食時にはふさわしくない話なども思いだしてしまった……思いだしたくなかったのに。
わたしは口を葉っぱにした。頭に浮かんだ疑問を言葉にしないためだ。
リートは王家に雇われてるの? って訊いても、きっと答えは得られないだろう。守秘義務があるから、リートは教えてくれない。絶対に。だったら、質問するだけ無駄だ。
「……ごちそうになります」
「ルルベル、シュガの実のことなら気にしないでね」
「それもほんとに、ありがとう……。ねぇ……全然関係ない話をしていい?」
ふたりは、わたしを見た。わたしも、ふたりを見た。そして、尋ねた。
「うちの国と東国の関係が悪化してるって、ほんと?」
これなら訊いても大丈夫だ。たぶん。
まず、リートが答えた。
「なにをもって悪化と表現するか次第だ。期間、程度、実際の現象など、どこを基準にどう評価するか次第で変化する」
「一般論としてならどう?」
ふむ、と少しだけ考えるようにして。肉を飲み込んでから、リートは告げた。
「関税問題で揉めているという話は聞いた」
「関税……」
「央国は、大暗黒期からこの大陸を救い、文明を立て直したという自負がある。よって、大陸の盟主を標榜してはばからない。初期は、周辺国もそれで納得していたのだろうが、前回の魔王封印は遠い歴史の話になった。生きて覚えているのは長命種くらいのものだ。昔の関係をそのまま維持するのは無理がある。殊に、最近呪符魔法が躍進的な進歩を遂げた東国は、いつまでも古びた価値観を持ち出すな、という態度を強めているらしい」
毎度、気が滅入る情報をありがとう……。
「呪符魔法が躍進的な進歩って、どういうこと?」
「呪符魔法は以前から『一般人でも使える魔法』だった。これは知っているな?」
「うん」
「東国では最近、『一般人でも作れる魔法』になったらしい。特別な紙とインクを準備することで、魔力のない者でも書けるという触れ込みだ。ただし、ある程度は呪符を学ばなければ、有効な魔法にはならないがな。ただのらくがきでは、なにも発動しない」
そりゃそうだろうけど……。その紙とインクさえあれば、たとえば「パンを焼きたての状態でたもつ呪符」みたいなのが用意できちゃうってこと? なんだその夢の技術!
「いやでも、すごいね。知らなかったよ。魔法は央国がいちばんだって信じてた」
魔王を封印したのは我が国だから。当然、その後もずっとトップだと、国民は誇りに思ってるんだよね。たとえ自分は魔法を使えなくても。だから、これはちょっとした衝撃である。
そこへ、シスコがさらなる衝撃をぶっこんできた。
「でも、それで事故も起きてるの」




