518 我はルルベルに褒めてもらいたい
まぁそんな感じで、エルフ校長はわたしとナヴァト忍者を運び、護衛隊の方はリートが指揮して、また二往復ってことになった。大丈夫なのか、魔法使いさん……ハーペンス師の推薦で入ってるんだろうから、実力は疑いようがないけども。
はい、そして行く手に見えて参りましたー! 川をまたぎ、山をまたぎ、爆走する巨人の姿がー!
だけど、いつもほど禍々しい感じしないなぁ?
「あんまり穢れは撒いてない感じですね?」
「速度があるから、薄まっているのでしょう」
なるほど……。
「どこに向かってるのかな。主戦場?」
「それは方角が違います」
教えてくれたのは、ナヴァト忍者だった。
「え、じゃあなんのために移動したんだろう」
「陽動を試みているのかもしれないですね。人間側としては、巨人を放置はできませんから」
たしかに。放置できないからこそ、ひとりしかいない聖属性魔法使いとエルフが来てるんだもんな。
「とにかく、行きたいところに行かせちゃ駄目ですよね」
「そうですね。まず足止め、それから捕縛です」
「校長先生、連続で大丈夫ですか?」
前回の大技、今までくたびれてるところを見たことがなかったエルフ校長が、へんにゃりするレベルっぽいからなぁ……。
「なんとかなるでしょう。ルルベルがいてくれますからね」
「ナクンバ様のお力をお借りするのは……?」
声をひそめて、尋ねてみる。風属性魔法使いが運んでる一群とはちょっと距離を置いてるので、聞こえる心配はないんだけど。
ちなみに、ナクンバ様の存在自体を隠してるのは、わたしの安全保障のためだよ! 魔王の眷属から守るだけではなく、ニンゲン、愚カ……になって聖女を我がものに! みたいな展開があったら即座に飛んで逃げるためだよ……説明されたとき、げんなりしたよねぇ。
でもまぁ、政治ってそういうものなんだろうな。力が必要で、だから手に入れるって展開になりがちなんだろう。手に入らない場合は、政敵のものにならないよう消す、っていうのもあるからね……。
ニンゲン……トテモ……愚カ……! に、ならないでほしいわ。マジで。
「最終的な手段ですね、それは」
「俺も同感です」
というわけで、ナクンバ様は今回も基本は温存っぽい。使えると強いんだけどなぁ。
……いや、ちょっと待て。
――ナクンバ様、ナクンバ様。
今、あなたの心に直接……呼びかけています!
――なんぞや。
――腕輪のまま、ブレスって使えます? ほら、前に戦場でこう、カーッと焼き払ってましたよね、眷属。
――巨人を滅するほどの力となると、一帯が焦土と化すが、それでよいのか?
強過ぎるね!
――なんとか絞っていただくわけには……?
――巨人が黙って立っていればな。
なるほどぉ! わたしが巨人だったら走って逃げるね……それを追ってビーム吐いたら、そりゃ一帯が焦土と化すわね……。
把握したくないけど、把握したわ。
――それに、今まで貯め込んだ魔力を使い切ることになる。
――貯め込んだ魔力?
――ルルベルの聖属性魔力だ。我はずっと蓄積している。我はもともと、ルルベルの魔力によって顕現した存在ゆえな。
初耳ですが? と思いかけたけど、そういえば、初期になんかそんなこと話してた気も……しないでもない……。
――えっ、魔力を使い切ったら消えちゃう……とか?
――消えはせぬが、深い眠りに就くであろう。
「うーん……難しい」
「どうしたのです、ルルベル」
「ナクンバ様に姿はこのままでご助力いただけないか訊いてみたんですけど、逃げる巨人を追って攻撃をすれば一帯が焦土になるし、魔力を使い切って休眠状態になりかねない、って」
「ああ、それはそうでしょうね」
とはいえ、エルフ校長ひとりに頼るのも……わたしがなにか関与できるようなレベルの戦いじゃなさそうだし、せいぜいまた聖属性の樹を生やして――。
「あっ。つまり、まず巨人の行動を阻害するところから、はじめれば……」
「はじめれば?」
「ナクンバ様の攻撃も出力と範囲を絞れます!」
「……まぁ、そうではありますが」
「ここには柵はありませんから、聖属性の樹木を生やしましょう。囲んで動きを鈍らせてから、校長先生が……ここは校長先生にお願いするしかないんですけど、固定していただいて、その上でナクンバ様に攻撃してもらえばどうでしょう? ナクンバ様のことは……わたしがなにかやってる感じに動けば、ごまかせるのでは?」
一瞬、考えて。エルフ校長はうなずいた。
「竜の同意は取れましたか?」
「訊いてみます」
――ナクンバ様、ナクンバ様。
――聞いておった。それなら力を使い切ることもないであろう。
――大丈夫ですか? わたし、ナクンバ様の功績を奪い取ることになりますけど……。
ふんっ、と煙たい鼻息を感じた。腕輪のままではあるから、たぶん心にそういうイメージを送り込まれたんだろう。器用だな!
