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500 良い人生でしたとご報告にあがりたいですね

 転生コーディネイターがいる謎空間は、相変わらずだった。

 といっても、前のことをそんなに覚えてるわけじゃないけどね……あれから、いろいろあったから。


「お座りになりますか?」


 やわらかな声で勧められた椅子は、床からニュッと生えてきたものだ。シュッとしたデザインで、未来感がある……今生きてる世界には存在しなさそうな雰囲気というか?

 まぁ、素材からして謎なんだけども。


「ありがとうございます」


 腰掛けると、転生コーディネイターも向かいに座った――つまり、そこにも椅子が生えたのだ。ついでに、テーブルも生えた。そのまま花瓶も生えてきて、花も生えた。可憐な感じの白い花だ。


「癒しがあった方がよろしいかと思いまして」

「はい……」


 わたしは花を見た。なんとなくだけど、前にエルフ校長と作成してしまったお花畑の花に似てる気がした。

 転生コーディネイターは、なめらかに話を継いでいく。


「ずいぶん長いキーワードを設定なさいましたが、うまく再現できたようでなによりです」


 それに関しては、わたしにも不安があった。

 日常でうっかり口にしないように、でも必要なときは思いだせるようにと前世ワードで固めてみたところ、思いのほか長くなってしまったのである。

 が、まぁ実際、フルでいえたから! ヨシ!


「そうですね。うまくいって、ほっとしました」

「なによりです。お茶でもお出ししましょうか? あるいはお菓子も?」


 望んだらまたテーブルから生えてくるんだろうか。さすがに、生えてきたものを飲んだり食べたりするのは……ちょっと抵抗がある。


「いえ、どうかお気遣いなく」

「必要なら、いつでもおっしゃってくださいね」

「あの……」

「はい?」

「なんで来たのかとか、訊かないんですか?」

「訊いてほしい、という意味でしょうか」


 そうなんだろうか?

 わたしは視線を上げた。転生コーディネイターは顔の上半分を覆う仮面を着けているから、なんていうか――目が合わない。あの〜、目のところに穴が開いてないんだよね。ほんとに覆ってるの。


「その仮面越しだと、なにも見えなくないですか?」

「あっさりしたご説明をお望みでしたら、回答は『見えます』となります。わたしの身体はあくまで、会話をしやすくするための便宜上の姿でしかありませんので、人間だった場合に身体の各器官が果たす役割をそのまま割り当てていたりはしません」


