513 今だけでいいから……いいですね、って
ファビウス先輩が目覚めたのは、日が暮れてからだった。
「……ルルベル?」
ぼんやりしていたわたしの頬にふれる手で、はっとする。
「ファビウス様……」
カラーチェンジする眼の中に、ものすごく情けない顔をしたわたしが映ってる。
その目元が、少しゆるんだ。
「よかった、無事で」
「……わたしの台詞です」
巨岩に直撃されておいて、こっちを心配すな!
と思ったけど、口には出せなかった。
「ちょっと情けないところを見せてしまったな」
「情けなくなんか、ないです。ファビウス様は気絶なさってても、リートにお姫様みたいに抱えられても、かっこよかったです」
わたしが反論すると、ファビウス先輩は少し笑った。
「それはさすがに、かっこいいとは思えないなぁ」
「いつだって、かっこいいんですよ。ファビウス様は。だからもう……あんな無理は、しないでください」
「勝算はあったんだよ。岩の大きさからして、ルルベルを抱え込んでふたりで耐えるのは無理そうだったし、ひとりなら耐えられると計算したんだ。近くにウィブル先生もいたしね」
「ウィブル先生がいなかったら?」
わたしの問いに、ファビウス先輩はすぐには答えなかった。
「……そうだな、それでも同じことをしたかもしれない」
「駄目ですよ」
「即死しなければ、あとは有能な魔法使いが来るまで待てばいいだけだしね。呪符も、もっと改良できる」
天才が天才らしいことを口走ったので、わたしはあわてて制止した。
「まだ起きちゃ駄目ですよ」
「心配しないで。起きられるほどの元気がないから」
「ファビウス様……それは心配するなという方が無茶では?」
わたしたちは、ちょっと笑った。
こんなときでも笑えるものなんだな、と思う。
ファビウス先輩の手が、頬からすべり落ちていく。ゆっくりと。
「ルルベル、君はほんとうに平気?」
「怪我はしてませんよ。むしろ、治す側でした。岩が飛んできた被害があちこちに及んだので、治癒の呪文が役に立ちました。ただ、魔力がもうギリギリなので、これ以上は使えません」
「そうか……ごめん、もう少しうまくできると思ってた」
「治癒は全体に使っただけです。ファビウス先輩を治してくださったのは、ウィブル先生ですよ。……ウィブル先生は、あんなこと二度とやるなって」
「それは、もちろん。やらなくて済むなら、やらないよ」
そういって、ファビウス先輩は眼を閉じた。
「ごめんなさい、お喋りし過ぎましたね。もう少し、休んでください」
「ええ……もったいないなぁ、せっかく君とふたりでいられるのに……」
「ナヴァトもいますよ」
ファビウス先輩は、また眼を開けて。少し困ったように笑った。
「そうか。……やっぱり、早く魔王をなんとかしないとね」
「はい」
「魔王を封印したら、どこかに行こうよ。休める場所」
「お言葉ですが、ファビウス様。わたしはたぶん、試験です」
「真面目だな、ルルベルは」
ねぇ、とファビウス先輩は眼を閉じてつづける。
「今だけでいいから……いいですね、って答えてよ。どこへでも、いっしょに行きましょう……ってさ。君を守ったご褒美だと思って」
「……駄目ですよ」
毛布を直しながら、わたしは答える。
「あんな無茶に、ご褒美はさしあげられません。調子に乗って、またなさったら困ります」
「正しいなぁ、ルルベルは」
「聖女らしくしようと頑張ってるんですよ」
「僕だって頑張ったんだから、少しくらいは調子に乗らせてくれないかな」
「駄目です。でも、ありがとうございました。おかげで生きてます」
「……よかった」
吐息のようにささやいて、ファビウス先輩はまた眠ってしまった。
「聖女様、今のうちに夕食を」
「ありがとう、ナヴァト」
食事はかなりシンプルだ。戦時だし、いつ籠城の必要が訪れるとも限らないから……って聞いてる。
まぁアレよ、ちゃんとお腹がいっぱいになるまで食べられるだけで、ありがたいです。そもそもわたし、下町生まれの庶民だし、魔法学園に入学するまでの常識に照らすなら、粗食っていわれてる今の食事でも贅沢だなって思うくらいで。
贅沢に慣れてしまった今でも、そんなに違和感なく食べられるよね。
わたしが食事を終えて少ししたところで、エルフ校長とリートが戻って来た。ふたりとも、重苦しい空気を背負っている。
「……魔王、復活ですか?」
「まだ、断言はできんが」
答えたのはリートだ。こんなときでも偉そうなの、さすが過ぎる。
「復活地点が不明で確認はできていませんが、現象としては封印がとけたと見ていいでしょう。眷属の大部分が活性化しているようです」
エルフ校長の声はちょっと疲れている。大技を使ったせいなのかな……全体に、元気がない。それとも、魔王復活の余波?
