表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
510/523

510 誰かって、誰?

 アファルガルマって言葉には、複雑な意味がある。意味っていうか……ニュアンス?

 寂しさとか、やるせなさとか……なんだろう、すごく透明な諦め、みたいな。自分でもなにいってんだと思うけど、語彙と表現力の問題がございまして。これが、精一杯です!

 うっすらとした絶望と悲しみを帯びつつも、強く矯正を求める言葉――それが、アファルガルマ。


 その言葉が後押ししてくれたのかどうか、そもそも言葉が必要だったのかもわからないんだけど――杖からあふれた力は、巨人の周辺にある穢れに取り憑いた。

 そして、たちまちそれを無にしてしまった。


「え……」


 やった自分がびっくりする強さ! なんこれ、なんこれ!

 待って待って、前にジェレンス先生と呪符貼って魔力通して〜、みたいな作業したときとは比較にならない簡単操作で、桁違いの効果……!

 当然、ただよっていた瘴気も消し飛んでいる。

 虹色のキラキラな空気になってるのは、たぶんファビウス先輩の演出ですかね……。


 いやそれにしても。万象の杖、すご過ぎ!

 一般魔法使いに届いてますか? ってレベルのわたしの魔力、それも全力を込めたわけじゃなかったのに。


「ルルベルの魔力残量はどうです。ウィブル先生、概算でいいから出せますか?」

「概算っていうか、雰囲気把握ですけど、八割以上は残ってると思います。ルルベルちゃんも、そんなに魔力をこめてないよね?」

「はい。魔力をこめるっていうより、杖がこう……なるようになったというか」


 ルルベル自身にもよくわかっていないし、うまく説明もできないのだが、エルフ校長には通じたらしい。


「なるほど……。ファビウス、君はここに来たのが遅いそうですが、この地点に巨人が追い込まれて何日経過しているかはわかりますか? その間、移動しているかどうかは?」

「僕が把握している情報では、ここに固定されてから五日ですね。一箇所に止めるのは十日が上限という話が出ているそうです、土地の回復の関係で」


 てきぱきと指示・確認するエルフ校長、なんか……珍しく本気出してる感じ? 叔父さん作の国宝を使ってるせいかな。


「ルルベル」

「はい」

「杖はしまって。今回はこれだけにしておきましょう。巨人本体には届いていないようですが、手前の穢れは除去できましたし、だいたいの効率はわかりましたからね。実験としては上々の成果です」

「はい……でも、あの……」


 わたしの魔力には、余裕があるのだ。


「なんです?」

「巨人本体への攻撃は、試してみなくていいですか?」

「やめておいた方がいいでしょうね。穢れが一気に消えたのは、所詮、あれには実体がないからです。巨人はそうではない。一気に滅ぼすことは無理ですし、手負いにして凶暴化されても困る。勢いさえあれば、防護柵にも怯まないでしょう。そうなったら、困ります」


 わぁ。そりゃたしかに困るな……。

 だって、あの小山みたいな生き物がこっちに突進してくるだけで、ザ・恐怖! だよ。おとなしくしてるのは、こちらが最小限の刺激しかしてないから、ってことよね。


「わかりました。……穢れの除去を、巨人は気にしないのでしょうか?」

「ええ。自分が生成しているものに思い至るほどの知恵はありません。刺激しなければ、こういう封じ込めのようなことも可能でしょう。ただ……魔王復活となれば、もっと意識が明瞭になり、はっきり敵対してきます」


 ひぃ〜……!

 エルフ校長は経験あるんだもんな……魔王復活時の眷属たちの動きとか。つまり、アレが活発になるところも見たことあるんだろうな……。

 わたしが勝手にゾクゾクしてるあいだに、エルフ校長はリートを呼び戻し、一旦は本拠地に帰ろうという話をしている。

 まだリート以外の外野は遠方に留まっているので、今のうちにとファビウス先輩に声をかけた。


「ファビウス様、ありがとうございます。その、見た目の演出とか」

「大したことはしていないよ。魔力に色付けした程度だしね」


 ほら、はじめの頃の訓練みたいに――と、ファビウス先輩は少し眼をほそめた。


「懐かしいですね」

「うん。……成長したね、ルルベル。この調子だと、僕が置いて行かれてしまうな」


 はぁー? 天才様が、なにいってんの!


