533 気遣いが実利重視過ぎる
……あー!
思いだしたよ……女子会で話したことあったよ! スタダンス様は絶対にエーディリア様をお好きなのよ〜、キャー! ……ってな感じで盛り上がったよね。
あれはやっぱり、当たってたのか。
なお、エーディリア様がどうお考えかは不明。あのかた、内心を窺わせる隙がないから。
「わたしは……エーディリア様はもちろん、スタダンス様にも前線に出てほしくはないです」
「僕もそうですよ。かれらは学生です。ただ、それをいえば――誰にも戦ってほしいわけではありません」
「はい」
エルフ校長は、やさしい眼差しでわたしを見た。あ〜、若者を教え諭すって感じの顔〜!
「ですが、誰も戦わなければどうなります?」
答えられない。
便宜的に主戦場と呼ばれている場所には、絶えず魔王の眷属が集まりつづけ、もう何日も戦闘がつづいている。
押されたり、押し返されたり。怪我人も出るし、戦死者だって……出てるだろう。
「戦力を充当しないとは、今、前線で戦っている者たちを見捨てるということ」
「でも……だからって!」
「ええ。学生であるかれらを前線に出すのは、もうそれしかないという局面まで堪えるべきでしょう。今はまだ、その段階ではない。少なくとも、僕はそう思っています」
わたしは俯いてしまう。
だって、わかってしまった。エルフ校長は、間違いなく時期尚早だと思っているのだろうけども。
「……思いを同じくしないひとも、いる。そういうことですね」
「本人からして、スタダンスは積極的に前線に出たがっていますし……ただ、エーディリアを道連れにはしたくないと、不満をあらわしているだけで」
「ファビウス様のご意見は?」
「彼は慎重派です。たしかにスタダンスの魔法は強力ですし、魔力量も大したものですが、安定性には問題が多い。前線で、とっさの状況に対応できるとも思えません。そのためのエーディリア……ということになりますが」
エルフ校長は、少し視線を上げて遠くを見るような目つきで、こうつづけた。
「彼女とて、年若い学生に過ぎないのです。戦場はもちろん、命のやりとりの現場に立ち会ったこともないでしょう。その彼女に、前線での冷徹さを望めるでしょうか? そんな訓練は受けていないでしょう。たとえ訓練していたとしても、実戦で即座に成果を出せるかは別の問題です」
なんと返せばいいか、わからない。
聖女権限で、なにかできる? ……なにかするとして、なにをどうすればいいの?
スタダンス様にもエーディリア様にも、危ないことはしてほしくない。でも、戦っているひとたちを見捨てるわけにもいかない。
なにが正解なの?
「……そんなに困った顔をしないでください。ルルベルは魔王封印のことを第一に」
「はい」
でも、その魔王だって、どこにいるの?
みつかっても、どうやって封印すればいいの?
わたしにできることって、なに? それをちゃんとできてる?
……あの声が、脳裏を過る。
――もっと早く来ていただければ……。
できてない、全然できてない。間に合ってない。
ネガティヴな考えが一気に噴き出したけど、わたしはあわてて、そんな気もちに蓋をした。
無駄に暗くなってる場合じゃない。そう、無駄! 無駄無駄!
今できることをしよう。まずは、そこからだ。
あたりを見回してみれば、目が届く範囲の穢れは対処できたように見えるけど……。
「このあたり、まだ残ってる穢れがないか、もう少し探しましょう。リートが――」
コマカイとかウルサイとか適切な表現を探したけど、ピンと来る言葉がない。しかたなく、わたしは笑顔でつづけた。
「――来てくれたから、見逃す心配もなくなったし! たのむね、リート」
「君ほど雑ではない自信があるが、完全に発見できるとも断言できない。範囲が広過ぎる」
危機意識の! 鬼!
リートにつづいて、エルフ校長がやわらかく、けれど容赦なく告げた。
「時間を置いて、また見に来る必要があるでしょうね。こまかな穢れから、なにが起きるかわかりません。本営に伝達を忘れないように」
「了解です。ファランス、少し範囲を広げて探索したい。たのめるか」
「仰せのままに、隊長殿」
……いつのまにか、リートのファランス様への対応が! 偉そうになってる!
わたしの視線に気づいたのか、ファランス様はすかさずウィンク……ほんっとーに、東国男って! 元気にリートの下僕をやっててください!
