529 水が清いと魚も住めないとはいいますが
たいへん申し訳ありません、529回をすっとばして530回を更新しておりました!
……ということに一週間経ってから気がついたので、529回は割り込みであとから入れております。
というわけで、探索の主力は現地住民なのだが。
「ふだん、植物などあまり見ないもので……」
「動物も見分けられるのは狩りの獲物になる美味し……いやその、はい」
駄目だ。
聖女護衛隊の皆さんは、地元民といっても上流階級出身がほとんど。野山を駆け回り……はするかもしれないが、わかるのは狩りの獲物くらい、ってのは事実なんだろう。
これがねぇ、もっと下層の民だと違うと思うんだよな〜。
だって、暮らしに直結するじゃん? そのへんの草が高く売れる薬草だとか、あのキノコは食べられないとか。そういう知識があると思うんだよ。
なお、わたしも央国の平民だけど、残念! 王都生まれの王都育ちなので、植物とかサッパリわかんない!
もちろん、ナヴァトも駄目。狩りの獲物はわかりますレベルである。
リートは我々を「使えんな」と評した。
ファランス様がぎょっとしたので、リートのわたしへの遠慮のなさを知らなかったんだろう。いや、知っててもさすがになぁ……親衛隊長が、お仕えすべき聖女に向かって「使えん」発言はなぁ……。
どういうことですって感じで見られたので、ふっ、と笑って肩をすくめておいた。いやいや、コイツいつもこうなんですって――くらいの感覚だが、伝わっただろうか? ……無理かな。
「じゃあ、リート頑張って」
ひとを使えない扱いするんだから、本人は当然そのへんの知識がおありなんでしょ?
ってのが、リートの場合は嫌味にもならない気がする。だってたぶん、ほんとに知ってるだろうから。
「そうだな。君は囮を頑張れ」
ほらね! やつの記憶力は、エルフ譲りなんだから!
……しかし、囮を頑張るってどういう風に? いかにも油断してます〜って感じにすればいいの? いや……こんなに大勢引き連れてて、油断してますは無理がない?
気を取り直したらしいファランス様が、リートに提案した。
「植生を見た方がよければ、もう少し低空を飛行しましょうか。木立に突っ込むとなると人数が多い班は回避が難しくなるかもしれませんが、我々でしたら対処できます」
たしかに、十人とか運びながら木の枝を避けまくるのは大変だろう。うちらは四人だし、なんとかなるのかも。ファランス様は凄腕魔法使いなんだろうしね。聖女の移動をまかされるって、そういうことだろうから。
「……いや、いっそ歩こう。歩きながら、使えそうな人員を数える。口ではわからないといっても、馴染んでいる景色なら『そこにあるはずがないもの』を見れば違和感が生じるはずだ。注意力さえあれば、なんとかなる」
「下りますか?」
「聖属性樹林に着いてからでいい。あまり早くはじめると、核心に近づいた頃には集中が切れてしまう」
というわけで、そこからは速度を上げてデイナル様の班に追いつき、樹林に着いたら下りると宣言。デイナル様は少し眉を上げてから首肯した。常時先頭を飛んでるデイナル様が下りたら、ほかは従うだろうってことで、我々はまた後ろに下がる。
いや、やっぱりファランス様すごくない? なんかこう、動きが流麗というか。速度のアップダウンはもちろん、上下左右のコントロールもこまやかな気がする。
そのこまやかな制御のおかげで、誰かに支えてもらったりする必要もなく、きちんと地面に足をつけることができた。
上から見ててもすごかったが、下から見ると、なんとまぁ……。
「すっごい育ってるね……」
「はい。同じ場所とは思えませんね」
ナヴァトが油断なくあたりを見回しながら答える。
といっても、見えるのは落ち葉くらい。あとは、想定外に太い木の幹。
エルフ校長のツリーハウスを促成栽培したときも、このへんの木々が小さいとは思わなかった。皆、大きくて立派だったよ?
でもまぁ、なんか……スケールが違うというか、ステージ上がっちゃってるというか。
でっ っっっか!
