505 まったく、人間の忘れっぽさには困ります
わたしは手短に、聖属性お花畑を呪文でつくる案について説明した。
エルフ校長はちょっと考えたあと、そこまで急ぎでないならお茶でも――と、わたしたちを椅子にかけさせた。
急ぎじゃないけど、落ち着かないんだよな〜この部屋! 美し過ぎて!
お茶と繊細な茶菓子を持ってエルフ校長が戻ってきて、わたしとナヴァト忍者に勧めつつ、自分も椅子に腰掛けた。
テーブルを挟んで見るエルフ校長は、相変わらずキラッキラしてる。でも、ちょっと疲れた顔でもあるかも……。
「校長先生の方は、どうだったんですか? ウィブル先生に、王宮で揉めてらっしゃったと聞きました」
「ルルベルが無事なら、どうでもいいんです」
「わたしは無事です。でも、そのせいで王室との関係を悪くなさったのなら、申しわけなくて」
「関係? なにも悪化はしていませんよ。我が友との約束がいろいろあること、それも単なる口約束ではなく魔法で縛られたものであることなどを思いだしてもらうのに、時間がかかっただけです。まったく、人間の忘れっぽさには困りますが、慣れていますから。些細なことです」
……些細じゃなさそうなんだが?
わたしの視線に、エルフ校長は微笑みで応えた。詳細を語る気はなさそう。
「ええと、では先ほどの話なんですけど。呪文で育てた植物に、聖属性をまとわせるという案です。もちろん、校長先生のお考え次第なんですけど、わたしは……できることを、なんでもやりたくて」
「悪い考えではないと思いますが、どう運用するつもりですか?」
「シュルージュ様からは、巨人の封じ込めに使ってはどうかとご提案いただいています」
「巨人ですか……何体いますか?」
「三体です」
「かれらを封じ込める場所は、決まっているのですか」
問われて、あっ、と気がついた。そういや、その問題があった……。
「いろいろ揉めていて、まだのようです。詳しいことは知りません。わたしは、その……あまりそういった話し合いの場には同席しないようにしているので」
「過去も揉めましたから、わかります。巨人の大きさにもよりますが、魔王の復活が近い今、かれらが生成する穢れは強く多くなりこそすれ、弱まることはないでしょう。へたをすると、かなりの範囲の土地が何年も不毛化します」
吸血鬼も怖いし、魔将軍が率いる集団の相手も大変だけど、将来に影響を及ぼすという意味では、巨人の存在がもっとも深刻なのかもしれない……。
わたしはエルフ校長に訴えた。
「現状、聖属性の呪符をかなり巨人専用の防護柵に持って行かれてしまって、戦場に届ける数がたりないようなんです。……聖属性の植物、うまく使えるなら使いたいです」
魔将軍の軍勢を放置もできないのだ。
魔王復活まで避難に徹して見守る……なんて案も出たらしいけど、それも現実的ではないそうだ。高機動力を備えたやつらが、避難民を襲ったりするらしくて。急拵えの避難所では、なかなか守り切ることもできない。防御力のある施設も、収容力に限界がある。
「ですがルルベル、あなたはあまり高威力の呪文を使うわけにはいきません」
「それはもちろん……魔力がたりませんから」
「それだけではないですよ。また、あちら側に行っては困りますから」
「……あっ!」
思いだした。
「わたし、あちら側っていうか――世界の果てに行きました!」
「まさかそんな!」
エルフ校長は眼をみはり、信じられないといった顔をした。それからすぐ、ものすごく萎れてしまった。植物みたいだ。
あわてて弁明する。
「あのでも、ちゃんと戻れましたから」
「僕が呪文などを教えたばかりに……そんなことに……」
「いえ、校長先生のせいではないです。呪文とは関係なくて、ジェレンス先生の移動魔法のせいで」
「は?」
……あ。ジェレンス殺す、みたいな顔になった! まずい!
