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531 木は答えない。でも、なんとなくわかる

529回をとばしていたことに気がついたので、あいだにねじ込んであります。


 結果、まぁそうなるよなって感じで聖女親衛隊+護衛隊+エルフってメンバーで確認に赴くことになった。

 なにを確認するって、巨人の討伐地点だよ。不毛の聖地になってないか、確認しないとまずいもの。

 なってたとして、魔王復活が終わるまで維持すべきか、それとも早急に処分すべきかは思案のしどころなんだろうけど……今の流れだと、維持だろうなぁ。幸い、すべての地点が「人里離れた僻地」だから、人的被害が出る心配がないしね。


 デイナル様率いる一隊も参加したいとのことだったけど、ご遠慮願うことになった。体調の経過観察をすべき、って本営から来たウィブル先生が主張したから。前例のない状況だし、

 ウィブル先生はどうやらデイナル様とも親交があるらしく、先生が出てきたらデイナル様が即おとなしくなったの、なんか笑える……。ウィブル先生ってシュルージュ様のご指導のもと修業してた時期があるそうなので、その頃からの関係性なんだろうなぁ。

 ウィブル先生は、親衛隊と護衛隊の体調も確認してくれた。


「たいしたことないと思うけど、今後どうなるかは不明だからね。リートも、周りの体調を随時確認して。自分が平気だからって、気を抜くんじゃないわよ」

「心得ました」

「ナヴァトも気をつけなさい。体力を過信せず、少しでも変だと思ったらすぐリートに伝えて」

「はい、先生」

「あなたたち皆、そうですからね? 痩せ我慢は厳禁」


 護衛隊も真面目な顔でうなずく。ウィブル先生、相変わらず羽毛ストール装備だけど、こういう話をしてるときは妙に威厳があるんだよな……なんでだろうな……。


「ルルベルちゃんも、気をつけてね」

「わたしは平気なので……」


 むしろ、やらかした張本人なので……と思うと笑顔になれない。いや、なるけど! 聖女スマイル、重要だからね。士気にかかわる。


「今は平気でも。いえ、平気だからこそ奢るもの。油断はダメよ」

「はい、先生。気をつけます」


 ウィブル先生はわたしをかるくハグして、耳元でささやいた。


「大丈夫。アタシが預かるんだから、誰も犠牲は出さない。安心して、行ってらっしゃい」


 うなずいて、わたしはエルフ校長の手をとった。護衛隊も同行するから、無法なエルフ移動ではなく、風で舞い上がる――聖女のコスチュームは制服よりスカートが長いし、ペチコートも含めて布の量がけっこうすごいので、下から見られても問題ない……はず。たぶん。


「校長先生は、こうなるとご存じでしたか?」


 ちょっと微妙な質問だよね。

 エルフ校長と距離が近く、且つ、親衛隊以外は遠いこのチャンスを逃す手はない。


「実をいうと、聖属性魔法使いが唱える呪文と聖属性樹木の育成を組み合わせたのは、これがはじめてだったのですよ」

「えっ、そうなんですか?」

「呪文を人間に教えることなど、もう長いあいだありませんでしたからね。我が盟友殿は、呪文に興味などありませんでしたし……それ以前の聖属性魔法使いたちも、呪文を教わりたいなどと申し出たりはしませんでした。僕が知る限りでは、ということになりますが」


 なるほど……。


「じゃあ、不測の事態ってやつだったんですね」

「そうなりますね。ただ、正確なことをいうと……可能性のひとつとして考えてはいました。呪文ではありませんが、聖属性の魔力を持続的に撒き散らす研究をした魔法使いがいたのですよ、過去に。そのとき、今回と似た事態が出来しゅったいしたと記憶しています」

「初耳です」


 リートが話に入ってきた。よほど意外だったのだろう。


「そうでしょうね。暗黒期前のことですから、記録も失われているでしょうし……いや、意図的に抹消した可能性もあります」

「えっ? なんで……あー……もしかして、聖属性の印象が悪くならないように、ってことですか?」


 わたしの問いに、エルフ校長は小さくうなずいた。


「抹消したとしたら、そういうことでしょう。当時の聖属性魔法使いは、ほとんど神格化されていましたから。その聖属性が環境を破壊するという話が広まれば、支持基盤が揺らぎます。社会情勢に与える影響が大き過ぎる、と――そう考えたでしょうね、当時の権力者たちは」

「そんな時代もあったんですか」


 リートのつぶやきに、エルフ校長は少し苦味を帯びた笑みで応えた。


「あったのですよ。魔王が封印された状態であっても聖属性の素晴らしさを喧伝けんでんしつづけ、聖属性魔法使いを讃え、魔王復活への準備を怠らず。魔王に備えるという意味では理想的な王朝でしたが、聖属性魔法使いが保ちませんでした」

「保たなかった……?」

「神ではないのに神のような扱い。ろくにやることもないのに崇められ、讃えられ、聖人君子としてのふるまいを常時求められる。それを受け入れられる人間もいるでしょうが、聖属性をもって生まれる者は、そういう性向とは無縁ですから。君だって、同じだと思いますよ」


 うーん……まぁ、いわれてみれば?

