表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
509/525

509 そこに思い至ったことは、褒めてやる

 ファビウス先輩は柵のところまで来て、わたしに並んで呪符の状態を検分しはじめた。

 ここにベタベタ貼ってある呪符の開発者だもんね! 少々心得があるとかいうレベルの話じゃないよ……。


「どうでしょう? 呪文の影響があったりはしないでしょうか」

「それは問題ないでしょう。ただ、ちょっと……」


 深刻そうに眉根を寄せてから、ファビウス先輩は声を落としてささやいた。


「君に危険が及ぶのではと、気が気じゃなかった。無事に終わって安心したし、感動もしてる……素晴らしいよ、ルルベル。心まで洗われたみたいな気分だ」


 ……ファビウス先輩にお褒めの言葉をいただいたー!

 わたしも声をひそめて答える。


「そういっていただけると、嬉しいです。……でも、ご心配をおかけしてごめんなさい」

「謝らないで。僕が勝手に案じてるだけだから。いつだってね」


 少し困ったような笑顔を向けられてしまって、わたしは言葉に詰まった。

 世界の果てに行っちゃったこととか、ファビウス先輩とは共有できていないのである……そのへん話したら、また心配させそうだなぁと思いつつ。隣に並べる貴重な機会に、頭がふわふわしはじめて、ヤバい……。

 傍目はためには、呪符の詳細について話し合っているように見えるはずだけど、皆さん! この聖女、恋愛脳に乗っ取られそうでヤバいです!

 いやこれダメ、ゼッタイ! 恋愛脳花畑聖女には、ならないぞぉぉ!


「さて、この呪符だけど……描き足すだけでも使用に耐えそうなのがあるね。ルルベル、魔力の残量はどう? 僕がやってしまっても、いいかな?」

「あ、はい……」


 そうね、お願いした方がいいかもね。聖属性呪符は、わたしが魔力をこめる方が効果が高くなるけど……今は魔力を使い切ったら洒落にならない状況だからなぁ。

 なにしろ、まだ本題が残ったままなのだ。


「うまくすれば、呪文で育ったこの柵と連動してはたらくような……いや、まぁそれは後回しだな」


 天才が、なんか天才なこと口走ってる!

 ファビウス先輩が、わたしを見上げた――呪符を覗き込むために少しかがんだ姿勢だったから、もうアレよ。完全に国宝級上目遣いきたわぁ。


「これは僕にまかせて、君は穢れの対処に向かって」

「はい。……ありがとうございます」

「役に立てそうで、嬉しいよ」


 にっこりの破壊力よ……! しばらく浴びてなかったから、ドキドキが激しいわー!

 ときめいているダメ聖女のわたしに追撃の笑顔を浴びせつつ。ファビウス先輩は、優雅に一礼した。


「では聖女様、こちらの呪符の修復は、おまかせください」


 少し声を張って、周りに聞かせてから。上着の内ポケットからペンを取り出し、さっそく作業開始。

 よし、わたしはわたしで頑張らないと!


 キリッ! 精一杯キリッとして、わたしはエルフ校長を目で探した。

 リートはさっきと同じ場所にいるけど、ナヴァト忍者は、いつのまにか見えない……つまり、姿を消しているっぽい? たぶん、護衛のためにはその方がいいと判断したってことだな。

 エルフ校長は少し距離をとって、遠くを見るような眼をしてたけど――すぐ視線が合った。


「校長先生、ちょっとご相談が」


 呼びかけると、すぐさまこちらに来てくれた。エルフ、聖女に甘過ぎん?


「なにか問題でも?」

「例の杖を、皆さんに見えるように使っても大丈夫なのか、誰にも確認してなかったことに気がつきました」

「……ああ! そういえばそうですね。そういう話は僕よりリートに確認した方がいいでしょう」


 エルフ校長がリートの方を見ると、なにもいわれなくてもリートがささっと寄って来た。うずうずしてた、って顔をしてるよね……。


「なにか問題でも?」


 さっきのエルフ校長とまるっきり同じ台詞なのに、妙に高圧的なのが、さすがリート。


「杖の存在がわかるように使っていいか、気になったの」

「なんだ、そんなことか。……杖?」


 ……杖?

 あっ!


「情報共有してなかったっけ」

「穢れの対処に有効な方法がみつかった、とだけ。杖とは?」


 ちらっとエルフ校長を見ると、うなずかれた。明かしていいってことだよな?

