519 彼女が僕らを『やり直させてくれた』
魔力を使い切るまではいかなかった……のは事実なんだけど、勢いよく使い過ぎて、ぶっ倒れました。
そこそこ本気を出した治癒呪文で、びゅる〜っと魔力を使ったみたいなんだよね。
全力ぶっぱなして魔力が枯渇するのとは違うんだよね。呪文の使用中はなんか……ほら……わたしの自我が世界と一体化してるから、自分の身体の状態は逆にうまく把握できてないっていうか……? 覚悟キメられない状態で一気に魔力が減ったせいで、クラクラしたみたい。
まぁ、ナクンバ砲台を使い終えるところまでは耐えた点を、褒めてほしい。
それと。
「わたしが倒れたっていうのは、ファビウス様には内緒ね」
絶対、心配かけるからね! そしてまた、わたしが危険のない場所にいられるように策略を巡らすと思うんだよね……。
わたしの言葉にナヴァト忍者はうなずいてくれた――現在、ナヴァト忍者にお姫様抱っこされて移動中である――し、リートも同意した。
「いいだろう、黙っておいてやる」
いちいち偉そうだよな!
巨人がいた場所を検証中のエルフ校長のもとに辿り着いたときも、同じことをお願いした。だって、自分の足で立ってないしな……。
エルフ校長は、わたしを一瞥してうなずいた。
「慣れがたりないんでしょうね」
「慣れ、ですか……」
「竜の魔力の影響もあるかもしれません。自分で放出したわけではないにせよ、接触しているのですから。つられて、吸い取られるような気分になった可能性もあります」
な……なるほど。
あっ、ナクンバ様を褒めなきゃ!
――ナクンバ様、ナクンバ様……お礼が遅くなりました。すごかったです、ありがとうございました!
――然程のことでもない。
って返ってきたけど、得意げ!
――いえいえ、想定以上に強力でした! わたしには真似できないです。
――聖属性魔法使いは〈滅ぼす者〉ではないゆえ当然だ。
……ん?
――〈滅ぼす者〉ってなんですか?
――〈滅ぼす者〉は〈滅ぼす者〉だ。
――えっと……たとえば?
――代表的なのは、魔王だな。
ああ、魔王。つまり、聖属性魔法使いは魔王の反対ってことか……滅ぼさないから、封印なのかな?
――ルルベルは〈育てる者〉だぞ。知らんのか。
――知りませんでした……。
初耳です! 産む者じゃなくて育てる者なん? 魔王ときっちり反対属性ではないって気がするな……いやでも滅ぼすと育てるは対義になるのか? うーん?
こういうことは、エルフ校長に訊こう!
というわけで質問してみると、エルフ校長は少し眉根を寄せた。
「意味はわかります……わかりますが〈滅ぼす者〉や〈育てる者〉といった用語は知りませんね。竜がそう感じている、ということでしょうか」
ことでしょうか、と問われましても! わたしにはわかりません!
「たぶん……そうなのかも?」
「意味はわかるというのは、聖属性魔法使いのほとんどは、積極的に相手を害する魔法は使わないからです」
「ほとんど? 例外もあるんですか」
「我が友は、聖属性をまとわせた拳で敵を吹き飛ばしておりましたので」
ああ、筋肉マシマシ聖属性の初代陛下かぁ。そういえば、殴って封印みたいな話してたな……。
「でも先生、そのように肉体的な力に訴える場合は別としても……魔王の眷属に対して聖属性の魔法を使ったら、滅ぼしてしまうのでは? たった今、巨人を消滅させたのも、聖属性の魔力……ですよね?」
ナクンバ様が蓄えてるのは、わたしの魔力だもん。聖属性だよな?
「聖属性魔法使い自身は戦いを望みません。相手を滅することも――我が友は、かなり異例の存在だったといえましょう」
戦いを望まないっていうのは、まぁ……なんとなくわかる。わたしだって、そうだもの。
でもなぁ。現状、そうもいってられないのでは? 過去の聖属性魔法使いたちも、そうでしょ? 戦ったり滅したりしないわけには、いかなくない?
