524 もっと早く来ていただければ……
とりあえず、巨人は倒せた!
……とはいえ、累積被害は甚大らしい。
巨人が移動できなかったのは、防護柵が機能していたから。その防護柵がかろうじて維持・活用できたのは、守備隊が死力を尽くしたから。わたしたちが到着するまでに負傷者はもちろん、死者も出ている。
「もっと早く来ていただければ……」
と、吐き捨てた兵士がいた。かろうじて敬語を崩さなかったにせよ、内容は不穏当。それを制する者もいたけど……いたけど、表面的な儀礼を守っているだけなんだろうなって思った。
たぶん、現地にいた人々の共通認識だ――聖女がさっさと来てくれてたら、こんなに死傷者を出さずに済んだのに、って。
わたしも悩んでしまう――これまで、自分はベストを尽くしていたのか? ってね。
聖属性の呪符は数えきれないほど作っていて、それは各地で役立っているはずだ。けど、それは正しかったのだろうか。もっと早く、前線に出るべきだったのでは?
聖属性は魔王の眷属に特効があるのだ。変な喩えだけど、ほかの属性ってほぼ「物理で戦ってる」ようなものなんだよね。それが聖属性だと「属性で戦える」んだ。物理的な存在としての敵を叩いて削って倒すのではなく、本質的な在りかたから消し飛ばすようなもの。
巨人の巨体からくり出される圧倒的パワーを、一般兵はもちろんのこと、聖属性以外の魔法使いなら直接的に受け止め、反撃しなきゃならない。でも、聖属性の戦いかたは、違うんだ。
「わたし、もっと前線に出る必要があると思う」
巨人の消滅を確認して戻って来たリートにいうと、眉をひそめられた。
「君はひとりしかいないんだぞ。わかっているのか」
「そんなのは、わかってる」
「前線といっても、ひとつではない。君は、そのすべてに赴くことができるわけではない。優先順位を決め、君自身の疲労も鑑みて、判断する必要がある」
「わかってるけど」
「君は兵器だ」
「隊長!」
諌めようとするナヴァトを、リートは一瞥もしない。ただ、わたしを見てつづけた。
「決戦兵器といっても間違いではない。その運用は、戦略的におこなわれるべきだ。増産もできないのだからな」
「そういう理屈は、わかってる。ある程度、わかってるよ。だけど、わたしは意志のある兵器なの」
「聖女様……」
わたしもナヴァト忍者に嗜められたけど、目顔で「わかってる」と伝えて――伝わってるかは、わかんないが!――リートに向き直る。
「権力闘争に縛られるのが嫌だってことは把握してると思うけど、それ以上に、使い惜しまれるのも嫌。兵器だっていうなら、もっとうまく運用してほしい」
リートは正しい。わたしを兵器と定義するなら、注釈が必要だ――増産できない、っていう。
聖属性魔法使いは、ひとりしかいない。わたしが死んだら、次が生まれて育ってちゃんと力を使えるようになるまで、聖属性魔法使い不在の期間が生まれる。魔王や眷属の力が増し、人間の世界の平和が失われた状況で、次が安全に育つかどうか。何年かかるかわからない。
だからこそ、暗黒期なんてものがあったわけだし。
そのへんを考えれば理解もできる。本営としては、聖女を安易に前線に出して、危険にさらすわけにはいかないのだ。
失ったら、次がないから。
わかってる。でも、だからって。今までの運用、ちょっと温存し過ぎだったのでは? と。わたしは疑いはじめているのだ。
少しだけ考えてから、リートはうなずいた。
「本営と交渉してみよう。だが、忘れるな。聖属性魔法の使い手の本分は、戦いとは違うところにある」
「……封印ね」
魔王の封印さえ成功すれば、すべては好転する。眷属はおとなしくなり、巨人などの出現も激減するはずだ。
それもまぁ、わかってる……わかっちゃいるけどさぁ!
もだもだしているわたしに、エルフ校長が声をかけた。
「とにかく、一旦は帰還しましょう」
「ここで、もっとお手伝いできることはないでしょうか」
重傷を負った兵士から先に運んだとはいえ、残っている兵の誰も無傷ではない。
「君はもう治癒呪文を使ったのですよ。できることは終えたと考えなさい。戦場では、できることとできないことの判断を素早く且つ的確におこなわねば、被害が拡大するばかりです」
「……はい」
「僕を信じて。経験からの言葉ですよ」
推定何百年も生きてるエルフの実体験……重たい。重た過ぎる!