「それはないです」


 思わず、スン顔になってしまった。……仮にも恋する乙女が、恋愛対象の前でスン顔!

 ファビウス先輩はちょっと眼をしばたたいてから、ふっ、と笑った。かっこつけた感じのない、素の笑顔だ。


「君にずっとそう思ってもらえるよう、僕も精進するよ」


 ドキがムネムネするぅ〜!

 ……いやゼッタイ! ダメ! 恋愛脳聖女はダメ! ただでさえダメなのに、魔王復活が近いというこの局面ではダメダメのダメ!

 今わたし、あきらかに知能指数が下がったよね? 秒で下がった! ダメダメ、秒で持ち直せ!


「帰りますよ、ルルベル」

「……あっ、はい!」


 来たときと同じ面子が集合しているので、わたしもエルフ校長のもとへ向かう。もちろん、わたしの後ろからファビウス先輩も……並んで歩くのはダメか。ダメだな。親しげなのは、ダメ。だって、ファランスさんってことになってるんだし。

 あと、わたしの知能をキープするためにも……。


 と、そのときだ。



「ルルベル!」


 ガッ、と背中に衝撃を食らい、えっ、と思う間もなく地面が間近に迫る。

 それとほぼ同時に、地面が揺れた。ズシン! って感じに。

 前世日本人としては当然、地震!? って思うよね。あっ、これちょっと強めだな、直下型? 震度4か5くらいありそう……なんて震度の予測までするじゃん?

 でも今生こんじょうの世界では地震なんて経験したことがない……。


 ていうか、そんなの考えてる場合じゃないんですけどー!? 転んじゃう、踏ん張れない!

 砂利だらけの地面にヘッドスライディングする直前に、わたしの身体は停止した――なんだこれ。


「聖女様」


 あっ、透明化したナヴァト忍者……。

 これ……傍目には謎の体勢になってない? わたしひとりで空中に停止してるように見えない?

 ……いやっ、そんなことはともかく!


「い、今のなに?」

「巨人です」


 ナヴァト忍者は姿をあらわし、わたしを起き上がらせてくれた。


「きょ……巨人がなにをしたの?」

「岩を投げてきました」


 えっ。震度4〜5クラスの衝撃を発する大きさの岩? いや、それとも投げつける勢いか? 時速何キロ? ……と、そのときのわたしは相当テンパってたんだと思う。

 スピードガンを持て! くらいの感覚で現実逃避しているわたしの横を、ウィブル先生がすごい勢いで駆け抜けた……いや駆け抜ける勢いが凄過ぎてよく見えなかったんだけど、髪色で判断した。


「ファビウス!」


 土煙を切り裂くように、ウィブル先生の後ろ姿が遠ざかる。

 ……土煙。そう、砂埃が舞って、視界が悪い。でもその中に、巨大な岩が――ついさっきまでは存在しなかった岩が鎮座しているのが見えた。

 呆然とするわたしを、ナヴァト忍者が抱き上げる。


「失礼します」

「ま……」


 待って、と口にしたつもりだけど、声になってなかった。

 ウィブル先生の後を追いながら、リートが命令する。


「ナヴァト、聖女様を下げろ」

「待って、あの岩ならわたしが――」


 今度はちゃんと声になった。

 頭の中はぐちゃぐちゃだ。

 待って待って、だってついさっきまで、わたしはあのへんに立ってた。背中がガッとされたのは、岩がぶつかったわけじゃなく――誰かが突き飛ばしてくれたからで。

 誰かって、誰?


「――わたしが、杖で」

「いけません」


 無自覚に杖を握っていた手が、おさえられる。


「わたし、できます!」

「範囲規定をあやまったら、どうします」


 範囲規定……岩だけ消すことができなかったら、岩の……だって、あの岩の下に!

 声がする方に顔を上げると、エルフ校長がわたしを見下ろしていた。


「大丈夫、ウィブルがいます。それよりルルベル、君は巨人を見るのです」


 なにいってるんですか、わたしは……わたしはあの岩を!

 口を開いたけど、言葉にはできなかった。

 そうだ、巨人が岩を投げてきたってことは――ちらばった破片を見るに、防護柵も壊されちゃったみたいだ――何回でも、同じようにできるってことだ。

 第二弾、第三弾が来るかもしれない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SNSで先行連載中です
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