503 きゅうしょにあたった!
ウィブル先生は、その笑顔をすぐに引っ込めた。今度はキリッとした表情になる。
いや先生……髪撫でつけて羽毛ストール未装備でその顔されたら、マジで別人!
「そんなルルベルちゃんに、ひとつ訊きたいことがあるんだけど」
「なんでしょう?」
「魔王封印」
「……はい?」
「どうやるかについては、考えてる?」
わぁ。
きゅうしょにあたった!
「それは……まだ……」
「そろそろ考えておいた方がいいと思うのよね」
正論!
いやね、わたしだって思うのよ? わかってるの。考えておいた方がいいよね?
でもさ……なにをどう考えろっていうんだ!
「魔法はイメージだから。強いイメージをつくるには、自分の中に確信がほしいわ」
「……はい」
「早めにイメージを固定化したいところよねぇ。……魔王封印って、聖属性魔法使いがそのときどきで違うやりかたをするらしいでしょ。ってことは、固有魔法よ」
「こゆうまほう」
いや、どっちかというと「こゆーまほー」って感じ……どうでもいいな!
「固有魔法については、わかるわよね?」
「教科書に書いてある程度のことなら」
「定義としては、特定個人に属する魔法で余人には再現不可能。魔王封印は、どう考えてもコレよね」
定義は知ってるし、いわれてみればそうだなと思う。
漠然とした魔王封印に、固有魔法というラベルがついた……だけでも一歩前進と考えるべきなのか。どうなの? これ一歩進んでる? なにも進んでなくない?
「俺はいなくてよさそうだな。さっきの聖属性植物の件、シュルージュ様に具申しに行く」
あっ、ちょっと! 今こそリートのするどいツッコミが必要なんじゃないの?
「待って待って。いっしょに封印について考えてくれないの?」
「俺は共同作業には向いていない。同意や励ましが必要なら、ナヴァトにたのめ」
なるほど! ……いや、それだけじゃないんだ、それだけじゃ!
もう扉の前にいるリートに、あわてて呼びかける。
「待ってったら! 聖属性植物をどんどん育てるのって呪文を使うから、校長先生のサポートがあった方がいいかも! って話も持ってって」
「校長? 校長か……わかった」
リートは出て行った。早い。
「妬ましいんでしょ」
「……はい?」
「意外と、そういうとこ隠せてないのねぇ」
「なにがですか? 妬ましいって」
リートがわたしを妬む……ってこと? どこにそんな要素が。
「固有魔法よ。他人ができて、自分にできないことがあると、イラッとするのよ」
そ……そういう問題?
「それをいったら、生属性魔法以外の魔法がぜんぶそうじゃないですか?」
わたしなんか、皆がたしなんでる属性魔法、ぜんぶ無理だぞ。
「そうよぉ。でも理屈じゃないのよね……アタシもわからなくもないし。魔法使いって、こう……全能感? みたいなものを持てるのも、素質のひとつだから」
「全能感ですか……」
なんでもできるぜヒャッハー! みたいな気もち?
……わたしの苦手分野だ。
「そ。だから、無理ってものを見せつけられたとき、なにくそ負けるもんかって気もちを奮い立たせることができるか、って。そこが、強くなれるかの境界なんじゃないかって思う」
「なるほど……たしかに、リートは負けず嫌いな感じありますね」
「そういうこと。強い魔法使いって、結局そうなのよ。負けず嫌い」
納得感しかないな。
すると、わたしは必然的に、弱い魔法使い……。
「でもねぇ……聖属性ってちょっと違うんじゃないかと思うのよね」
「えっ? どこがですか」
「基本、皆で仲良くって感じなのよね」
……まぁ。わたしはそうだな。
リートにいわせると、嫌われたくない、ってことになるんだろうけど。パン屋の看板娘として顧客を逃さないために身についた性質だ……みたいなこと、前にいわれた気がする!
