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5 わたしを待ち受ける危機について考察を深めよう

 三方を囲めても、背中は無防備であった……なんだか嫌な予感がしたものの、わたしは一応、肩越しに様子を伺った。

 前にも書いたように、この教室はすり鉢状の構造だ。つまり、後ろの席は、わたしより高い位置にある。背中をどつくのも簡単ではないのだ。それよりなにより、座ったときに確認したのだが――わたしの後ろは空席なのである。ほら、やっぱり。

 前に向き直ったところへまた、背中にヒット!

 少なくとも自分より上の方に座っている誰かがやっているのだろうが、これも平民いじめなのだろうか。さっき、激やば教師が平民平民いってたから、自己紹介タイムがなくてもわたしが平民であることは教室内に知れ渡っているはず。

 ため息をついて、わたしは気もちを切り替えた。背中のことは、気にしない。誰かのいたずらだろうし、現状、もっと優先すべき問題がある。

 誰が攻略キャラ扱いになるのかを、割り出さねば! 具体的には、いじめっ子かもしれない悪役令嬢の婚約相手を特定する必要がある。いや、それでは手ぬるい。イケメン全員の婚約者の有無を割り出すべきだ。備えあれば憂いなし!


「いいか、魔法ってのは急にひょいっと出てくるもんじゃねぇんだぞ。おまえが、いいこと思いつきましたー、みたいな間抜け面さらして恥ずかしくねぇのか。おまえ、子爵家の長男だろ?」


 教師が説諭している。子爵家の長男相手に、間抜け面などといっている……やはり、身分差別をしているわけではなく、誰でもなんでも否定するだけ病に罹患している可能性が濃厚だ。まぁ今はどうでもいい。

 本を積んでも無駄だとわかったので、わたしは囲いの一方を崩してページを開いた。そうしておかないと、勉強していないと見做されて厄介なことになる可能性があるからだ。小知恵をはたらかせろ! この学級を生き延びるんだ!


「すべては歴史だ。積み重ねだ。途中を抜かして最後だけ見て、わかったような気になるな。そういうやつは、原理を知らずに上っ面だけで魔法を使って、痛い目に遭う。それだけなら自由にすりゃいいが、被害が拡大すれば、自分ひとりの話じゃおさまらない」


 教師が教師らしいことを喋っているのを聞き流し、背中に当たった三回めのヒットを無視して、わたしはノートに書き込んだ。


ウフィネージュ王女殿下(最高学年)(たぶん攻略対象外)


 善良な臣民として、肖像画を見たことがあるのみならず、もちろん王女殿下のお名前は存じ上げている。そりゃね……誰でも知ってるよ。学園に在学中でいらっしゃるかどうかは、はっきりとは知らなかったけども。パン屋って忙しいの! 王族の皆様なんか、お元気ならそれでいいくらいの感覚なの! キレそうよ!

 ……いやいや、キレてどうする。王女殿下は、わたしを馬車に乗せてくれた上、校長室への案内まで手配してくれた恩人だ。ご本人が、学年が違うから絡みは少ないだろうとおっしゃっていたし、通りすがりに親切にしてくださっただけ……で済むと思いたい。


王女殿下の侍従(名前不詳)(?)


 一応リストに入れておくけど、乙女ゲームの攻略対象として「王女の侍従」ってアリ? ナシじゃないかな……でも、意外と血筋がいいとか、実は貴族とか……いやでも貴族が箱馬車の外に掴まり立ちで乗ってたりします? しないんじゃない? したとして、乙女ゲームの攻略対象にはならないんじゃない?


ローデンス王子殿下(たぶん同学年)(たぶん攻略対象)


 まだお会いしてない王子殿下とは、このままお会いせずに済ませたい。乙女ゲーム的には、間違いなく攻略対象だろうからだ。お姉様であらせられる王女殿下があれほどイッケイケのお顔立ちだったということは、王子殿下も肖像より本物の方がピカピカキラキラしている可能性は高い。目が……目がぁっ! とならないためにも、回避できる限り回避しよう。

 というか、殿下はこの教室内にいらっしゃる可能性がある……考えたくない。自己紹介のターンがなくてよかった! 感謝するのは癪に触るが、激やば教師のおかげである。


ダレンシア校長先生(かなり年上)(微妙に攻略対象?)


