507 鎮まれ、我が心の中のエセ関西人
「こ、これ……使いかたというか……具体的に、なにができるかとかそういう……そういう点、ご指導いただきたいです! あっ待ってください、まずはじめに『これは絶対にやっちゃダメ』的なことを教えていただいた方が!」
うっかりすると、今すぐこの部屋を崩壊させちゃったり! しないだろうか!
そう思うと、国宝級マジック・アイテムを放り投げたくなるけど、もちろんアカンやろ……アカンわ、とテンパり過ぎてエセ関西弁になってしまう。なんでや。
「ルルベル、落ち着いて。魔力をこめない限り、大したことは起きませんよ」
うっかり魔力をこめちゃったら、どうなるんや! 魔力をこめてなくても、大したことじゃなければ起きてまうんか! そのへん、どうなんやー!
……いや鎮まれ、我が心の中のエセ関西人。
「落ち着きたいですが、ものすごい貴重品ですよね……。扱いかたを教えていただかないと、不安で」
「ではまず、使わないときは魔力をこめないこと」
「はい」
「使いたいときは魔力をこめること」
「はい」
「以上です」
シンプル過ぎひん?
……いやいやいやいやいやいやいや! 納得できへんて!
「使うとどうなるのか、とか……そういうのは」
「今、その杖はルルベルの魔力でしか動きません」
「はい」
「なにをどうしても、ルルベルの魔力以上のことはできません」
……アッ!
わたしの魔力量がお粗末なことが、ここで問題になってしまうとは。
いや、低くてたまらんってほど低いわけじゃないよ? わけじゃないけど、周りの有能魔法使いの皆さんと比べたら、断然見劣りするよね。
たとえばジェレンス先生がこの杖を使えるなら、今以上の万能キャラになったはず!
……え、それって怖いな……。世界をまるごとブチ壊しちゃったりしない? 勢いで、うっかり。
そう考えると、手に入れたのがポンコツ聖女でよかったね、という話ではある……。
「試用して、どれくらいのはたらきが見込めるかを確認すべきでしょうね……ちょうどいいものがあります」
エルフ校長はキラッキラの笑顔であるが、なにがちょうどいいのか、わたしにはわからない。
「ちょうどいい、とは?」
「巨人の穢れです」
……なるほど? なるほど!
「たしかに、穢れを消せるなら助かりますね」
「多少暴発しても、被害が及ぶのは巨人でしょうしね。むしろ滅してしまってもいいくらいですから」
あははは……それもそうですが、しかし!
「巨人を滅するなんて……可能ですか? わたしの魔力量で」
「おそらく無理でしょう。ですが、やってみないことには変換効率もわかりません。トゥリアージェに移動しましょうか」
気軽にお試しを勧めるエルフ校長に、わたしは別の疑念というか、懸念? を伝えた。
「でも校長先生、この杖はその……ルールディーユスさんが、里の守護のためにと置いて行かれたものなんですよね?」
「そうですね」
「でしたら、使う範囲もこう……エルフの里を守れるようにとか、そういう配慮が……」
エルフ校長は、困ったように微笑んだ。
「そんな配慮は必要ありませんよ」
「でも……」
漂泊者ルールディーユスが家族や同朋のためにと作ったものが、なんの関係もないニンゲンの手に渡っていいものか……もう渡っちゃってるのはしかたないとして、本来の意図とは違うかたちで運用されてもオッケーなのか?
「ルルベル、君はその杖を私利私欲のために使いますか?」
「え」
「魔王や眷属を抑止することに使うのでしょう?」
「それは……もちろん」
だって、私利私欲のための使いかたなんて、わかんないよ。
パン屋が繁盛しますように、なんて用途には使えないでしょ、万物融解装置! 試験がうまくいきますように、とかさぁ……わたしの私利私欲なんて、そんなもんだよ。
消す方向性で考えると、たとえば……実家のライバルになりそうなパン屋をつぶすとか?
……ないわ〜! ないない!
愚かなニンゲンを滅するとかも、ちょっと無理。わたしのメンタルでは、無理!
