表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
501/523

501 縁起悪くはなさそうじゃない?

 はっと気づくと、わたしは出陣式に戻っていた。

 両手を組み合わせて、変なキーワードを唱え切った直後である。

 いやこのギャップ! さっきまで謎空間で座っていたので、身体のバランスが……!


「……どうかした?」


 まず耳元で聞こえたのは、ハーペンス師の声だ。

 次いで、リートの生属性魔法インカムに着信アリ。


『緊張しておかしくなったか? あと少しこらえれば退場だが、倒れるくらいならこちらでなんとかするぞ』


 なんとかするっていうんだから、なんとかするんだろうが……リートのやることだから不安は尽きない。信頼してるけど、デリカシー面には不安しかないからな!

 どちらにも肉声で応答するわけにはいかないので、まずにっこりしてハーペンス師を安心させ、リートには事前に決めておいたハンドサインを送る――問題ない、は左手をグーパーするだけだ。

 そのまま、わたしはまた両手を胸の前で組み直した。


「どうか、皆が無事に帰って来ることができますように」


 キーワードのことは後回し、今は自分にできることをする。

 今できるのって、祈ることくらいで――それに実効性があるとは思わないけど。

 思わないけど、形がだいじだって知ってる。聖属性の魔力玉は、光ったり色がついたりした方が盛り上がるんだ。だったら、聖女の祈りだって、見たひとが勝手に受け止めてくれるだろう。

 だからわたしは、心から祈った。演技ができるほど器用じゃないし、ただ本心から。


「たいせつなものを、守りきれますように」


 故郷とか。家族とか。そして、自分自身の命とか。

 そういったものを、失わずに済めばいい。そうであってほしい。そうであれ!

 犠牲がなければ願いは叶わないなんて、誰が決めた。犠牲なんて、ない方がいいんだ。だから図々しくても、わたしは祈る。


「すみやかに、魔王の封印が叶いますように」


 ……ま、封印するのはわたしだけどな!

 でも、転生コーディネイターが思いださせてくれた。わたしにしかできないことだけど、ひとりでできることじゃない。皆で、力をあわせるんだ。

 今までだって、そうだったように。

 助けてもらいながら、できることをする。できないことだって、なんとかできるようにする。それも、きっと皆が助けてくれる。そうだ。


 わたしが祈っているあいだに出陣式は終わり、親衛隊がササッと左右を固めて退場させてくれた。

 後ろから、聖女護衛隊もぞろぞろついてくる――その中にファビウス先輩もいるはずだけど、ふり向いて探すのはもちろん、声をかけるわけにもいかないなぁ。あの演出に、感謝の気もちを伝えたいのに。

 ……つっら!


「聖女様は、ひとまずお部屋に戻られる。あとのことは、手はず通りに」


 リートが偉そうに指図しているが、偉そうっていうかまぁ……護衛隊は親衛隊の下部組織という扱いになったらしいので、実際、偉いのだ。

 しかし、こんな若造の命令によく従ってくれるよね……。リートって無駄に自信満々で、やることに迷いがないから、上司っぽさはあるけど……でも見た目はわたしと同い年よ? 実年齢は違うらしいが。


「新人の隊員には話があるので、中へ」


 という感じで聖女に割り当てられた部屋に引きこもったところで、ぷはーっ、と息を吐いた。


「ルルベルちゃん、さっきのアレってナニ?」


 いっしょに入って来た新人隊員は、誰あろう――ウィブル先生である。さすがに羽毛ストールは装備していないし、髪も撫でつけてるので、フツーの男性っぽい。

 男装(?)してるときのウィブル先生って、妙にかっこいいよな……美形なんだから当然だけども。


「ああ、アレですか……」

「お祈りの前に、ごにょごにょいってたやつ」

「昔見た、芸人さんの話の一部……ですかね」

「芸人?」

「面白いフレーズを何回もくり返すので、もう何年も見てなかったんだけど、覚えちゃって」


 嘘はついてない。

 寿限無じゅげむなんて、リピートで笑わせるネタだからな!


「それをなんで、今?」

「縁起が良いってネタだったんで、ふと思いだして。意味はないんです」


 元気ですかーっ! に縁起の良さがあるかは不明だけど……縁起悪くはなさそうじゃない? それこそ、元気が出るっていうかさ……。


「そうなんだ? まぁ……評判は良さそうだったけど」

「評判?」

「聖女様が呪文を学んでらっしゃるっていうのは、一部では有名みたいだからねぇ。わけのわからない部分は、祝福の呪文だと思われてるみたいよ。……ま、思わせたんだけど」

「思わせた……」


 疲れたー、とつぶやいて椅子に腰を下ろしたウィブル先生から、リートに視線を移す。


「君の意味不明な行動を放置するわけにはいかなかったからな。ウィブル先生に協力してもらって、祝福の呪文らしいというささやきを流した」


 あっさりゲロった! 突発的な事態にも、この対応力! リート優秀〜。これでデリカシーさえあれば、完璧超人でモテモテだろうになぁ。

 情緒面は、串焼き肉を譲ってくれたら初恋っていうレベル……。残念さがすごい。


「つづく文言は祝福の言葉だったから、そう取り繕うのがよかろうと判断したまでだ」

「うん、好判断。ありがとう」

「これが仕事だからな。それに、そう信じたい者が大多数だから、誘導も容易だ」


 そう信じたい、かぁ……。

 聖女の祝福、なんてものがほんとに効果あればいいのにな。そしたら、端から祝福してまわるわ!