 ダレンシアはたぶん苗字。善良な王国臣民なら誰でも知っていることだけど、ダレンシアって公爵家の苗字だよね……。

 年齢層からして、乙女ゲームの攻略対象にするには無理がある気もするけど、イケオジにも需要があることを、ルルベル・ヴァージョン2αは知っている。なので、油断はできないと思う。


ジェレンス先生(年上)(たぶん攻略対象)


 激やば教師。担任だし、見た感じ若いし、毒舌からの溺愛とか、いかにもありそうなタイプなので攻略対象の可能性が高い。でも攻略したくない。だってわたし、根に持つ方ですので! たしかにやっばやばのイケメンではあるけど、単にイケメンなだけならあっちにもこっちにもごろごろ転がっているのだ。いや、転がってはいない。立ったり座ったり歩いたりしているのだ。性格の悪いイケメンに用はない。

 でも、嫌われるのも困る。教師だし。


 書き出したリストを眺めて、その貧弱さにがっかりする。

 テンプレート知識から察するに、騎士団長子息とか、宰相子息とか、なんかそういうのもいるだろう。つまり、筋力勝負の人材と、頭脳勝負の人材である。前者が熱血、後者がツンデレである可能性が高い……いや、誰か女たらしキャラも必要かも。

 でも、王家の皆様のお名前とご年齢は把握しているとして、さすがに騎士団長子息とか宰相子息とか、それ以外とかは無理だ。わたしは下町のパン屋の娘なのだ。王族のかたがたは、肖像画も見たことあるし、なんなら複製画も家に飾ってあるし、お誕生日にかこつけて特別なパンを焼いて売り上げをアップさせたりしているから知ってるけど、騎士団長子息は無理だ。誕生日どころか、そういう人物が存在するかどうかさえ知らない……。

 ここで、会ってないし存在も知らない要注意キャラを思いだし、わたしはノートに書きつけた。


不明・悪役令嬢(同学年?)(非攻略対象)


 要注意人物の筆頭である。この世界の悪役令嬢が、ひょっとしてもしかして万が一わたしと同様に転生者だったりする場合、悪役にならないように心を砕いて生きていらっしゃる可能性もある。でも、そうじゃない可能性もある。つまり、用心はしなければならない。

 王子殿下が婚約なさっていたかどうか……ご婚約お祝いパンを焼いたことがあるかどうか、記憶を探ってみたけど、わからない。

 王侯貴族のご婚約なんて幼年期に済まされる可能性もある。わたしが店の売り物や経営状態なんてまったく気にしていなかった幼児期に、そういうイベントが終わっていたかもしれないのだ。パンを焼いたかどうかだけでは判断できない……。う〜ん。

 でも、転生コーディネイターが悪役令嬢的な存在を無視するとは思えない。うん。絶対いると考えるべきだ。用心しよう。


「次、殿下」


 教師の声に、わたしはびくっとしてしまった。

 殿下?

 殿下ってなんだろう。殿下ー、殿下ー、次は殿下ー。あああああ。

 そうだよね、乙女ゲームっぽい世界だもんね! そりゃ攻略対象一番手、メイン・ヒーローとして推されがちな王子様が同じクラスにいない方がおかしいよね!


「はい、先生」


 声はイケてる。顔面もさぞかしイケているのだろうが、惜しい、斜め後方なので完全にふり返らないと確認できないし、しなくていいと思う。かかわらない、かかわらない……。


「自習の範囲についてもいろいろ申し上げることはあるが、まず、はっきりさせておこうか。さっきから、新入生に向かって紙つぶてを飛ばしているのは、なぜだ?」

「え……」

「俺が見てない隙を狙っていたようだが、魔力が動けば感知するぞ」

「あんな微細な魔力でですか」

「語るに落ちたな、ローデンス。馬鹿なのか? 今、自白したことは理解しているか? 俺が教えてやらねばわからないようだが」


 王子殿下を呼び捨てにしてる! しかも馬鹿呼ばわり! マジでやばいぞ、この教師!

 そして、なんか知りたくないことを知らされてしまったんだけども……殿下が紙つぶてを新入生に……新入生ってわたし? わたし以外にも誰か新入生だったりしないかな。ねぇ。駄目? 駄目なの? 誰か新入生になってよ!


「くっ……」


 くっ、って。誰かが「くっ」っていうところ、はじめて聞いたわ。ふり返って見物したいけど、相手は王子殿下な上に、攻略対象の有力候補であり、迂闊に距離を詰めるといじめの原因になりかねないから無理。くっ、っていいたいのはわたしだ! くっ、野次馬にすら気軽になれないこんな学生生活、もう嫌だ! まだ一日めだけど!


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