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530 ルルベル、WIN!

 しばらくのあいだ、わたしたちは聖属性樹林を探索した。

 聖属性の樹がやたらと育っている以外、とくに変なところはない……と、思う。都会っ子だから植生がわかんない問題は、ここでは関係なかった。だって聖属性の樹しか生えてないし。

 それこそ、聖属性の樹ではないなにかを発見したら、座標のズレ? とかなんとか、エルフ校長が話してたやつが生じてるってことになるんだろうから、それは探してるけども。

 でも、なーんもない。

 樹林の奥に入れば入るほど、雑草っぽい下生えすら消え失せた。それでいて、清らか感はアップ。

 ……魔王がここから出てくるとしたら、目立ってしょうがないのでは?


 なんてことを考えていると、ナヴァト忍者に声をかけられた。


「聖女様、異常はありませんか?」

「え? 聖属性の樹以外、なにもなさそうだけど……なにかあった?」

「そうではなく、お身体に変調は?」

「なんともないけど……」


 ナヴァト忍者は少し眉根を寄せ、近くを歩いているファランス様にも尋ねる。


「ファランス殿は、不調はありませんか?」

「……情けないのですが、少し足が重く感じます。移動に魔法ばかり使っているせいですかね」


 その答えを聞いたナヴァト忍者は、たちまち表情を険しくした。


「隊長、お話が」


 リートは少し距離を置いて歩いていたけど、すぐ戻って来た。


「聞かれてもいいのか」

「この範囲でしたら。……不調は感じませんか?」

「いや?」

「俺は感じます。ファランス殿も」


 リートはわずかに眉根を寄せ、散開して探索中のほかの班を見回した。


「……聖属性魔力が悪さをしているのか」

「えっ」


 そんなことある?


「清らかな水に魚が住めないのと同様、ということですか」


 ファランス様が、例のことわざで事態をまとめる。

 えっ、でもわたしはなんとも……もともと聖属性だからか!

 リートが平気なのも、エルフの血筋だからじゃない? だってエルフ校長は聖属性大好きだもんな。


「え、でも待って。そういう話だったら、親衛隊はもっと前に症状が出てないとおかしくない? わたしと同席する機会が多かったんだもの」

「魔力が空気中に飽和しているような状況には、なったことがないからな……やはり、一旦戻ることを提案してくる」


 リートはまたデイナル様の方へすたすたと歩み去った。


「……ファランス様も、ナヴァトも、平気?」

「意識したせいか、どんどん具合が悪くなってきます。息苦しさがある、とでも申しましょうか」

「呼吸がいつも通りにできません」

「だ、大丈夫なの、それ?」

「ただちに動けなくなるというものではないと思いますが」


 わたしはリートの方を見た。なんだか話がうまく進んでいなさそう……。


「あっ。ナクンバ様」

「ナクンバ様?」


 ファランス様が怪訝けげんな顔をなさった。

 ……いかん、頭の中に直接呼びかけるべきだった!

 聖女スマイルで誤魔化しつつ、わたしは思念を凝らしてナクンバ様に呼びかけた。


 ――ナクンバ様、ナクンバ様!

 ――ルルベル、如何いかがした?

 ――このあたりの聖属性魔力、ナクンバ様なら取り込めますか?


 ふむ、とナクンバ様は少し考えるようにしてから答えた。


 ――ある程度は。ただ、時間がかかるな。

 ――そうなんですか?

 ――やってみよう。近場からでよいな?


 魔力感知の出力を上げて観察すると、あっ……なるほど。粒をひとつずつ、ひゅっと吸い取ってる感じ……一秒あたりで粒をふたつくらい吸い取ってるようだから、一分で百二十粒か……。

 え〜、果てしなさ過ぎる!


 ――時間がかかるの、理解しました。

 ――ルルベルの下僕どもが倒れない程度には継続できると思うが、遠くは間に合わん。人間に合わないようなら、早くここを出た方がよかろう。

 ――ナクンバ様は、平気なんですよね?