「トゥリアージェ領近辺というのは、間違いなさそうですか?」
「ほかに眷属が集まってる場所もなさそうだしな……まぁ、人里離れた僻地で突然復活して、誰もいないから観測されないまま時間が経つという可能性も、ないわけではないが」
こっわ。
そこまで話したところで、わたしははっとした。
「ファビウス様を、どこかに移した方がいいでしょうか。近くでこんなに話したら、休んでいられないかもしれませんし」
「このままでいいだろう。ルルベルがいる部屋の方が、早く元気になるだろうしな」
「は?」
「ルルベル、君の周囲にはつねに聖属性の気がただよってますから……巨人の穢れにあてられたぶんは、同室するだけでも治療効果があります」
は? なにそれ。
「穢れにあてられたって、なんですか」
「巨人がふれたものを受け止めたのですからね。当然です」
おぅ……。巨人さんてば、そんな効果もあるの……。
「だったら今すぐ浄化をすれば」
「君も、魔力量を戻す必要があります。無駄に使ってはいけません」
無駄? 無駄なんかじゃないけど? ……と反射的に思ったけど、我慢した。
「はい」
「君も早めに休んでください。疲れているはずです」
「校長先生だって。今日のあの魔法で、お疲れなのでは?」
「僕も、君と同室するだけでかなり回復するので」
……あっそう? そうなの?
「ええと、じゃあ……寝台をこれ以上は運びこめないし……どうしよう?」
「そっちの肘掛けのない椅子を並べれば、校長が横たわるくらいの長さにはできるんじゃないか? 足が少し出るかもしれないが」
「座ったままで平気ですよ」
模様替えをしかけた生徒たちを止めて、エルフ校長は少し楽しそうな顔だった。
「平気って。校長先生も、ぐんぐん回復してもらわないと!」
「ルルベルと同じ部屋にいれば、それだけで大丈夫ですよ。眷属が魔王のもとに集まるようなものです」
嫌な喩えだなー!
「でも、横にならないと身体が休めないでしょう?」
「横になった方がいいのはルルベルです。君が僕らの元気のみなもとなのです。君だけは、体調を崩してはなりません」
「……わたしだけ、じゃないです。誰だって、体調を崩したら駄目です」
エルフ校長が、ふ、と笑う気配があった。
「それも道理といえますね。僕もちゃんと休みますから、まずルルベルがきちんと休んでお手本を見せてください」
……ものっすごく子ども扱いされてる気がするが、エルフ校長の正確には知らないが三桁は確実であろう年齢を考えると、まぁ……ものっすごく子ども扱いされても、しかたないよな!
タイミングよく、ナヴァト忍者に声をかけられる。
「聖女様、お湯を使われるようでしたら、準備がととのいました」
「穢れを洗い流して、ゆっくりおやすみなさい」
勧められるがままに、わたしは就寝の準備をととのえた。ちょう早いし、べつに眠くもないんだけど、身体が疲れてるのは確実なので、しかたがない。
頑張れ、わたしの肝臓。魔力の生成は君の仕事だ!
寝室は皆がいる部屋の隣にあるので、少しでも聖属性の気? が流れるよう、扉は閉めず、衝立だけをベッドの前に立てて寝ることにした。
pixiv に、同名曲から着想した小説『ただ、君のままで』を掲載しました。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=25755377
ラブは薄味。
架空世界を舞台にした「ひどい現実と音楽で戦う」話です。
……って略していいのか、作者もちょっと迷うところですが。でも、あらすじはそんな感じです。




