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534 正しく恐れることは間違いではないのです

 それから夕刻まで、わたしたちは穢れを探して浄化作業をくり返した。

 さすがにくたびれたけど、魔力は意外と減ってない……呪符を通すだけで、こんなに効率違うんだなぁ。エネルギー保存の法則に反してない? ……まぁ、要は発動さえさせてしまえば周辺の空間から魔力を得て効力を発揮するから、術者の魔力を食わないってことなんだけど。でも、直接浄化と織り交ぜて使ってると、変な気分だよ……。


 それは、そろそろ引き上げようかという雰囲気がただよってきた頃合いだった。

 日が傾きはじめると、谷間たにあいは急速に暗くなる――山が日差しをさえぎるからだ。ちょっと見づらくなってきたはずなのに、一輪の花が目を惹いたのだ。

 殺伐とした作業に癒し……と一瞬思ったけど、すぐに違和感が生じる。

 ……花?

 やや青みを帯びた白の、五枚の花弁。ほっそりとした茎は短い。縮れた葉は地面にへばりつくように広がって、存在感が薄かった。ただ、花だけが目立つ。ほんのりと明るく、薄暮の中に浮かび上がって見えていた。

 今日はずっと戸外で調査してたけど、こんな花は見た覚えがない。というか、薙ぎ倒されたり焼け焦げたり穢れに侵食されて萎れたりした植物ばかり見てきた……。


「校長先生!」


 思わず叫んだ。

 少し遠くにいたエルフ校長が、無法な転移で即座にあらわれる。そして花に気づくなり、その美しい眉をひそめた。


「これは……アシュガルの花ですね」

「アシュガル?」

「氷結した北方の気候に耐え得る、原生植物の一種です」


 リート、と呼ぶ声はするどい。

 かなり遠くにいたはずのリートが、即座に人間離れした速度で走って来た――生属性こっわ。


「なにか」

「空間の歪みが生じている可能性を察知しました。本営に連絡。監視用の人員派遣を掛け合ってください。その際、高速の移動及び伝達手段の確保を最優先に」

「了解。ファランス! すぐ本営に戻るぞ」

「聖女様がたは?」


 ファランス様の問いに、エルフ校長は即答した。


「交代が来るまで待機します。万が一、接敵した場合は退却しますが、念のためにナヴァトは残してください」

「もちろんです。では」


 リートはファランス様と飛び去ってしまった。

 すごく今さらだけど、エルフ校長ってすごいんだなぁと思う。

 いや、魔法がすごいのは知ってるけど、そうじゃなくて。……なんていうのかな、こういうの。いざというときの決断力? 判断力? スパーンと決めてパッと次の行動を指示できるのが、なんかすごい。


 ……なんて、呑気な感想を抱いている場合ではない。


「な……なにができるでしょう、わたし」

「注意深く」

「注意……深く」

「ええ。ほんのわずかでも、違和感がないか。それを辿れば、魔王の封印場所にたどり着けるはず」


 核心に、近づいている――そう思っただけで、なんだか足元が崩れていくような気もちになる。

 怖いんだ、わたし。

 ナヴァト忍者の声も、どこか遠い。薄い膜を通して聞いてるような感じ。


「それは、聖属性ではない俺でもわかるものでしょうか」

「おそらく。ですが、君は敵意に気をつけてもらった方が助かります」

「わかりました」


 ナヴァトが警戒、エルフ校長とわたしが探索……って分業ね。

 わたしが大きく息を吐くと、エルフ校長がそっと肩を抱いてくれた。


「大丈夫。すぐ戦闘になるわけではありません」

「……はい」

「僕がいます。安心してください」


 エルフの無法空間転移で逃れられるんだもんな……そりゃ世界一安全だわ。

 それに、なにか発見しても戦闘はしないようにって、いわれてるんだし……まぁ、こっちに戦う気がなくても、あっちがどうかは別問題だから、ナヴァトが警戒してくれるわけだけど。


「……すみません、不甲斐なくて」

「ルルベル、そんなことで自分をじないで。正しく恐れることは間違いではないのですから」


 うん。

 そうだけど、やっぱり不甲斐ないよね。覚悟が決まってなくてさ……。

 シンプルに表現すると――カッコ悪!


「正しくない恐れをしりぞけられるよう、努力します」


 今の自分にできるのは、その程度だ。でもそれが、たぶん難しい。

 でも、エルフ校長は微笑んでわたしの宣言を受け入れてくれた。


「わかりました。僕もその手助けをしましょう――逆に、僕が妙に思い悩むことがあったら、ルルベルが喝破かっぱしてください」

「はい!」


 そんな機会はないと思うけどな! でも、心構えの問題として!