 なるほど……。そもそも、ここ自体が概念的空間だからな。


「あれ、じゃあわたしも目を閉じても見えたりします?」

「原理的には可能ですが、身体的な認識というのは大きなものですから、体得するのは困難かと存じます」


 なるほど納得。


「まぁ……そんな話がしたいわけじゃなくて」

「はい」


 なんか緊張するというか、我ながらダメダメな感じがあるけども。


「……ちょっと、訊いてみてもらえますか?」


 なにを、とは転生コーディネイターは確認しなかった。その必要もないのだろう。


「なぜ、こちらにいらしたのですか?」

「わかりません……」


 ほんとに衝動だったのだ。

 衝動だけで長いキーワードを唱えた自分を、褒めるべきかはわからない。噛まなかったのはともかく、衝動で唱えたこと自体は、あんまり褒められたものではない気がする。


「では、わかるまでご滞在くださればよろしいかと。あちらでは時間は進みませんし、なんの問題も生じません」


 わたしは黙って、また視線を下げた。

 花瓶の白い花を見る以外、やることがない……あとは、考えるくらいしか。


 なんでここにいるんだろう。

 現実が嫌になったからだ――そうか、これは現実逃避か。

 すごいな、現実が嫌になったら逃げられる場所があるなんて。便利だな。……あと一回しか使えないけども。


「失敗、できないって……」

「はい」


 自分の声がふるえてるのが、わかった。なんて情けないんだろう。

 わたしは、いい直した。もう少し、強い口調で。


「失敗できないと実感して、それで怖くなってしまったんです」

「そうなんですね」

「だって、わたしが失敗したら……世界は滅茶苦茶になっちゃうんですよ?」

「そう決まっているのでしょうか」

「魔王が封印されなかった大暗黒期というのがあって……人類の文明も後退したといわれてるくらいで。また、そんな時代が来るのかと思うと――」


 しかも、そのきっかけになるのが、自分の失敗かと思うと。


「――怖くて」


 笑っちゃうくらい、情けない声が出た。

 これがわたしの本性なんだ。

 頑張ると口ではいうけど。実際、それなりに頑張ってはいたつもりだけど。

 でも、世界を背負う覚悟はできてなかった。無理だった。無理だから、ここに逃げた。


「逃げたって、なんの解決もしないのに」

「そうでしょうか」


 やわらかく返されて、わたしはまた転生コーディネイターに視線を戻した。見たって、なにもわからないんだけど。


「そうでしょうか、って。そうに決まってるでしょう? だって、わたしがここにいることに、意味ってあります? ただ逃げてるだけですよ! そうでしょう?」


 わたしが叫んでも、転生コーディネイターは落ち着いてこう返した。


「逃げることにも、意味はありますよ」

「意味? どんな意味が?」

「そうですね――言語化するならば、自分で自分を救う、といったところでしょうか?」


 自分で自分を……救う?


「逃げることで、ですか?」

「はい。生き延びるための戦術のひとつでしょう。耐えきれない場面で踏ん張って、なにが起きますか? 耐えきれないのですから、耐えられません。逃げるのは、過剰な重荷を下ろすためといってもいいでしょう。ヒトの身体では支え得ない加重を受け止めれば、人体は壊れてしまいます」

「でも――」

「心だって、同じですよ」


 耐えきれないストレスを受け止めたら、壊れてしまいます。そうではありませんか? ――と、転生コーディネイターはわたしに尋ねた。

 そりゃあ……。


「そうかも、しれませんけど」

「はい。そうかもしれないのです。ですから、壊れる前にまず逃れるのは、間違った対処法ではありません」


 壊れる前に。

 口をつぐんだわたしに、転生コーディネイターはやさしく告げた。


「あなたがたと同じように生きているわけではないわたしが申し上げても、説得力に欠けるかもしれません。ですが、生きるとは、戦うことでもあると思います。疲れて当然でしょう。それに――」


 少し間を置いて、つづける。


「――真正面からぶつかるだけが、戦いではありませんよ」


 それはそう。

 それはそうだけど、卑怯な自分を正当化してるようで嫌だなとチラッと思う。


「逃げて、力をたくわえて、あらためて対処する。どこか間違っているでしょうか? それに、あなたはすべてをひとりで背負う必要はないのでは?」


 これには反論せざるを得ない。


「でも、聖属性でしか魔王を封印できないんですよ?」

「はい」

「わたしが頑張らないと。ちゃんとしないと、世界が……」

「あなただけ?」


 なにを当然のことを、と思った。


「聖属性魔法使いは、わたしひとりです。そういう仕組みなんです」

「ええ。ですが、戦うのはあなたひとりですか? 世界を守るために、たったひとりを犠牲にするシステムなのですか?」

「魔王を封印できるのは、わたしだけです」

「あなたを魔王のもとへ連れて行く者がいるのではないですか? 眷属を打ち払い、魔王の軍勢をしりぞける者は? かれらだとて、失敗することはできないのですよ」


 胸が苦しくなった。

 そうだ、皆が頑張ってくれるというのに、わたしだけこんなところに逃げ込んで――すぐ戻らなきゃ。


「そうではありません。よく考えて。あなたを支えてくれるひとが、重荷を分かち合ってくれるひとが、どこかに逃げるならともに行こうといってくれるひとが、いるのではないですか?」


 心が揺れた。

 ……そうだった。なんで気づかなかったんだろう、たくさんのひとが支えてくれていることに。

 先生たちも、いつだって力を貸してくれた。ストレス解消装置も使うようにいわれてた。親衛隊のふたりは――リートのデリカシーに関してはともかく――いうまでもない。

 ファビウス先輩だって……逃げ出したいならどこへだって、と誓ってくれたはずだ。そして今も、魔力玉を極彩色に染めることで力を貸してくれている……。


「わたし、戻ります」

「元気は出ましたか?」

「はい。次は……死ぬ直前くらいに、良い人生でしたとご報告にあがりたいですね」


 転生コーディネイターのくちもとが、楽しげに弧を描いた。


「いいですね。楽しみにしております」


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