501 縁起悪くはなさそうじゃない?
はっと気づくと、わたしは出陣式に戻っていた。
両手を組み合わせて、変なキーワードを唱え切った直後である。
いやこのギャップ! さっきまで謎空間で座っていたので、身体のバランスが……!
「……どうかした?」
まず耳元で聞こえたのは、ハーペンス師の声だ。
次いで、リートの生属性魔法インカムに着信アリ。
『緊張しておかしくなったか? あと少しこらえれば退場だが、倒れるくらいならこちらでなんとかするぞ』
なんとかするっていうんだから、なんとかするんだろうが……リートのやることだから不安は尽きない。信頼してるけど、デリカシー面には不安しかないからな!
どちらにも肉声で応答するわけにはいかないので、まずにっこりしてハーペンス師を安心させ、リートには事前に決めておいたハンドサインを送る――問題ない、は左手をグーパーするだけだ。
そのまま、わたしはまた両手を胸の前で組み直した。
「どうか、皆が無事に帰って来ることができますように」
キーワードのことは後回し、今は自分にできることをする。
今できるのって、祈ることくらいで――それに実効性があるとは思わないけど。
思わないけど、形がだいじだって知ってる。聖属性の魔力玉は、光ったり色がついたりした方が盛り上がるんだ。だったら、聖女の祈りだって、見たひとが勝手に受け止めてくれるだろう。
だからわたしは、心から祈った。演技ができるほど器用じゃないし、ただ本心から。
「たいせつなものを、守りきれますように」
故郷とか。家族とか。そして、自分自身の命とか。
そういったものを、失わずに済めばいい。そうであってほしい。そうであれ!
犠牲がなければ願いは叶わないなんて、誰が決めた。犠牲なんて、ない方がいいんだ。だから図々しくても、わたしは祈る。
「すみやかに、魔王の封印が叶いますように」
……ま、封印するのはわたしだけどな!
でも、転生コーディネイターが思いださせてくれた。わたしにしかできないことだけど、ひとりでできることじゃない。皆で、力をあわせるんだ。
今までだって、そうだったように。
助けてもらいながら、できることをする。できないことだって、なんとかできるようにする。それも、きっと皆が助けてくれる。そうだ。
わたしが祈っているあいだに出陣式は終わり、親衛隊がササッと左右を固めて退場させてくれた。
後ろから、聖女護衛隊もぞろぞろついてくる――その中にファビウス先輩もいるはずだけど、ふり向いて探すのはもちろん、声をかけるわけにもいかないなぁ。あの演出に、感謝の気もちを伝えたいのに。
……つっら!
「聖女様は、ひとまずお部屋に戻られる。あとのことは、手はず通りに」
リートが偉そうに指図しているが、偉そうっていうかまぁ……護衛隊は親衛隊の下部組織という扱いになったらしいので、実際、偉いのだ。
しかし、こんな若造の命令によく従ってくれるよね……。リートって無駄に自信満々で、やることに迷いがないから、上司っぽさはあるけど……でも見た目はわたしと同い年よ? 実年齢は違うらしいが。
「新人の隊員には話があるので、中へ」
という感じで聖女に割り当てられた部屋に引きこもったところで、ぷはーっ、と息を吐いた。
「ルルベルちゃん、さっきのアレってナニ?」
いっしょに入って来た新人隊員は、誰あろう――ウィブル先生である。さすがに羽毛ストールは装備していないし、髪も撫でつけてるので、フツーの男性っぽい。
男装(?)してるときのウィブル先生って、妙にかっこいいよな……美形なんだから当然だけども。
「ああ、アレですか……」
「お祈りの前に、ごにょごにょいってたやつ」
「昔見た、芸人さんの話の一部……ですかね」
「芸人?」
「面白いフレーズを何回もくり返すので、もう何年も見てなかったんだけど、覚えちゃって」
嘘はついてない。
寿限無なんて、リピートで笑わせるネタだからな!
「それをなんで、今?」
「縁起が良いってネタだったんで、ふと思いだして。意味はないんです」
元気ですかーっ! に縁起の良さがあるかは不明だけど……縁起悪くはなさそうじゃない? それこそ、元気が出るっていうかさ……。
「そうなんだ? まぁ……評判は良さそうだったけど」
「評判?」
「聖女様が呪文を学んでらっしゃるっていうのは、一部では有名みたいだからねぇ。わけのわからない部分は、祝福の呪文だと思われてるみたいよ。……ま、思わせたんだけど」
「思わせた……」
疲れたー、とつぶやいて椅子に腰を下ろしたウィブル先生から、リートに視線を移す。
「君の意味不明な行動を放置するわけにはいかなかったからな。ウィブル先生に協力してもらって、祝福の呪文らしいというささやきを流した」
あっさりゲロった! 突発的な事態にも、この対応力! リート優秀〜。これでデリカシーさえあれば、完璧超人でモテモテだろうになぁ。
情緒面は、串焼き肉を譲ってくれたら初恋っていうレベル……。残念さがすごい。
「つづく文言は祝福の言葉だったから、そう取り繕うのがよかろうと判断したまでだ」
「うん、好判断。ありがとう」
「これが仕事だからな。それに、そう信じたい者が大多数だから、誘導も容易だ」
そう信じたい、かぁ……。
聖女の祝福、なんてものがほんとに効果あればいいのにな。そしたら、端から祝福してまわるわ!