「魔王の封印がかなえば、エルフの里も安泰ですよ。そうではありませんか?」
「それは……たぶん」
ニンゲンが自然破壊しに来なければ、という気はするけども……ああもうニンゲン滅ぼした方がよくない? でも、わたしには無理である。無理めの無理。
「大丈夫ですよ、ルルベル。君は間違わない」
「そんなことありません」
「たとえ間違うことがあったとしても、それは必要な間違いです。信じなさい、自分を」
エルフ校長は確信ありげに微笑んでいる。
……エルフってすごいよねぇ。微笑まれると、なんか「そうかな」って気がしてくるんだもん……こんなに美しくて何百年も生きているものが保証してくれるなら、って。
「わかりました。でも、戻る前に……ええと……この杖をしまうものがほしいです」
なに持ってんだって訊かれるかもしれないし、達人なら尋常ならざるものがあるって看破しちゃいそうだし。
そして、わたしがこんなアイテムを持ってることが周知されたら、それを私利私欲のために利用しようとする勢力もあるだろうしな!
「心配ありません。消えろ、と念じてください」
「え?」
「消えろ、と」
消えろ……わぁ! 消えた! マジで!?
「その杖は、ルルベルの魂に結びついていますからね」
「ど、どういう理論で……」
「エルフの魔法ですから。人の世でこれを理解できる者はいないでしょう。まぁ……強いていえばルルベル、君がもっとも理解しているといえるかもしれませんね」
まさか! それはないわ!
……と思ったけど、なんかわかる気もする。
だってわたし、エルフ校長に古い言葉を学び、呪文が使えるようになり、世界それ自体を書き換えるような力があることを知っている。
これも、そういう超越的な? 魔法の一種なんだろう。
出ろ、と念じてみると、杖はシュッとわたしの手の中にあらわれた。
「筋が良い」
エルフ校長に認められて、鼻高々……にはならないけど、ちょっと安心はしたかな。
何回か出し入れを練習して、ヨシ! という気分になったところで出発だ。
「リートと繋げました。掴まってください」
左にわたし、右にナヴァト忍者を立たせ、かるく肩に手を回したエルフ校長。
「行きますよ」
予告とほぼ同時に、景色がぶれて、次の瞬間にはもう見慣れた聖女専用部屋に転移していた。
なんなんだろうね、ジェレンス先生の魔法と違って虚無を感じる隙がない。気もち悪さもないし、エルフ万歳! と、歓迎したいところだけど。これはこれで逆に怖いよなぁ……不自然なことしてるのに、それを自覚できないんだもの。
まぁ、それはそれである。
「早かったな」
リートが偉そうに出迎えてくれて、まさにリート。
「その後、なにか起きてない?」
「特段には。シュルージュ様には、校長先生が来ることをお伝えして、ご了承いただいている」
「反対もなにもなし? ちょっと央国陣営の数が多すぎる、とか……」
「シュルージュ様からは、なにもいわれなかったな」
エルフ校長が、やわらかに微笑む。
「その程度の調整は、してくれるでしょう。彼女が学生だった頃も、わたしは校長でしたからね」
あっ、そうか……そうなるかぁ! 待って待って、ジェレンス先生を預けに来たときの話は聞いたけど、それより、学生だったシュルージュ様の話が聞きたい! 今そんな場合じゃないのはわかってるけど、すごい逸話がバンバン出てくると思うんだよな〜。
まぁ自重しますよ、ええ。したくないけど自重しますよ……。
「……で? 巨人の囲い込みに使えそうなのか?」
「あ、いや……それは無理そうなんだけど、巨人のところには行きたいっていうか」
「意味がわからん」
デスヨネー! わたしだって、よくわからないもん。
そこを、エルフ校長がさらっと解決した。
「巨人の穢れを除去する方法として、聖属性の植物を繁茂させるより有効な方法がありそうなので、試してみたいのです。場所さえわかれば、僕がルルベルを連れて往復しますが」
「いや……どうでしょう。常時、囲まれてるので……つまり、各国の兵士にです」
エルフ校長は眉を上げた。
「隠す必要がありますか?」
「そうではなく。うまくいく公算が高いのであれば、むしろ派手にやってほしいですが」
リートの考えは、なんとなくわかる。聖女の信頼を上げ、価値を高める作戦に使えるか? って話だよね。
エルフ校長はそれを理解しているのかどうなのか、そうですねぇ、とつぶやいた。
「可能だとは思いますが、なんらかの事故があってからでは遅いですからね。初回は下がってもらった方がいいでしょう。巨人が存在する限りまた同じことをするわけですし、それが必要なら、あらためて場をもうけては? 今回は、邪魔が入らないよう調整してください。まずは、シュルージュの許可を」
「……わかりました」
口調は丁寧だけど、拭えない強者感! 本気を出したエルフ校長って、実は怖そうね……。




