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54 本は人類最良の発明である

「柱頭が便利です、見分けるには」


 話の流れで、スタダンス留年生が付近を案内してくれることになってしまった。

 まったく、微塵も、お願いはしてないんだけどもね? このへんの構造、みんな同じに見えて……と、ひとこと漏らしたら。それだけで、案内しましょうといわれてしまい。

 そして、ありがたい助言がこれだ。柱頭。

 たしかに柱はたくさんあるけども……柱頭って、柱のてっぺんよね? 天井が高いということは、柱頭も遥か彼方にある。見分けるなんてできるのかな、と疑ったわたしを許してほしい。

 たぶんだけど、リートが「曲がるのはここだ」と教えてくれた角から、柱頭のデザインが変わっているのだ。遠目にもわかるほど、あきらかに。


「見えますね?」

「見えます!」


 二本の廊下が直角に交差する場所。手前の、つまり研修室側の柱頭だけが、有機的な植物装飾だ。カールした葉っぱが巻きついたような彫刻がほどこされていて、なんかこう……凝ってる。

 角の向こうは幾何学的な四角い……はっきりいうと、ラーメン丼の縁によくあるアレみたいな飾りがついてる。

 右手側はやっぱりラーメン丼。左手側はなんの飾りもない。ただ、天井が平坦ではなく、上へ向けてアーチ状になっている。


「この奥と右が、もっとも新しく建てられたものですね、学園の施設で」


 つまり、ラーメン丼柱頭は新しい証拠なのか。手間暇惜しんでる感じか。予算がなかったのか。それとも美の基準が変わったのかな。平民にはわからん世界である。


「こっちと左側は、どちらが古いんですか?」

「左側です、古いのは。ただ、学園のすべての建物の中でという条件なら図書館ですね、最古の建築物は。あれはシュルベアル三世の命によって建てられたものですから」


 そういや、創建当初の姿を残しているのは図書館だけって話だったな。


「図書館ていえば、あのホールの床も、創建当初からあるものなんですか?」

「呪符魔法のことですね、そうです。あれには害意ある者の侵入を阻み、水害と火災から本を守る意図があるとか」


 やっぱりそういうのか! 石に魔力を通すのって難易度高いはずだし、作るのは大変だっただろうけど。

 ……そうなのだ、呪符魔法の基礎を学んだ結果、この程度のことはわかるようになったのだ。ふっふーん。まぁまだ、この程度のことしかわからないんだけど!

 とにかく、困難な作業をするだけの価値はあったんだろう。創建当初の建物で残っているのは図書館だけ、なんだから。あの呪符魔法は使命を果たしてるんだと思うと感慨深い。


「シュルベアル三世って、本がお好きだったんですね」

「多くの本が失われましたからね、大暗黒期には。何冊あることでしょう、目録、あるいは引用にのみ名を残す本が。それらは、二度と読むことができない……どれほど焦がれようとも。それを知っている、シュルベアル三世はたしかに愛書家でいらしたのでしょう」


 その口調から、このひとも愛書家なんだな、ってわかる。


「本っていいですよね」

「はい。本は人類最良の発明でしょう」


 そこまで? と思ったけど、パン屋のルーティーンに満ちた人生から解放されたわたしが、入学以来いちばん純粋に楽しんでるのって……たぶん読書だからなぁ。

 そっか。人類最良の発明か。


「そうですね。そうかもしれません」

「君はあまり教室にいないようですが、いつも図書館に? ――ああ、わたしもあまり朝から教室にいることはないのですがね、正直なところ」


 すごく正直だな! 感心を通り越して呆れそうなほどだ。


「はい、そうですね。基礎の知識も技術も不足しているので、午前中は図書館で勉強、午後は特訓、と先生方が決めてくださいました」

「基礎ですか? 聖属性特有のなにかを学んでいるのかと」

「いえ、まだそんなところまではとても。入学したときなんか、自分の魔力を感じることも、外に出すこともできなかったくらいです」

「まさかそんな。魔力とは、勝手に流れ出すものでしょう」


 いや、あなたを基準にされましても。


「もし勝手に出てたとしても、全然わからないんです、わたしの場合。属性が聖なので……魔王とか、その眷属とかが近くにいない限り、なにも効果が生じないですから」

「……なるほど。そうか、想像力がたりていなかった……。よくいわれるのです、おまえは真面目だが世界が狭い、と」


 本気で衝撃を受けたような顔をされてしまった。


「お互い様ですよ。わたしだって、学園に入るまで魔法のことなんか全然知らなくて。もちろん、魔法を使うひとたちのことも。こんなんで、ちゃんと魔法が使えるようになるのかなって……たまに不安になります」