「第一隊はもう出発? わたし、見送らなくていいのかな」
「君には呪符作成という仕事があるからな」
「あー……」
昨日は魔力玉の仕上げに魔力を使っちゃったので、念のため、呪符作りは休んだのだ。
イベントを盛り上げる意味でも、トップ魔法使いに預けるならどっちが効果的かって面でも、呪符より魔力玉だろって結論が出たのでね……。
でも、呪符も必要なのは事実。応用力の鬼でもなんでもない、一般人にでも扱えるから。
「誰でも扱える呪符の需要は高いわよねぇ。魔王の復活が近いせいか、大気中の魔力が高濃度になってるもの。輪を閉じるとき、魔力を流す必要さえないのは助かるけど……これ、魔力慣れしてないと逆に倒れちゃいそう」
「そうなんですか?」
「そうよ。平民の兵士は微弱な魔力しか持ってない場合が多いから――微弱ってつまり、魔力判定で装置が反応しない程度ってことね。魔法が使えないくらい、と考えていいわ。で、魔法使いだらけの環境で慣れてるとかなら別だけど、魔法を使わない界隈で暮らしてる人間が、急に高濃度の魔力に晒されるのは危険なのよ」
知らんかった。
ふだんなら必要ない知識だからなぁ。
「それ、注意しなくていいんですか?」
「呪符は配ってあるそうよ。簡易的な魔力防護の呪符。これ、眷属が魔法を撃って来たときにも少しは守ってくれるからね。まぁ、気休め程度だけど、ないよりマシよ」
というわけで、アタシも呪符を描きに来たの――と、ウィブル先生はつづけた。
「大気中の魔力を吸い取って、身体強化に回す呪符。これは、生属性魔法使いが少し魔力を込めてあると、効きが違うから」
「そんな呪符があるんですか?」
「あるのよー。ファビウスが先行研究を発見して、実用できる構成に落とし込んでくれたの。魔王戦があるなら必要だろうって気がついたらしくてね。あの子、ほんとに頭が回るわよねー」
ウィブル先生にも褒められるファビウス先輩! 胸熱!
「じゃ、作業しますか!」
「ここで大丈夫ですか?」
「ここが邪魔が入らなくていいのよ。アタシが魔法学園の教員だって話は通してあるし、ルルベルの体調を維持するために来たってことになってるから。多少は特例が認められるの。まだ通ってないけど、臨時で親衛隊所属にしてもらうって話もあってね……まぁ、このへんはルルベルちゃんは気にしなくていいわよ。なんとかするから」
なるほど、政治的な折衝があるんだな。察し!
「ありがとうございます。じゃあ、わたしも聖属性の呪符を描きますね」
「そうね。少しでもつらくなったら教えてね、すぐ治せるから」
という感じで、呪符作成作業開始である。
この間、リートが一回外に出て、聖女護衛隊とともにシュルージュ様のところ……というか、本陣? つまり、作戦本部? みたいなところに行って、情報整合をやってた。
「そういう作戦会議みたいなやつも、出なくていいの? 聖女として」
「あれこそ君が嫌になる事案が山盛りだからな。出なくていい。やる気を失われるのが、もっとも困る」
……そうですか。
「純粋にこう、戦術とか戦略とか? そういうんじゃないんだ」
「もちろんそれもあるが、誰がどの部分を担当するかで揉めるんだ。おもに国益や個人の名誉の問題でな。君が避けたい場面だろう」
「……否定できないね」
「おとなしく呪符を描いてろ。それがいちばん貢献できる」
というわけで、第一陣が出撃した初日、聖女の仕事は地味な呪符描き作業だった……。
先々週の土日に勢いで書き上げた3万字少々のお話を、公開しています。
平民出で出世願望がある若者が、最強魔術師の護衛騎士をやる話です。
主人公は「人の心があるリート」が世話好きになった感じというか……って書いてみて思ったんですけど、それもう全然リートじゃないですね。
よかったら、読んでみてくださいませ。
『嘘つき魔術師の、まことの言葉』
https://ncode.syosetu.com/n4998ko/