ちょっと考えていると、エルフ校長は微笑んで言葉をつづけた。
「聖属性は本来、育てる力だと考えるのも、間違いではありませんよ」
「育てる力、ですか?」
「ええ。世界の穢れを祓い、純粋に。あるがままに、育てるための力であると思えば」
うーん……。よくわからないながら、わかったような気もする。
魔王や眷属たちを弱体化させることで、世界を本来の姿に戻して育ててる……みたいな?
「ナヴァト、下ろしてくれる? もう立てそうな気がする」
心配性のナヴァトは、わたしを下ろしはしたものの、即座にそっと手をとって支えてくれた。まぁそうね、その方が安心かもね……と思いつつ、巨人がいた場所を眺める。
聖属性ビームだったせいか、聖属性の木々はいよいよ盛んに育っている――この作戦だから、って結果だよね。ふつうの木は、あのビームでも燃えちゃうみたいだもん。巨人がいたあたりの地面は焼け焦げて、草も残っていない。なんなら、石もない。砕けちゃったみたい。
ナクンバ様ビーム、どんだけ強いん……。
「二体目の巨人はもう気にしなくていいと考えて、大丈夫でしょうか」
「そうですね。消えたと思っていいでしょう」
ただ、とエルフ校長はつづけた。
「魔王が復活したなら、新たな巨人が発生しても不思議ではありません」
……本家本元を叩かない限り、イタチごっこのループがはじまるわけね。嫌過ぎる。
それはそれとして。周りにいる人が少ないうちに、あの話をしておいた方がいいかもと思いつき、わたしはさらにエルフ校長に近寄った。
「先生、ちゃんとは覚えてないんですけど、以前、おっしゃっていた気がするんです。もう魔王との戦いにはかかわりたくない、みたいなことを」
「……そうですね。僕らのときは、彼女がいたから可能だったと思っているので」
「ハ……ル様ですか?」
名前いっちゃったけど、まぁセーフだろう。リートとナヴァトしか、近くにはいないし。
そもそも、愛称だし。なんなら、フルネームを口にしたとしても安心安全の、すべての痕跡は消しちゃった案件のはずだし。
「そう。彼女が僕らを『やり直させてくれた』のです」
「やり直させて……くれた?」
「時空」
エルフ校長は低い声でつぶやいた。
時空。ハルちゃん様は、時間と空間を飛び越える魔法使いだ。それで……やり直させた?
「そんなことが可能なんですか」
「大魔法です。失敗した方の時間はなかったことにして、失敗前に戻ったのです。そして僕らに、絶対にやってはならないこと、これをやると魔王に反撃されること、その反撃への対策ができていないこと、などを説明してくれたのです」
「……えっと? それって、未来から戻って来たハル様と、そこにいたハル様……って、ふたりになりません?」
「そちらの道筋を辿る未来は、完全に『なかったこと』にしたのです。ただその記憶だけを残して、彼女はそこにいました。魔王のもとへ向かおうとする僕らとともに立っていたのは、『なかった未来の記憶』だけを持った彼女でした。……彼女はその大魔法を使った自分を、今でも許していないのだと思います」
わたしは眼をしばたたいた。
「……許していない? ご自分を、ですか? どうして?」
「世界の流れを摘み取ってしまったからですよ。彼女の都合で、彼女の思惑でね」
「……だけど、それは必要なことだったのでは?」
「魔王封印には、必要なことだったでしょうね」
エルフ校長はそれだけ静かに告げると、視線を逸らした。
わたしは考えて――そして、気がついた。
「独断で、世界の未来を消したから? つまり……その場にいなかった人々にとっても、同じように時間は流れていて……誰かが恋をしたり……生まれたり……そういう営みも、すべて消してしまったから?」
「おおむね、そういうことです。彼女は高潔なひとでした。魔王を封印するための犠牲を、自分自身が払うのはかまわなくとも、それを他者に――世界のすべてに押し付けてしまったことを、納得していないのでしょうね」
ああ、とわたしは小さく答えた。答えたというより、声が出てしまったといった方がいい。
だから、なんだ。
後悔していることで、英雄扱いなんてされたくなかっただろう。ただ騒がれたくないのも本心だったかもしれないけど、それ以上に――ハルちゃん様は、自分を罰したかったのだと思った。
「世界を消した償いに、ご自分を世界から消してしまおうとなさってるのですね」
ささやくように口にした言葉を、エルフ校長は肯定も否定もせず、ただうっすらと、少し哀しげな笑みを浮かべただけだった。