「それは大丈夫でしょう。心配は無用です」


 なぜか、きっぱり否定された。


「ありがとうございます。でも……どうしてそう思われるんですか?」

「魔力切れを起こすまで魔法の訓練をして、それでも心折れずに継続できる者は、かならず進むことができます。次の段階へ。つまり、魔法を使えるようになるのです。だから、君も大丈夫ですよ、ルルベル嬢。素晴らしい魔法使いになるでしょう、保証します」

「そうなれるよう、頑張ります」

「ええ、応援しています。その……」


 ここでスタダンス留年生は言葉を切り、ちょっと迷ってからつづけた。


「いつぞやは、申しわけなかった。君が魔法の訓練に集中せねばならないこと、これも想像ができていなかった……自分の不明を恥じるばかりです。お許しいただきたい」

「いえ、どうぞお気になさらず!」


 わたしは急いで答えた。放っておくと、跪いて許しを乞われそうな予感がしたからだ。

 いや、うん、なんか今日は妙に丁重に扱われてるなとは思ってたんだけど、そうか。引きずってたのか。前回のを。

 ……真面目!


「殿下には、わたしからよく申し上げたのですが……」


 ですが? なんでそこ、逆接? やめようよ。よく申し上げたから、もう心配しなくていいって流れにしてくれ! ……たぶん無理っぽいのはもう察したけどな!


「お気遣いくださり、ありがとうございます」

「いえ。なんの力にもなれず、申しわけない限りです」


 やっぱり無理なんだな! そっかー、殿下は諦めないかー、まーそーだよなー。うん。知ってた。


「聖属性だというだけで、尊い身分のかたがたのご興味を惹くなんて、想像もしてませんでした」

「実をいえば、逆に(さと)されました、わたしが」

「諭されたって……殿下にですか?」

「救世の力である聖属性魔法使いが我が国に生まれた、それこそが運命。王家としても、しっかり庇護していくべき。そのためには――と、いったところです」


 いやぁ、予想はついてたけど、実際に聞かされると、なんか。なんかなー!


「まずしっかり勉強と訓練を済まさないと、救世なんてできないですよ……」

「なるほど。次に殿下を説得するときは、そのように申し上げてみます」


 真面目か! 真面目だった。眼鏡キャラってもうちょっと腹黒だったりするんじゃないの? ねぇ。転生コーディネイター情報によれば、生徒会の眼鏡を落とすと財力がMAXって話だったから、余計にこう……きっと腹黒なんだと思ってたけど。

 予想というか、わたしの勝手な思い込みに反して、このひと全然そんなじゃない。むしろ、変な詐欺に引っかからないか心配になるタイプだ。


「スタダンス様は、なぜ、そんなによくしてくださるんですか?」

「よく? よくはしていません。当たり前のことをしているだけです」


 真面目か! もう何回めかわからないけど、真面目かーッ!

 黒い前髪の下、眼鏡越しにわたしを見る眼がもうね……まっすぐ・オブ・まっすぐって感じよ! ここ最近、あんまり見たことない系のアレ。そう、最近見ないよね……この純真さは新鮮だ。なんか親切にしてあげたくなるよ……何様目線だよって自分でも思うけど。


「いえ、とてもありがたいです……柱頭の見分けかたまで教えてくださって」

「迷っている新入生を見たら、道を示すのは当然でしょう。わたしは一学年ですが、もう長いものです、寮住まいも」


 あ、ついにそのネタいっちゃう? 留年の話にふれちゃっても平気なの? いや、せっかく友好的になってるのにそんなリスクは……なんとかうまく流さなきゃ。ええと。


「では、食堂まで連れて行っていただけますか? もし、よろしければ」

「無論否やは申しません。どうぞ、ルルベル嬢」


 ……手が出てきたね、うん、ルルベルこれ覚えたよ。エスコートのポーズね。そこまでは! たのんでないんだけど!


土・日は、なろうへの移植はお休みとなります。

また月曜日につづきを読みに来ていただければ嬉しいです。


皆様、よい週末をお過ごしください。

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