しかたなく、わたしはうなずいた。
リートが声を張り上げる。
「聖女護衛隊は、撤収準備! 人員が揃い次第、本営へ帰還せよ! 聖女と親衛隊及びエルトゥルーデス卿は先行する」
護衛隊の面々が――もとからいた守備隊とは違うことが、一見してわかるんだ。くたびれ具合が段違いだからね!――了解の意を示した。一部は重傷を負った兵士の搬送に付き添ってここにいないから、かれらと合流してからの移動になるだろう。ほんもののファランスさんも、姿が見えない。
「では、行きますよ」
わたしと親衛隊のふたりを招き寄せると、シュッ! なんの違和感もなく、わたしたちは城砦内部に与えられた部屋に戻っていた。
……何回体験しても、エルフの空間操作は変。
「さっきのは、なかなか良かったな」
到着するなり、リートがわたしの肩を叩いた。
……は? なんて?
「良かったって、なにが?」
「兵たちの前で聖女本人に『やる気がある』ことを示せただろう? 噂が広まれば、多少対応が遅れても批判は本営に向く」
「え」
そ……そんな計算はしてなかったが? ただの心の叫びだぞ!
「よくやった」
それを上から目線で褒められましても!
「いやいや、本営に批判が向くのはよくなくない?」
「君に直接刺さるよりは、百倍マシだろう。最悪、本営の指示に従わずに動いても、現場で支持を得ることができる」
「でも……」
「ともかく、君は休め。魔力があふれても問題ないことがわかったんだから、積極的に休んで回復しろ。ナヴァトは聖属性呪符の量産。一画残して、ルルベルが手を入れられるようにしておけ。校長先生は休憩。俺は本営に報告に行く」
まさに疾風怒濤。怒濤は上から指示連打、疾風は部屋から消えた速度をさすものとする。
……リートってさぁ。リートだよなぁ!
「まぁ……疲れたのは事実なので、わたしは少し横にならせてもらいます。校長先生も、休んでください。ナヴァトも……無理はしないでね?」
「俺は先ほどの現場では、ほぼ立っていただけなので、問題ありません」
いや、なんか飛んできたものを打ち返してたの、視界の隅で見た記憶あるけど? あれ、立ってるだけじゃなくない?
とは思ったものの、こんなことで議論しても不毛オブ不毛である。ナヴァト忍者にとっては、たいしたことがなかったんだと受け取ろう。基礎体力自体が違いそうだし、まぁ……納得しておこう。
「でも無理はしないでね」
念を押すと、ナヴァト忍者は微笑んだ。おっ、珍しい表情!
「聖女様にお仕えして以降、無理などしたことはありません」
……王子のときは無理があったのか、ちょっと興味が湧いたのは否めない。が、うっかり追求すると不敬な展開になりかねないので、自粛した。
エルフ校長はといえば、すでにソファに横たわっている。……そう、横たわっている! 長い脚が、肘掛から突き出ている……。寝台を譲りたいところだけど、これも不毛な譲り合いになりそうだ。
ため息をなんとか堪え、わたしは隣室に移動した。
寝台に横たわって、考える――なにをどうするのが最良なのか。最善なのか。
そもそも、最善ってなんだ?
さっさと魔王を封印することだ。
で、前回の魔王の封印って、マジで無効になってるの? 魔王、自由なの? フリーになってるとしたら、どこにいるの?
どこで、なにをやってるの?
そして――わたしは、それを封印することができるの?
「できるかどうか、なんて問題じゃない」
頭から布団をかぶって、わたしはつぶやいた。
生属性のリートがいない今、これは誰にも聞かれることがない、純粋なひとりごと。持て余した気もちを声にして吐き出すなら、今のうちだ。
「やるんだ。やらないと、終わらないんだから」
――もっと早く来ていただければ。
名も知らぬ兵士の声が、耳によみがえる。
今までだって、なにもしてなかったわけじゃない――そんな弁明が吹き飛ぶような、現場だった。
疲れ果てた守備隊は、わたしたちの到着にも無感動だった。聖女とエルフの奇跡じみた巨人討伐を見てさえ、歓声は上がらなかった。
――もっと早く。
あの現場だけがそうとは、とても思えない。
圧倒的に勝利できるんなら、死傷者が出る前にやってくれよ、と。誰でもそう思うだろう。ぜんぜん、なんにも、おかしくない。不思議じゃない。当然の帰結だ。
わたしは枕に顔を押しつけ、大きく息を吐いた。
戦って勝利しても、感謝され、崇められるだけではないことを――わたしはその日、はじめて実感したのだった。