「第一隊はもう出発? わたし、見送らなくていいのかな」

「君には呪符作成という仕事があるからな」

「あー……」


 昨日は魔力玉の仕上げに魔力を使っちゃったので、念のため、呪符作りは休んだのだ。

 イベントを盛り上げる意味でも、トップ魔法使いに預けるならどっちが効果的かって面でも、呪符より魔力玉だろって結論が出たのでね……。

 でも、呪符も必要なのは事実。応用力の鬼でもなんでもない、一般人にでも扱えるから。


「誰でも扱える呪符の需要は高いわよねぇ。魔王の復活が近いせいか、大気中の魔力が高濃度になってるもの。輪を閉じるとき、魔力を流す必要さえないのは助かるけど……これ、魔力慣れしてないと逆に倒れちゃいそう」

「そうなんですか?」

「そうよ。平民の兵士は微弱な魔力しか持ってない場合が多いから――微弱ってつまり、魔力判定で装置が反応しない程度ってことね。魔法が使えないくらい、と考えていいわ。で、魔法使いだらけの環境で慣れてるとかなら別だけど、魔法を使わない界隈で暮らしてる人間が、急に高濃度の魔力に晒されるのは危険なのよ」


 知らんかった。

 ふだんなら必要ない知識だからなぁ。


「それ、注意しなくていいんですか?」

「呪符は配ってあるそうよ。簡易的な魔力防護の呪符。これ、眷属が魔法を撃って来たときにも少しは守ってくれるからね。まぁ、気休め程度だけど、ないよりマシよ」


 というわけで、アタシも呪符を描きに来たの――と、ウィブル先生はつづけた。


「大気中の魔力を吸い取って、身体強化に回す呪符。これは、生属性魔法使いが少し魔力を込めてあると、効きが違うから」

「そんな呪符があるんですか?」

「あるのよー。ファビウスが先行研究を発見して、実用できる構成に落とし込んでくれたの。魔王戦があるなら必要だろうって気がついたらしくてね。あの子、ほんとに頭が回るわよねー」


 ウィブル先生にも褒められるファビウス先輩! 胸熱!


「じゃ、作業しますか!」

「ここで大丈夫ですか?」

「ここが邪魔が入らなくていいのよ。アタシが魔法学園の教員だって話は通してあるし、ルルベルの体調を維持するために来たってことになってるから。多少は特例が認められるの。まだ通ってないけど、臨時で親衛隊所属にしてもらうって話もあってね……まぁ、このへんはルルベルちゃんは気にしなくていいわよ。なんとかするから」


 なるほど、政治的な折衝があるんだな。察し!


「ありがとうございます。じゃあ、わたしも聖属性の呪符を描きますね」

「そうね。少しでもつらくなったら教えてね、すぐ治せるから」


 という感じで、呪符作成作業開始である。

 この間、リートが一回外に出て、聖女護衛隊とともにシュルージュ様のところ……というか、本陣? つまり、作戦本部? みたいなところに行って、情報整合をやってた。


「そういう作戦会議みたいなやつも、出なくていいの? 聖女として」

「あれこそ君が嫌になる事案が山盛りだからな。出なくていい。やる気を失われるのが、もっとも困る」


 ……そうですか。


「純粋にこう、戦術とか戦略とか? そういうんじゃないんだ」

「もちろんそれもあるが、誰がどの部分を担当するかで揉めるんだ。おもに国益や個人の名誉の問題でな。君が避けたい場面だろう」

「……否定できないね」

「おとなしく呪符を描いてろ。それがいちばん貢献できる」


 というわけで、第一陣が出撃した初日、聖女の仕事は地味な呪符描き作業だった……。


先々週の土日に勢いで書き上げた3万字少々のお話を、公開しています。

平民出で出世願望がある若者が、最強魔術師の護衛騎士をやる話です。

主人公は「人の心があるリート」が世話好きになった感じというか……って書いてみて思ったんですけど、それもう全然リートじゃないですね。


よかったら、読んでみてくださいませ。


『嘘つき魔術師の、まことの言葉』

https://ncode.syosetu.com/n4998ko/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SNSで先行連載中です
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