リートはといえば、わたしにも偉そうに命令した。
「君はもう少し休んでいろ。食べてすぐ動くのは、消化によくない」
気遣いが実利重視過ぎる……。
飛び去ったかれらを見送り、わたしはぽつりとつぶやいた。
「リートがいると……」
「うん?」
「妙に元気になる気がします」
ブハッ、と変な音がしたのは、ナヴァト忍者が噴き出したのだろう。見なくてもわかるけど横目で確認すると、んんっ、と咳払いをされた。
「……失礼しました。ですが、聖女様のおっしゃること、わかる気がします」
「彼は現実的ですからねぇ」
エルフ校長は笑って、こうつづけた。
「思い悩み惑うことの多くは、心の中にしかありませんからね。現実とは、相性が悪い」
「……でも、魔王は現実に」
「ええ。その現実を種子に不安は芽吹き、やがて空を覆うような大樹に育つこともあるでしょう」
少し考えて、わたしは尋ねた。
「現実より心の中の方が、手に負えないということでしょうか」
「それもひとつの真理ではあります。が、それだけではないですよ」
もちろん、と言葉をつづけ、エルフ校長は表情を厳しくした。
「現実もまた、脅威であることに間違いはありません。それを予測し、そなえることは、たしかに必要な行為です。ただ、正確に読みとる必要はありますね。過大に恐れることがないよう。過少に評価して、あなどることもないように」
いわれてみれば当然のこと。……だけど。
「難しいですね」
「ええ、難しいことです。自分の外と内で整合性をとるのは、実は非常に困難なのですよ。人々は、みずからが感じ、思ったことが現実だと――それこそ真実だと、勘違いしてしまう。そうではないと、わきまえること。それでようやく、正しい認識に心が向くのです」
「はい」
「一回気づけば終わる話でもありません。何回でも、何回でも、心は裏切る。現実を正しく受け入れず、あってほしいと望む方に歪めてしまう。これは、生涯つづく戦いなのです」
なんだか、悟りを得た! みたいな話だなぁ……と、思った。
こんな西洋っぽい世界でエルフと話してるときに、なんて連想してんだよと思うけども。
たしか仏教の修行でも、悟った! でゴールじゃないって聞いた覚えがあるんだよなぁ……。悟りを得たと感じても、それは須臾の間のことに過ぎない。その一瞬の悟りを積み重ねていくのが修行だとかなんとか。どういう宗派のお坊さんが話してたのかは思いだせないけども、前世でそういう法話を聞いた記憶があるんだ。
この世界で自分の体験に照らしていうなら、悟りって、呪文を唱えているときのあの状況に近いのかもしれない。
わたしが世界で、世界がわたしだから――自分の見かたで事実を歪めることもない。だって、そこには真実しかないもの。
「ずっと呪文を唱えていられれば、間違うこともなくなりそうなのに」
思わずつぶやくと、エルフ校長に困った顔をされた。
「あちら側へ行ってしまいますよ、ルルベル」
「……そうでした」
またルールディーユスおじさんに押し返されてしまう。
いや、彼がまだあそこに存在しているとも限らない。もう、ほどけてしまったかも。
ちょっとしんみりしてから、わたしは両手を握りしめた。ふん、と力を入れたけど、鼻息が荒い聖女って、概念としてどうなんだろうね……。
「とにかく! 気もちを切り替えて、頑張ります!」
学園の皆を気にするのも、間違いじゃない。
だけど、考えてもしかたのないことに時間を浪費できる立場でもない。
「そうですね」
「ファビウス様の――本営の皆様のご判断を、信じます。自分の判断の方が、あてにならないと気がつきました」
わたしは貴重な、世界にたったひとりの聖属性魔法使いだけど、それはそれ。これはこれ。
全知全能なんかじゃない。
ちょっと前世の記憶があるだけだし、それだってべつに役立ってるわけじゃない。チート扱いできる知識もない。
つまり、ただの十六歳だ。
エルフ校長は、わずかに眼をほそめてわたしを見た。
「……なにか、おかしいですか?」
「いえ。まばゆいな、と思っていただけです」
「まばゆい?」
「若さが」
にっこりされたけれども。
そりゃ……数百年は余裕で生きてそうなエルフ校長から見たら、十六歳は若いだろうけど!
「今さらですか?」
「何回でも、思うのですよ。ええ……何回でも」
出会った人間ごとにそれを感じてきたのであろうエルフ校長は、やわらかな笑みを見せていたけど――なんだか、少し遠い存在のように感じた。
……それもまた、当然のことなんだけど。
旅行疲れでぼんやりしてしまった結果、更新が月曜ではなく火曜になってしまったことを、ご報告いたします。