わたしは、さらにあわてて説明した。
「違うんです先生! 単にいつものように移動しただけで、わたしが気を失って――」
一連の事情を語って、漂泊者ルールディーユスの名前も出したところで、エルフ校長の怒りがやっとおさまった。
「そうですか……ルールディーユスが、ルルベルを見守ってくれていたのですね」
「あの、校長先生の叔父様は、こちらに戻って来なくていいのでしょうか?」
赤の他人であるわたしでさえ、引っかかっていたことだ。親族の意見や如何に、と訊いてみる。
エルフ校長は、思いのほか冷静に答えた。
「彼がどう生きるかは、彼が選択することです。選ぶのは我々ではありません。彼自身です」
「はい……」
「それを踏まえて、甥としての感想があるとすれば――叔父は、やりたいことをやって自由に生きたのだな、と。本人が戻りたいと願っているなら手助けをしますが、どうでしょうね。世界の果てに降る雨は森羅万象を写すでしょうから、みずからを知りたがりと称する彼にとって、そこは楽園なのではないでしょうか」
「楽園、ですか」
それでも、そのまま消えてしまうのは嫌だと感じたけど、それはわたしの感覚であって、ルールディーユス本人の意図するところとは違うのだろう……。
正直な感想が、どうしても言葉になって、こぼれてしまう。
「なんか、寂しいです。その……ひとりきりで、世界の果てで……誰にも知られずに消えていくなんて」
「ルルベルが知っているでしょう。今は僕も知っています」
「……はい」
気もちを切り替えなきゃ。
世界の果てにいるエルフは、望んでそこに行ったのだ。同情されても困るだろう。
「じゃあ、その話はここまでとして。聖属性植物、どうでしょう」
「巨人は防護柵を動かして追い立てているんですよね?」
「はい」
「植物は動かせませんから、やるのだとしたら、最終的な目的地を決めてからということになるのでは?」
核廃棄物の最終処分場みたいなものだという理解を踏まえて考えるに……容易には決まらないよね!
「……鉢植えにして運ぶのは、どうでしょう?」
「試したことがないのでわかりませんが、あまり勧められませんね。基本的に、聖属性の魔力は空間と相性がよいと考えてください」
「空間?」
「あるいは世界、でしょうか。植物の場合、大地に根を張ることも重要な要素のひとつですから、鉢植えとなると……かなり効果が落ちるのではないかと思います」
よくわからんけど、鉢植えだと効果半減といわれたら、まぁそうかもなという気はする。
「現実的なのは、まず避難所の周辺保護から手をつけることでしょうね」
「そうですね、わたしもそれは考えていたので……そちらを優先してもらえるよう、提案してもらいます。それと、校長先生は……来てくださいますか?」
「もちろんです。むしろ、僕が行かなくて誰がルルベルを監督すると?」
リートがすると思います……むっちゃ監督されてます……。
と思ったが、口にはしなかった。どのみち、呪文関係はエルフ校長にお願いするしかないしな!
「必要なら、こまかい折衝も僕がしましょう。トゥリアージェ伯とは顔見知りですからね」
「そうなんですか」
「ジェレンスが生徒として入学したとき、とても丁寧な挨拶をいただきましたよ」
丁寧な挨拶ってどんな? 訊きたい。でも訊けない。
しかし、わたしが質問するまでもなく、エルフ校長が教えてくれた。
「甥が羽目を外すようなら、ブチ殺してでも止めてください、けっして訴えることはしません――と、本人の前で申し出られまして」
想像よりひどかったー!
「えっと……ジェレンス先生がご健勝で、なによりです?」
「そうですね。何回か、この魔法使いを生かして自由にさせていいのかと悩むことはありましたが。まぁ、僕が判断することではありませんからね」
僕が判断することだったらヤッちゃってた、みたいに聞こえるんだけどぉー!?
「ジェレンス先生、大活躍なさってるみたいですよ。戦場で」
「当然でしょう。あれは戦場向きです。平時には扱いに困る力なのですから、今は役に立ってくれないと困ります」
副音声で「でないと、生かしておいた甲斐がない」って聞こえた気がするよね……。
エルフ校長のジェレンス先生評価、そんなだったのかー。
たしかにまぁ、当代一の強さといっても、その強い魔法をなにに使うのかって問題はあるのか。あんまり考えたことなかったけど、ジェレンス先生としても腕のふるいどころがなくて困ってたのかもしれない。
戦場でむっちゃヒャッハーしてるって、ウィブル先生もいってたしなぁ。
……。
まぁ! この状況を楽しんでるひともいるということは! プラスに考えよう!
心の中でこぶしを握りしめるわたしに、エルフ校長が尋ねた。
「出立前に、母に手紙を送っても? ルールディーユスの消息を知らせたいので」
「あっはい、もちろんです」
「では、少し待っていてください」
エルフ校長は隣室に消え、ここまで静かだったナヴァト忍者が感想を述べた。
「年長者からの評価は散々でも、ジェレンス先生がいてくれてよかった……ですよね」
「そうね。強いのはもちろんだけど、教師としても、ちゃんと有能なひとなんだし」
本人が教職を楽しんでいるかどうかは、また別の問題だろうけど。