 念のために確認すると、諾、といつもの返事だった。

 エルフと幻獣と聖属性魔法使いは平気――それは助かるけど、人間の長時間滞在は無理ってことだよなぁ。ていうか、人間だけじゃないじゃん。動物も植物も、無理無理の無理なんじゃん……。


 ややあって、リートが戻ってきた。


「親衛隊と護衛隊だけ先に撤収することになった」

「……え? デイナル様たちは残られるということ?」

「まだ『気のせい』と思える範疇だからな。早めに献言しに行ったのは、失敗だった」

「ちょっと待って、わたしが説得して来るよ」


 だって、このヤバいものを発生させちゃったの、わたし……と、たぶんエルフ校長よね? 責任感じるよ。こんなことで、誰か倒れたりしたら困る!

 リートは少し考えてから、偉そうにこういった。


「いいだろう。聖女の言葉の方が、効果があるかもしれない。ナヴァト、お供しろ」

「はい」

「じゃあ行って来る! わかってることは、ぜんぶ伝えて平気なんだよね?」

「そうだな。さっさと撤退させるのに有効なら話すべきだ。……ああそうだ、情に訴えた方がいいぞ」


 リートから聞くと意外性があるフレーズだな……情に訴える!


「情に訴えるって、どうやるの……」

「君の得意分野だろう。いつも通りにやればいい。俺は護衛隊に話して来る。ファランス殿も同行願います。移動に際しての班分けを確認したいので」


 いつも通りと申されましても……! 全然わかんないけど、まぁ、しかたない。リートが話して駄目だったってことは、理詰めでは動かなさそうなんだし。

 というわけで、わたしとナヴァト忍者はデイナル様の方へ向かった。


「デイナル様!」


 わたしが呼びかけると、もう用件はわかってますよという顔で一礼された……。

 なにも話さないうちに敗北感が漂うの、強い。


「聖女様の親衛隊および護衛隊については、お好きにしていただいて結構です」

「デイナル様や……皆様、ご不調は感じておいでではないのですか?」

「さしたることは、ございませんよ」


 わたしは胸の前で両手を組み、あざといくらいストレートなお願いポーズをした。……これが情に訴えることになるのかは、よくわかんないけど!


「皆様が心配なのです。もちろん、魔王の復活場所を探すのは重要な任務です。ですが、万が一にもその過程で皆様の体調が崩れたりしたらと思うと、黙ってはいられません」

「しかし」

「調査はあらためて計画し直すことにしていただけませんか? 聖属性が人間に悪さをしているのだとしても、わたしにはどうにもできないのです……そんな状況で、皆様が苦しまれるようなことがあれば、わたしは……」


 想像したら、ちょっと涙ぐんでしまった。

 それがデイナル様に響いたらしい。


「わかりました。ここは聖女様のおっしゃる通りにしましょう」

「デイナル様! ありがとうございます」

「敵もいないのに逃げ帰ったなどと、ジェレンスにいわれるのも業腹ごうはらですが……」

「おまかせください、もしジェレンス先生がなにかおっしゃるようでしたら、わたしの方から反論します。いかに危険な状況だったか、先生が面倒がって逃げ出すまで唱えつづけます!」


 はは、とデイナル様は笑った。


「是非お願いしますよ。よし、皆! 撤収だ!」


 ……やった! ルルベル、WIN!


 そこからは早かった。デイナル様が率いる地元部隊も、やはり体調の悪化を感じていたらしい。

 なんで素直に退却できなかったのかと思うけど、まぁなぁ……ちょっと調子悪い、くらい無視してしまうんだろうな。

 リートも平気なはずなのに撤収を決めるのが早かったのは、危機意識バリ高人間だからだろう。

 さすが危機意識の鬼……。


 お城に戻ると、リートとデイナル様は本営に報告に向かい、ほかは一応待機、ということになった。体調がすぐ戻るかどうか、様子見ってことでもある。

 わたしも聖女専用部屋には戻らず、そのまま待機することにした。


「体調が悪いかたは、申し出てください」


 聖女スマイルをふりまきながら、わたしは呼びかける――だってこのひとたち、放っておくと痩せ我慢しそうだもん。そこはもう理解したからな!

 両手組みのあざとポーズもリピートしたよ。デイナル様に効果あったんだから使わない手はないもの。……ちょっと恥ずかしいけども! あまりにも、わざとらしくて!


 誰もなにも待機以外の指示を残してないので、わたしは生属性が使えるひとがいないか確認して、チェックをしてもらった。結果、わたしを除いた全員の、肺をはじめとする呼吸器のはたらきが悪くなっているとのこと。

 ……やっぱ聖属性魔力含みの空気が駄目だったかぁ〜!


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