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516 却下に一票入れに来たわよ〜

「却下だね」


 失礼するよ、と入って来たのはハーペンス師だった。

 リート、伝令に行ったのに本人連れて来ちゃったのかい! ……と思ったが、ハーペンス師に遅れて入室したリートの表情が不本意そうだから……勝手について来た感じ?

 やぁ、と気さくな挨拶を挟んで、ハーペンス師はこう告げた。


「主戦力である聖女を、本営に貼り付けておけるわけがない」


 しゅ……主戦力ですかー!?

 そういうのはジェレンス先生なのではと思うけど、まぁ……対魔王と眷属って意味で考えると……主戦力といわざるを得ないのかもしれない。属性的に。

 それはそれとして、ハーペンス師はわたしではなく、ファビウス先輩を見てるっぽい? 相変わらずイケオジを極めてらっしゃる……ふたりを見比べたわたしの感想=東国セレンダーラ王族の美形遺伝子、強い!


「おまえの狙いはそこにあるのかもしれないがね、ファビウス」


 ……え?

 ファビウス先輩は口を引き結び、叔父さんであるハーペンス師を見返している。どう返そうかと考えているのかもしれないけど、ハーペンス師が言葉をつづける方が早かった。


「ルルベル嬢を安全な場所に置いておきたいんだろう? 自分が補佐としてついていれば、さらに安全だと思っている。違うか?」


 ……ええ!?

 ファビウス先輩は気怠げに息を吐いた。……あっ、これ図星?


「そういう思惑が皆無だとはいえませんが、しかし――」

「若い娘だというだけで侮られることくらい、わかるだろう。補佐も若者では、説得力に欠ける。君らの優秀さなど、知らない者の方が多い。そして、知っても認めたくない、認めることができない者もいる。聖女の求心力が効果を発揮するのは、本営ではない。戦場だ。戦場でなら、彼女の姿を見ただけで希望を持つ兵士がいる。訪れを予告されただけでも、救われる心がある。政治的な駆け引きなんぞで浪費するわけにはいかない」


 わかるかい? と。ハーペンス師はここで、わたしを見た。


 そんなことを問われましても!

 ……と考えて、思いだした。巨人の穢れを消したとき、あらためて忠誠を誓った騎士たちを。


 そうか、とわたしは思った。なんとなく、納得した。ああいうやつだ!

 聖属性は、稀有な力だ。ほかの魔法では手に負えないものに対抗できるところを目撃したら、感心するだろう。傾倒もするのかもしれない。

 でも、それは――さっきファビウス先輩がいったように、戦場にいる兵士たちが見るものだから。前線に出ない指導者層には、訴えかける力が弱い。

 それにわたし、いわゆる小娘だし。ファビウス先輩やリートも、若造にしか見えないだろう……。


「つまり……わたしの力を間近に見ないひとの支持は、容易には望めない、と?」


 ハーペンス師は、にこりと笑顔を見せた。そこに、ファビウス先輩が異を唱える。

 発言者から発言者へと視線を動かしたわたしの感想――くっ! 東国王族の美(以下同文)


「しかし、このままでは負けます」

「わかっている。だから、その役目は請け負おうじゃないか。この〈矢継ぎ早〉が」


 ファビウス先輩が、わずかに眉を上げた。


「叔父上のお嫌いな政治折衝ですよ」

「しかたないさ。ファビウスは知ってるよね? これでも一応、陛下から全件委任を受けてる、ってこと。ああ、追加の派兵についても、すでに話はつけたよ」


 ……ええええ!?


「東国が出張って、大丈夫なんですか?」


 おそるおそる訊いてみると、ハーペンス師はなんでもないことのように答えた。


「うちの国が大規模派兵したら、西国ノーランディア央国ラグスタリアも黙ってられんだろう。戦後の折衝で後手に回ることになるからな。東国の兵力だけすり潰して高みの見物と洒落込もうと考えるかもしれんが、そういうのもなんとかする。それに、物資輸送だけなら本営に貼りついてても問題なくこなせる。どう考えても、適任だ」


 もちろん、とハーペンス師は良い笑顔でファビウス先輩に告げた。


「こういうの、おまえの方が得意なのはわかってるから、参謀として付いてくれ」

「は?」

「ファランスはやめて、ファビウスに戻れ。それで東国と央国からの参加という形にすればいい。幸い、おまえはうちの王族を抜けて、現状は央国の貴族だからな」


 ファビウス先輩と似たようなことを口にしてるけど、リートはそこまで伝えてないだろうから……これはハーペンス師の個人的な意見――じゃなくて、世間的にはそう見られてるって話なんだろう。

 べつになぁ。ファビウス先輩とご実家である東国との関係は悪くないのにな。そんな風に思われてるの、なんか嫌だな。今はそんなこといってる場合じゃないのは、わかってるけども。


「西国の方は、〈不倒〉に後押しをたのんでおく。魔法馬鹿で宮廷政治からは逃げ回ってるくらいだ、裏切りは心配しなくていい」


 無口になったジェレンスみたいなものだ、と説明されて、あ〜……ってなったよね!

