527 辞書でも引いておけ
それからしばらく、わたしは魔力玉と聖属性呪符の生産職になった。
いや冗談でもなんでもなく、マジで生産職。魔力残量を計測しながら作業、作業、作業。自主的にやってるのは、それだけ。
少しでも疲れが見えたら休憩。魔力にゆとりができたらナクンバ様に吸ってもらう。
エルフ校長も、呼び出されない限りは部屋にいて、魔力の充填アンド温存につとめている。
……やっぱ、巨人二連発は負担だったようで、ちょっと顔色が悪くなってたりしたんだけど。数日かけて、ようやく元に戻ってきた。
おそらくだけど、もとの魔力量が膨大なんだろうなぁ。だから、簡単には全快しなかったんだろう。
「ほんとに前線に出なくていいのかな……」
もう何回めになるか、思わずつぶやいてしまう。
「巨人みたいな、属性で戦うしかない相手が出てないからな。主戦場はジェレンス先生とシュルージュ様で回せているし、援軍も続々と到着中だ。君が気にすることじゃない」
またか、という顔でリートがわたしを宥める。口調は冷静だし、話してる内容はもっともなんだけど……顔はもう隠しようもなく主張している――同じことを何回も訊くな、めんどくさい、と。
なお、エルフ校長は本営に呼び出されて不在である。
「援軍って、今度はどこから?」
「ああ、そうか。伝えておくべきかな……」
「なにを?」
「央国からの追加派兵が決まったそうだが、兵を率いて来るのが王子だ」
「王子って……」
「ひとりしかおらんだろう、生きてるのは」
リートって、マジでリート!
「ローデンス殿下がいらっしゃる、ってことよね?」
「ウフィネージュ殿下が先に名乗りを上げられたそうだが、次代の女王を戦場に送り込むわけにはいかん、と止められたらしい。そこで予備のローデンスだ」
不敬!
さすがにナヴァト忍者が声をあげた。
「隊長、そのような表現はお控えください」
それを無視して、リートは言葉をつづけた。
「問題は、ローデンスでは政治的な判断が的確にくだせるか、あやしいというところだな。ま、つけ込みやすくていいんだが」
「……リートってさぁ、そのうち不敬罪で捕まるんじゃない?」
「観測されない事実というものは、なかったことと同じだ。つまり、それを問題視する輩に聞かれないようにすればいい。君らも多少は思うところがあるようだが、だからといって俺を司法に突き出したりはしないだろう。俺は君にとって有用だからな。少なくとも、魔王封印が終わるまでは」
「封印が終わったらどうなのよ」
リートは薄く笑っただけで、答えなかった。……嫌な感じである。
「とにかく、来るのはローデンス殿下だ。ついでに、魔法学園からは志願者の学生たちも来る。聞いて喜べ、君の大好きなシスコ嬢が来るぞ」
「……えっ」
シスコ……シスコが? ここに?
思わず、わたしは立ち上がった。
「駄目だよ!」
「シスコ嬢の行動を決めるのは君じゃない。彼女自身だ」
「……でも駄目、こんなところに来てほしくない。シスコは安全なところにいてほしい」
会いたいか会いたくないかでいえば、そりゃ会いたい。会いたいよー! すごく会いたい!
わたしは女子に飢えているのだ。
だってもう、ずーっと男ばっかなのよ。周り。男。ばっか! リートとナヴァト忍者が常時行動をともにするのは慣れてる。エルフ校長からは、あんまり男性っぽさを感じないのも助かる。ファビウス先輩なんか、まぁ……会いたいよ? あんまり会えないけどさ。
だから。女の子が来るっていわれたら、嬉しいよ。しかもシスコでしょ。そんなの地獄に仏というか、なんかもう極大の癒しじゃん! 嬉しいに決まってるよ。
嬉しいけどでも……シスコには、こんな経験してほしくないんだ。戦地になんて、来ないでほしい。
「君には、彼女に命令する権限はない。どうしてもというなら、側付きにしたいとゴネればいい。部屋に閉じ込めておけば、守れるだろう」
「……できるの?」
「シスコ嬢だけなら。だが、女子生徒の志願者は彼女ひとりではないぞ」
おおぅ……。我らが魔法学園の女子生徒、勇敢過ぎない?
「誰が来るの? あっ、エーディリア様、とか?」
はじめに思いついたのは、王子の守り役ともいうべき完璧女子である。王子のコントロール、前よりマシになってはいるだろうけど、まぁエーディリア様は外せないだろう……。
「彼女の名前も名簿にあったな。あとは、あいつも来るぞ。監視をつけた方がよさそうな」
「監視? 誰よ」
「チェリア嬢だ。……偽聖女といった方が、わかりやすいか?」
……あー。そんな子、いたなぁ!