 聖女の役割を果たすの、無理してないとはいえないもんなぁ。聖女スマイルも、常時維持しろといわれたらキツいものはある……。オフ日がないと、やってられないよね。今は、聖女ルームに篭ってる時間が多いから、まぁなんとかなってるけども。


「急に話題を変えますけど……学園から来た皆さんは、どんな感じですか?」

「生属性の生徒たちは、さっそく激務ですよ。それ以外は、伝令や物資補給などの班に入っています。ああそうそう、ルルベルの友人でしたよね、シスコという生徒は」

「はい」

「彼女を含む生徒が何名か、聖属性呪符を描く練習をはじめています。ファビウスが合格を出したら、呪符の量産体制に入ることになっています」

「そうなんですね」


 正直、ほっとした!

 シスコには、戦場なんか見てほしくないし。危険なところにも行ってほしくない。


「時間を見て、部屋に行かせましょう」

「ええ。無理のない範囲でなら、会いたいです」

「彼女も同じ気もちだと思いますよ」


 エルフ校長のにっこりが、心に沁みる……。


 ……とまぁ、そんなこんな話しながら到着したのは、激戦区だった方。もちろん、聖属性の木が生えている……けど、ここは巨人の抵抗もかなり強かったから、植えた数よりは減っている。それに、なんていうか……勢いがない。

 ていっ! と魔力感知の精度を上げてみると、さっきの聖属性樹林のように聖属性魔力の粒子がちらほら見えはする。でも、ちらほらレベルだなぁ。


「穢れと相殺そうさいされてる……のかな?」

「あちらの樹林より、生成して日が短いこともあるでしょう。それに、ここは巨人が長く留まっていた場所ですからね。地中深くに穢れが浸透している可能性も高い」

「地中に……」

「だから、巨人の穢れは何年ものあいだ持続して、それが残された場所を不毛の地と化すのでしょうね」


 わたしは聖属性の木の幹に手をふれる。

 つい最近、生をけたばかりの木だけれど、しっかりとした太さのある幹。無理に生育をうながしてしまったこれらの木々にも、わたしは責任を負うべきなんじゃないだろうか。

 だって、これは命だ。


「この子たち、苦しんでないでしょうか」


 思わずこぼれたつぶやきに、エルフ校長は微笑む。いつものように美しくて、少し寂しげな。


「訊いてごらんなさい。君なら、きっとわかります」


 いわれるまま、わたしは木に寄り添う。つるりとした白っぽい樹皮に耳を押し当て、ささやいてみる。


「大丈夫? つらくない?」


 木は答えない。でも、なんとなくわかる――幹の内側を通っていく水、魔力、吸い上げられた穢れの断片、空から降りそそぐ陽光。あたたかくて、冷たくて、痛くて。でも、生の歓びに満ちてもいる。

 わたしは大きく息を吐いた。


「この子、生きてます」


 当たり前のことを口にしたのに、エルフ校長はうなずいてくれた。


「そうですね。穢れと戦って、生き抜こうとしています」

「このまま育てば、やはり人間に害があるような場所になってしまうのでしょうか」

「それほどの数が残れば」


 エルフ校長の手には、黄色く枯れ落ちた葉がある。わたしの前で、エルフ校長はその葉の表面を撫でた――すると、それはたちまち砕けて塵となってしまった。

 ……それくらい、木々は厳しい環境にあるんだ。穏やかに見えるこの場所でも、戦いはつづいている。


「少しでも違和感のある者は申し出ろ!」


 気づけば、護衛隊の面々はあたりを歩き回っていた。リートがあれこれと指示を出している。ついでだから魔王出現の気配がないかも探れとか、木の生育状態も確認しろとか、駐留していた部隊が残していったものを探せとか。

 そのうち、ゴミはきちんとまとめて朝八時までに指定の収集所へ、分別もしっかり、資源ごみは水曜日……とかいいだしそうだな、と思う。

 リートはきっと、良い市民になるよ……。


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