 ……といったやりとりを経て、わたしたちは探索を再開した。さすがに今度は散開することなく、三人でかたまって歩く。


「あそこにも」


 見慣れない花は、少しずつ増えていく。ほどなく、違和感の原因は花だけではなくなった。


「……そこの木に絡まっているのは、この地方では見かけない宿木やどりぎの一種です」

「ああ……違う葉っぱが混ざってますね。針みたい」

「昨今は見ることも減ったので、絶滅したかとも思っていたのですが」


 えっ、絶滅危惧種? そんなのまで、魔王出現の予兆になっとるんかい!


「保護した方がいいんでしょうか」

「いえ、こうした現象は一時的なものですから。ほどなく消えてしまうと思いますよ」

「なるほど……じゃあ逆に、消える前にちゃんと探さないとですね」


 さらに進むと、薄紫の花が房状に垂れ下がっている場所に出た。印象は藤に似てるけど、花の形が違う。五芒星みたいな、尖った花弁がきらきらと光をはらんで美しい。


「これも……見たことないです」


 ささやくわたしに、エルフ校長はうなずいて答えた。


「そうでしょう。これは、エルフのあいだではルミナデュリス――創生の樹と呼ばれる古い種です。今はもう、世界のどこにも存在しないはず……ああ、失われてしまうのが惜しいな」


 絶滅危惧どころか、絶滅済みの植物まで出てきた! 魔王すごいな。


「こんなに綺麗なのに……魔王復活の予兆なんですね」

「……予兆で済めば、助かるのですが」


 え? ……あ。


「もう復活してると?」

「その可能性もありますから」


 なぜだか、エルフ校長のその答えはこう聞こえてしまった――もう復活している可能性の方が高いですから、と。


 美しい花房の向こうにあるものを透かし見れば、植生はますます変容を深めていた。燃える炎のような花や、雪の結晶に似た六芒の葉をつらねた蔓植物、葉蔭にひっそりと灯る淡い緑の蕾、深い赤の小さな実がまるで飾り玉のように揺れる小枝。

 どれひとつとして、見覚えのあるものはない。


 そのあまりの美しさに幻惑され、ぼうっとしてしまう……。

 いや、そんな場合じゃない! 気を引き締めなきゃ。しっかりしろ、ルルベル! こんな場所も時代も混ざってそうな空間にいる今こそ、ちゃんと現実を意識しろ!

 そうだ。現実主義といえばリート! リートならどうコメントするだろう?

 考えた結果、絞り出したのがコレ。


「……方向は、合っていそうですね」


 エルフ校長は、ふ、と笑った。


「ええ。これで間違っていたなら、びっくりしますね」


 つまり。この先に、魔王の復活地点があるということだ……。

 声をひそめて、ナヴァト忍者が告げる。


「この先に、なにか気配があります」

「敵意は?」

「感じません……ただ、生き物の気配はそれひとつです」


 本来、この森にいたはずの生き物は消え失せているということだろう。


「俺が確認して来ましょう」

「いいえ」


 今にも走り出しそうだったナヴァト忍者を止める。


「聖女様?」

「わたしも行かなきゃ。だって、相手が魔王だった場合、いちばん相性が良いのは聖属性だもの。もし魔王ではなく、眷属だったとしても同じ」

「しかし――」


 心配そうなエルフ校長と、いかにも不本意そうなナヴァト忍者の顔を見比べて、わたしは微笑んだ。かますぞ、聖女スマイル!


「もしものときは、守ってくれるのでしょう?」

「それは、もちろん」

「校長先生の瞬間移動だって使えるし、心配ならナクンバ様に大きくなっていただいてもいい」


 腕輪を撫でると、ナクンバ様の声が心に響く。


 ――呼ばれれば無論、呼ばれずとも我は顕現する。ルルベルを守るためならば。


 すぅ、っと。

 わたしは息を吸い、あらためてふたりを見た。


「これが、わたしのつとめです。それができないなら、意味がない。……行きます」


 生まれも育ちも、ただのパン屋の看板娘だけど。

 でも、今のわたしは聖属性魔法使いなんだ。それも、この世で唯一の。わたしの代で、大暗黒期をリピートする気なんてない。させるもんか。

 わたしは守ってもらってる。強くもない、器用でもない。魔力玉を作るか、ぶっぱなすかの二択くらいしか聖属性魔法を使えない劣等生だ。守ってもらわなきゃ、やっていけない。

 でも、だからこそ。わたしも守るんだ。皆を――そして、世界を。


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