 まぁ、リートに隠しておく意味はない。ウィブル先生はどうせ聞いてるだろうけど、こっちも隠す必要はないと思う。ファビウス先輩も近くにいるし、一気に情報共有だ。


「万象の杖。エルフの里のお宝で、なんでも消せるやつ」

「なんでも消せる……」

「ただし、わたしの魔力の範囲でね。あと、わたしにしか使えないの」


 わずかに考えてから、リートは尋ねた。


「それは、魔力を登録されたということか。では、誰かに盗まれる心配はないのか」

「ないと思う……」


 出し入れ自在の謎システムだしなぁ。


「それなら問題ないだろう」

「よかった。一応、確認しておきたくて……」

「そこに思い至ったことは、褒めてやる」


 何様だよ! リート様か!

 ちょっとムッとしたわたしに、リートは珍しく笑顔を見せた。あー、これギャラリーがいるからだな。わたしも表情くらいは取り繕え、ということですね。はいはい……。

 よし、ここは看板娘スマイルで乗り切るぞ! 聖女スマイルよりちょっと力強い感じのやつ!

 笑顔を貼り付けたわたしに、リートが要望を追加してきた。


「万象の杖の名を出す必要はない。なにがあっても、君が聖女だからで説明すればいい。むしろ派手にやってくれ。遠巻きに見守っている面々に見せつけて、さすが聖女様だと思わせたまえ」


 派手? そんな曖昧な指示、困るぅ……。なにがどうなるかもサッパリわかんないのに。


「……それはそれとして、もっと皆さんに後退してもらえる? はじめて使うし、味方に被害が及んだら困るもの」

「しかたがないな。もう少し、下がらせよう。遠目でも奇跡っぽく見えるようにしてくれ」


 無茶振りー!

 わたしに苦情を申し述べる隙を与えず、リートはまず護衛隊の方に戻った。手短になにか説明したらしく、護衛隊といっしょに防護柵の守備隊の方に移動してる。で、守備隊と合流して、さらに後退。

 ……これでまぁ、最低限の安全対策はできたわけだ。


 もさもさした柵を中心に瘴気が晴れてきたせいか、周囲の状況が少しずつ見えてきている。

 わたしたちがいるのは、切り立った崖に挟まれた峡谷だ。観光名所にできそうな絶景だけど、全体に嫌な空気が立ち込めている。

 ……そうか、この地形だから余計に瘴気が滞留してるのかも。ビル風みたいな強風が起こったら、風下は大変なことになりそうだ。それを防ぐためにも、穢れの除去は必要だ。

 視界はどんどんクリアになってきて、峡谷の奥に座り込んでいるらしい巨人の影も、なんとなく見えた。


「ルルベル」


 ファビウス先輩の声がして、わたしは急いでそっちを見た。呪符になにかあったのかと思って――でも、そうじゃなかった。

 力づけるような言葉がつづく。


「派手にしようなんて、気にしなくていい。君が思うままに、やるといいよ」


 あっ、そうか。出陣式みたいに演出してくれるんだ。だから、ふつうにやっていいよ、って。

 ……まぁ、ふつうもなにも初使用なんですけども。


「ファビウス様、万象の杖ってご存じです?」

「名前だけは。僕もここに留まってもいいかな?」

「ええと……校長先生、ウィブル先生も……」

「大丈夫よ、校長がいればだいたいなんとかなるし、なんとかなりそうもなかったら、アタシが全員を抱えて避難させるわ。ルルベルちゃんは、魔法に集中して」


 まだ躊躇しているわたしの背に、エルフ校長がそっと手を添えた。


「僕がなんとでもします。叔父の魔法の組みかたの癖も、よく知っていますから。ルルベル、君はただ、杖に魔力を通すことだけを考えればいい。そして、その杖の先を対象に向けることを」

「……はい」


 やるしかない。

 出ろ、と念じると手の中に杖が出現した。贈呈されたときと変わらない、美しくて繊細な杖。

 わたしは魔力を込める。そして、杖の先を巨人がいる方、つまり蓄積した穢れに向けた。

 杖の周囲から虹色のかがやきが広がりはじめる。

 なんだか幸せな色だ――そう思った自分に、笑みが浮かんでしまう。だってその感想、魔力感知の練習をしてたときと同じだったから。

 魔力も感じられなかったわたしが、ここまで来たんだ。皆に支えられて。


「アファルガルマ」


 ほぼ無意識に、わたしは原初の言語を口にしていた――訳しづらい言葉だけど、敢えて現代語にするなら、こういう意味だ――あるべからざるものは、あるべき姿に戻るべし。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SNSで先行連載中です
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