 王族と会いたくないからって、異国の地で生徒を置き去りにして姿をくらました事件、わたしは忘れないぞ!


「あいつも前線に出ないわけにはいかないから、俺から話をして、そこそこ現実を見てる貴族筋に連絡入れてもらう程度の助けしか期待できない……それだって、誰にどう連絡するかを逐一指示して、逃げ出さないように見張る必要はあるが……ま、そのへんはあとで詰める」


 裏切りはないけど、約束不履行はあり得るのか……そんなに上流階級との接触が嫌なのか。

 わかるけどさ……わたしだって、王宮に呼び出されるのはもちろん、王太女殿下に昼食に招待されるたり、回避したかったもん! ……回避できなかったけども。


 そこへまた入室者。


「お待たせ〜。ファビウス案の却下に一票入れに来たわよ〜」


 ウィブル先生だった。

 ハーペンス師とアイ・コンタクトをとってるので、なんらかの情報交換があったんだろう。どっちも内緒話ができる魔法を使えるしな……このお城、魔力が通りづらいって話を聞いた気がするけど、このふたりくらいのトップ魔法使いなら、なんとかなるんだろうな。……こわ。


「そもそも、ファビウスはまだ寝てないと。治療の反動は、あなどれないわよ」


 ファビウス先輩は、あきらかにイラッとした顔に。あんまり見ない表情だ。

 ……つまり。本調子じゃないってことだよね! 内心を隠せてないんだから。


「ルルベルを前線に出すようなことは、したくないです」

「そんなの、誰だってそう思ってる。あなただけじゃないわよ。でも、だったら魔王は誰が封印するの?」


 ウィブル先生も、いつもと少し雰囲気が違ってた。言葉遣いは変わらないけど、口調がこう……なんていうか。強い。


「魔王封印には、ルルベルの力が必要でしょう。ただ、それまでは出さなくてもよくありませんか」

「それで済めばねぇ……だけど、奥に引っ込んでなにもしない聖女に、誰がついて来る? アタシたちはいいわよ、ルルベルちゃんが頑張ってることを知ってるから。でも、兵たちは違う。そして、いくら魔法使いが強いといっても、士気の高い兵がいないと、戦場全域を支えることなんてできないの。一日、二日で終わるならともかく、今回はそういう話じゃないでしょ。まだ魔王の居場所さえ判然としないんだから」


 まぁそうよねぇ……わたしで士気が上がるのかって点は、ちょっと疑問で実感もないけど。


「兵士の士気を高めるのなんて、指揮官の仕事じゃないですか」


 それでも反論するファビウス先輩に、ウィブル先生は不意にいつもの調子に戻って微笑んだ。


「指揮官が有能なら、聖女の出陣を要請するんじゃないかしらね? あるいは、せめて慰問」


 ……おお。ファビウス先輩が反論を諦めたっぽい。

 すっごい疲れた顔になってるから、やっぱり体調悪いんだ……さっきまで、全然そんな感じしなかったのに。ほんとは、身を起こしてるだけでもだるいのでは?


「とにかく、ルルベルちゃんを前線から遠ざけっぱなしにするのは無理よ。どう考えても無理。少なくとも巨人の穢れ対策には出向く必要があるわ。呪符だけでなんとかできる規模じゃないものね」

「それは、わたしも行きたいです。できるだけ早く」


 実際、現場で穢れのひどさは体感したから……ほかの二体が穢れを生成しながら移動してることを考えて、ぞっとする。


「具体的な希望があるのは助かるな。調整は、まかせて。それから――」


 ハーペンス師は、不意にわたしの前に跪いた。ふわりとマントが揺れて、床に美しいドレープを描く。


「――自国を優先することなく、魔王封印を第一に考えることを誓いましょう。聖女ルルベルの剣となり、盾となって仕えることを、お許しください」


 なんだか映画のワン・シーンみたいな場面に、自分が立ってるのが変な感じだけど。

 でも、わたしはわたしの役割を果たそう。


「許します」


 顔を上げたハーペンス師は、なんの含みもなさそうな笑顔だった。わたしも笑顔で応じたつもりだけど、うまくできてるかな……。


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