えっ、待って。あの「家族が生属性だから自分もそうだろう」くらいのゆるい認識で過ごした挙げ句、よくわかんないけどパーンって吹き飛ばせるから眷属退治ができたし、じゃあ聖属性かな? ってそれだけで聖女を自認してる、あの……あの子が来るの?
ヤバくない?
「たしかに、放っておけなさそう……」
根拠のない自信に満ちたチェリア嬢なら、じゃあちょっと行ってきますね! わたし聖女なんで! って、勝手に出歩きそうだ。
ていうか央国! 彼女の参加は止めてよ!
わたしはここで聖女として認められつつあるのよ……そこに第二の聖女をぶっこんで、なにがしたいのよ!
「念のため、要注意学生を書き出して、ハーペンス師に具申しておこう。ファビウスがいるとはいえ、目が行き届くかわからないからな」
「ああ、うん。そうだね」
余計な仕事を増やしやがって、という顔でリートが紙を手にする――あっ、また呪符用の良い紙! と思ったけど、室内にある紙はだいたいソレだからなぁ。
名簿が手元にあるわけではないのに、リートはひょいひょいと名前を書いていく。四分の一とはいえエルフの血が入っているからだろうなぁ……一回見たら、ぱっと覚えちゃえるっぽいよね。
試験前だけでいいから貸してほしいわ、その記憶力。
さらさらとペンを走らせながら、リートは告げた。
「君らは作業をつづけたまえ」
……わかってるよ!
計測器に手を当てて魔力残量を確認してから、わたしは聖属性呪符のつづきを描きはじめた。
ナヴァト忍者は一角だけ残した呪符を生産中――で、わたしはフル・コミットの呪符を描いている。
当然のことながら、わたしがフルで描いた呪符の方が、一角だけ入れた呪符より効能が高い。……って結果が出てる。同じ種類の眷属と並んで対峙した兵のひとりが一角だけ、もうひとりがフルにわたしが描いたのを持ってる場面では、一角だけの兵の方が苦戦しがちって例が多いらしい。
リートがデータを集めて統計とってるので、体感それっぽ〜い、という話ではない。実測値だ。
ていうか、リートはいつ休んでるんだ。
「リートも少し休んだ方がいいんじゃない?」
「適切な休憩は挟んでいるから安心しろ」
そう答えてから、リートは少し手を止め、わたしを見た。
「……なに?」
「いや。いつものことだ」
「え、だからなに?」
「君は他人を案じ過ぎだと、あらためて思っただけだ」
いつものことだ、とリートは結論づけて、そのときにはもう手元に視線を戻していた。
……うーん。なんか、そんな感じのことよくいわれるけど、ふつうじゃない?
たとえばだけど、シスコだって、わたしと同じように考えると思わない? チェリア嬢が来ると聞いたら辟易しつつも、彼女の身の安全を考えると思うし。シスコが先に戦場にいたら、わたしには来ないでほしいと祈ってくれそうだし。リートのはたらき過ぎだって、気にすると思うよ!
むしろ、リートが他人に冷淡なんじゃない?
口にしかけて自重したわたしは、偉い。そして、言葉を飲み込んだことで気がついた――そういや、いわれてるのリートだけじゃなかった、と。ファビウス先輩にも、なんかそんな感じのこといわれた経験があるぞ。エルフ校長も、そうかも? どうだったかな……。
エルフじゃないので記憶が曖昧だ! これぞ人類!
「……ふつうって、どのへんなんだろ」
「は?」
「やさしさの平均値」
リートにわかりやすい表現を心がけてみたわたしに、リートは呆れたように答えた。
「なんだそれは。『やさしさ』を定義・測定できない限り、そんなものは算出できない」
「じゃあさ、『やさしさ』の定義って、なに?」
一瞬の遅滞もなく、リートは告げた。
「辞書でも引いておけ」
……無情!
やっぱりリートが冷た過ぎるが正解でいいんじゃないかな!
要注意者リストを書き上げたらしく、リートはすぐに部屋を出て行った。忙しいやつだ。そしてほんと、疲れることがないのか心配だよね。
心配……心配って実効性ないからなぁ。リートなんか、無意味、って切り捨てそう。
はぁ、とわたしは息を吐いた。
しかたがない。実効性のない心配は横に置いておくとして、実効性が証明されてる呪符を作ろう。無駄な心配なんかより、ちゃんと動作してくれる道具の方が必要なんだ。切実に。