「皆さんは、こちらにいらしたことが?」
「前に、少し」
ファランス様がひそひそ声で問うのに答えて、気がついた。わたしも声をひそめていたことに。
いやだってさ、お寺とか教会とか……なんかそういう宗教施設の中っぽい雰囲気なんだよ。大声出すのが、はばかられるというか。
「全体、このまま前進! 過度に散開しないよう気をつけろ!」
……号令をかけるリートは、はばかる気がないようだけど。まぁリートだし。
以前は飛竜がギャアギャア飛び回る危険な場所でもあったわけだが、ちょっと想像もつかないほどの変貌ぶりである。今はただ、静かなだけだ。
そう、静か……。
「静か過ぎない?」
「動物の気配がないですね」
「たしかに……」
ナヴァト忍者やファランス様は相槌を打ってくれたけど、リートは違う。
するどい目つきであたりを見渡したあと、まかせた、とナヴァト忍者にひとこと告げて、すたすたとデイナル様の方へ行ってしまった。
おいこら、なんか説明していけや。気になるだろ!
とは思ったけど、呼び止めるのも違う気がする。必要なら、リートは説明してから移動する。それがなかったんだから、必要じゃないってことだ。
「水が清いと魚も住めないとはいいますが……そういうことでしょうか」
ぐるりを見渡しながらつぶやいたのは、ファランス様だ。前世で聞いたような諺だけど、この世界にもあったんだな。
化石燃料を使った爆発的な産業革命を経ていない――だいたいの技術は魔法でなんとかなっちゃうからだろう――この世界、王都であっても空気は悪くない。
でも、ここは違う。なんか違う。
わたしは眼を閉じて、魔力感知の力を強めてみた。
……わぁ!
「魔力で満ちてる……」
微細な魔力の粒子が、しんしんと降り積もっているのが見えた。よく観察すれば樹々の葉裏から少しずつ漏出しているようだ。
なんていうか、光合成みたいな? 二酸化炭素を酸素に変換するついでに、聖属性魔力も放出しちゃいますって感じ?
「……たしかに! なぜわからなかったんだ、というくらいの量ですね」
「粒子のかたちで存在しているからでしょうか」
「そうかも」
一般的に、魔力ってもっとギュッとなってるんだよ。粒子と粒子に隙間がない状態で存在してるっていうか? だから、かたまりとして感知できる。
でも、ここに満ちてる魔力はひとつずつが微細なまま、合体していない。地上が少し濃いけど、それも混ざり合わないまま地面に吸収されているように見えた。
生成した魔力を根から吸い上げているだけなら、ただの魔力の循環だ。変換ロスが生じて、規模は徐々に縮小していく……はずだけど、そういうのとは違いそうだ。
どういうシステムかはわからないけど、これ、聖属性魔力を増やしてるとしか思えない。だから、こんな規模になってるんだ。
「……巨人退治のために植えた木も、こんな風になる可能性があるのかな」
聖属性樹林は美しい。心が安らぐと同時に、姿勢を正さざるを得ない雰囲気もある。
だけど――ここには植物以外の命がない。いや……違う。生き生きしているのは聖属性樹木だけだ! 地面を覆うのは枯れ葉で、ところどころに背の低い草が生えてはいるけど、弱々しい。
わたしは不安になってきた。
ある意味、これって環境破壊なのでは?
もちろん巨人の穢れが残るよりはマシなんだろうけど……そうだと思いたいけど……もしかして「向こう百年は不毛の地になります、ただし聖属性樹木を除く」みたいなことになってんじゃないの?
「巨人と戦った場所がどうなっているか、そういえば不明ですね」
「そうなの?」
わたしの問いに、ファランス様はうなずいた。
「あの場所には、もう眷属は出ないだろうとされています。よって、部隊の派遣もなかったはず。もともと人里から距離を置いた場所に巨人を留めていたわけですから、里人が確認するといったこともないでしょうし……山間を逃走していた巨人の方は、もっとでしょう」
「お詳しいですね」
「移動担当ですからね。そういった情報は入れるよう、心に留めています」
なるほど。
でも、聖属性が眷属ホイホイなんだとしたら、ああいった場所もヤバくなる可能性が。
リートの方を見ると、まだデイナル様と話している。距離があるので内容は聞き取れないけど、デイナル様の表情は険しめだ。
と、わたしの視線に気づいたかのように、リートが踵を返した。戻って来る。
「なにを話してたの?」
「ここは切り上げて、ほかの聖属性樹林を見に行くべきだと献言したが、拒否された」
「あ、指揮権はデイナル様にある……ってこと?」
「追加戦力はそうなる。親衛隊と護衛隊は俺――いや、聖女のもので、系統が違う。だから離脱は可能だが、分散は悪手だからな。今日のところは、このまま探索しよう」
俺っていった! 俺のものとか、俺の指揮下にあるとかナチュラルに考えてるだろ!
……実際そうだけど、体裁はとりつくろってくれよなー。