「それは、聖属性っていうより、わたしがそういう感じということでしょうか」
「現状、ルルベルちゃんしかいないんだから、聖属性とルルベルちゃんはイコールで結んでよくない? まぁ、歴代聖属性魔法使いで記録があるぶんは調べたんだけど、競うのがそんなに好きじゃないって印象なのよ」
えっ。ウィブル先生、そんなこと調べてたの。
というより、わたし! 調べてないな、当事者なのに!
「えっと、それは聖属性が戦闘向きではないから、とか。魔王と眷属特効ではあっても、ほかは向いてないですよね」
「それはあるかもね。でも逆もあるかもしれないと思うの」
「逆、ですか?」
「ええ。なんでも張り合って戦っちゃうタイプじゃないからこそ、聖属性魔法が使えるっていう」
わかるような、わからんような。
「張り合わないひとって、それなりにいると思いますよ。魔法使い界隈では、少ないかもしれませんけど」
「アタシが見る限り、そういうのって諦めてるタイプが多いのよね。張り合ってもどうせ勝てないから、はじめから負けに行っちゃう。ルルベルちゃんは、なんか違うのよねぇ……」
わたしは首をかしげた。まったくピンと来ない。
「そうなんでしょうか。でも、わたしが聖属性の使い手として選ばれる理由にはならないというか、割合としては少なくてもたくさんいそうというか……」
「そこは今はどうでもいいのよ。アタシがちょっと重要だなと思ってるのは、戦う魔法じゃないってこと」
「戦う魔法じゃない? ああ、封印ですものね」
「そう。小説でも演劇でも、『悪者を倒してめでたしめでたし』みたいな筋書きって多いじゃない? でも、聖属性魔法使いは魔王を倒さないの。封印だけするのよ」
いわれてみれば、そうではあるな。
「それは、魔王には実力でかなわないから……とか、そういうことでは?」
「うん、それもあるかもしれない。だからこそ、戦わないけど折れない強さが必要なのよ」
「戦わないけど折れない……」
「負ける、無理だ、で終わっちゃったら封印できないじゃない。聖属性魔法の封印って、勝ち負けで自分が上だと思い知らせるんじゃなく、あなたは強いですね、でも世界が困るのでちょっと眠ってくださいね――って感じしない?」
これがジェレンスだったらどうよ? と、ウィブル先生は語尾を上げた。
どうよ、って……そりゃ俺様最強ヒャッハーで乗り込んで、魔王を粉微塵に……。
「ジェレンス先生は、ちょっと強過ぎでは」
「じゃあリートで考えたらどう?」
そりゃ策略を巡らせて、使えるものはなんでも使い、なんなら自分は安全なところから、こう……殲滅。
「腹黒そうです」
ブフッ、と変な音がしたのは、ナヴァト忍者が堪えきれずに吹き出した音だ。
ウィブル先生もツボに入ったらしく、変な呼吸音を交えて笑いながら、苦しげにいった。
「そう……そうね、フフッ、そうね! そう! とにかく、丁重におやすみなさいの流れには、ならないでしょ?」
「利害が一致すれば、表向きはそうするかもですけど……二度と目覚めない方がいいだろうって、騙し討ちにして沈めそうです」
しばらく、ナヴァト忍者とウィブル先生の呼吸が困難になった。
評価した本人であるわたしは、そこまで面白くはない。リートって、そういうやつじゃん!
笑いがおさまってから、ウィブル先生は話を戻した。
「ごめんなさい、ちょっと例が特殊だったわね。ただね、例に誰を置いても、可能なら倒しに行っちゃうのよ。アタシだって、ナヴァトだって同じ。だけど、ルルベルちゃんは違うと思うわ」
「……まぁ、そうかもしれません」
魔王って倒せないシステムなのでは、とか考えちゃうくらいだからな。
「それこそが、固有魔法の鍵になると思うわ」
「つまり、封印魔法の?」
「そう。歴代の聖属性魔法使いは、それぞれの『戦わない理由』で封印したんだと思う。ルルベルちゃんにも、それがあると思うのよ」
戦わない理由――つまり、システムだから倒せないって考えを、突き詰めていく感じかぁ。
「……考えてみます」
「できれば手も動かして。呪符、いくらあってもたりないんだから」
ウィブル先生って、本質的に容赦ないよな!