――人間どもの評価など、一切不要。我はルルベルに褒めてもらいたい。
――えっ、そんなのいくらでも褒めます! ありがとうございます!
「やってくださるそうです」
「では、その作戦で。……ルルベル、君は魔力を使いきらない程度に全力で呪文を唱えてください」
すっと着地したのは、そのあたりでは最高峰であろう山の上だ。
「ナヴァト、君は後続のリートが来たら作戦を説明して。ルルベルはもう呪文の準備に入ってください」
「わかりました」
「了解です。補助に必要な魔法はありますか?」
「巨人はルルベルを狙って来るでしょうから、護衛に専念してください。僕の魔法は――人間が関与するのは難しいのでね」
ルルベル以外は、と言外に含みを持たせるようにわたしを見て、エルフ校長はヒュッと飛んでいってしまった。
「じゃあ、わたし呪文に入るね」
「はい。その……踏み越えないように、お気をつけて」
「わかってる。ありがとう」
正直、こう頻繁に呪文を使ってるとですね……なんか変な心地がするのは事実だよね。
だって呪文って、この世界自体を定義し直す形で作用する魔法だから。
そのためには、わたしという存在が世界に同化するというか、なんだろう……こう……ああ……。
いつもの呪文を唱え、地に、空に、自身をときはなって、わたしは思う。
――世界って、なんて残酷で美しいんだろう。
在るということの切実さ。命の儚さ。そういったことすべてを、わたしは抱きしめる。
そして、自由にさせる。
視界が広がって、どこまでも遠くまで感知できるようになる。五感のすべてが世界をじかに感じ、わたしのものになり、わたしが世界になり、そして――。
あたりに聖属性の樹木が生えじめる。
めきめきと、タイムラプスで撮影した動画みたいに。時間が早回しされて、在るはずのないものが根を張り、枝をひろげ、葉をさざめかせる。
それはわたしの魔力を取り込み、増幅させ、一帯に清々しい空気を発しはじめる。
木が――その萌芽、あるいは種子のようなものがどこにセットされたのか、わたしにはわかる。
だから、かれらに歌いかけるように、呪文の効果範囲を延伸する。
遠近は今、それほど関係ない。だって、わたしは世界だから。わたしは大地であり、大気でもある。あらたに生えた木々も、元から茂っていた植物も、すべてがわたしの制御下にあった。
エルフ校長の動きも、はっきり見える。
今、エルフ校長は巨人の前に浮かび、強い光をはなっていた。
風の精霊、地の精霊、緑の精霊。
人間が手を出すことのできない世界の理、自然そのものをあやつって、巨人の行手を塞いだ。
わたしが育てた木々が巨人の背に迫り、その踵に根を伸ばす。
長くは保たない、すぐに穢れで腐り落ちるだろう。勇敢な木よ、あと少し頑張って!
――ナクンバ様!
――諾。
いつか見た、少し赤みがかった黄金の光。
それが、わたしの手元から巨人へ向かっていく。伸びて、伸びて。一瞬で、巨人の背を焦がす。
巨人がぐるりと首を回し、こちらを見た。
「防壁用意!」
「聖女様をお守りせよ!」
周りの声が聞こえてきて、わたしは呪文の効果が薄れてきたことを知る。
もう世界はわたしではないし、わたしは世界ではない……育てた木々に力を与えつづけることさえできない。エルフ校長の気配を捉えることも、できなくなった。
でも、わたしは足を踏ん張って立ちつづける。大丈夫、魔力を使い切ってはいない。少し残してある。平気だ、まだ立っていられる。それが重要。
引っこ抜かれた木が、岩が、飛んでくる。一部はナクンバ様のビームにふれて消滅するけど、すべてではない。
風の魔法が岩をはじき返し、火の魔法が木々を瞬時に灰と化す。
すごい。すごいと思いながら、わたしはただ立っている。ほかにできることはない。
やがて、あたりが静かになる……霞む眼で巨人を見ようとするけど、視界が狭まってよくわからない。
「……うまくいった?」
誰にともなく問うと、リートの声が答えた。
「想定以上だ。巨人は消滅した」
よかった……もう立ってなくていいよね? ナクンバ様という砲台を支えなくても……平気だよね?
わたしはそのまま頽れたけど、誰かが支えてくれたのがわかった。泥だらけにはなりたくなかったし、助かるなぁ……と思いながら、眼を閉じる。
あっ……ナクンバ様を褒めなきゃ……。




