499 元気ですかーっ!(小声)
で、出陣式である。
シュルージュ様が全体のとりまとめ役として挨拶なさったんだけど、もうね……ほんと、世の中の「なんか良いこと話したい気もちはわかるが、とにかく長くて周りをうんざりさせている」人々に思い知らせたいわ。これが見本だ! って。
「かつて魔王をしりぞけ、人の世を取り戻し、我々の先祖は国を分けた。それぞれに違う国を背負う我々の――しかし、想いはひとつだ。魔王を封じ、人の世を守り抜くこと。約定にもとづき、我らは集結した。勝利を掴みとるためには、力をあわせることが必要だと知っているからだ」
つづいて、「集結した」各勢力の紹介。
政治的な判断というやつもあるんだろうけど、バランスよく、どこかに偏らないように。それでいて、特筆すべき人材のアピールはおこたらず。
各勢力を率いるトップ魔法使いたちは、壇上に並んでいる。
まず、〈無二〉のジェレンス。
当代最強の呼び名も高い、央国王立魔法学園が誇る五属性魔法使い。二つ名だけで、どよめきが起きるレベルの知名度……さすがジェレンス先生。まぁ地元だしな!
次いで、〈矢継ぎ早〉のハーペンス。
ハーペンス師も有名人なので、歓声が上がる。到着初日から兵站問題をズバッと解決してるから、地元人気も爆上がりですよ。兵站って、今回の場合は食料問題が主眼だったからね。老若男女問わず、もちろん戦闘員と民間人の区別なく、ひたすら感謝されてる存在だ。
女性の熱い視線も集まってる気がするけど、まぁ無理もないよね。東国男らしく、そっちの期待もしれっと受け止める甘い笑顔で応えてらっしゃる……。大したイケオジっぷりで、わたしまでうっとりしそうになるよね……歴戦のイケイケ、恐ろしい。
そして、〈不倒〉のラカンドロス――これは西国の魔法使いらしい。火属性最強を謳われる魔法使いなんだって。
リートの生属性インカム解説によると、二つ名は強盗団の一党を倒したときの逸話から来てるんだそうだ。その強盗団っていうのが風属性魔法使いの集団で、とにかく弓矢の扱いがうまかったとか。ラカンドロスさんはひとりで矢面に立ち、強盗団は空を覆うような量の矢で対抗した。当然、矢の雨が降ったあとに立ってはいるまいと思われたラカンドロスさん、最小限の火ですべての矢を燃やし尽くし、平然と佇んでいたとか。その活躍でついた二つ名が、〈不倒〉だそうな。
これ、豆知識な!
ラカンドロス師は二つ名に似合わない、ひょろっとした痩せ型に気弱そうな笑顔……火属性最強という情報からイメージする人物像とはかけ離れてる。見たところ年齢不詳。三十過ぎてるんじゃないかと思うけど、二十代でも通用しそうっていうか?
魔法使いは見た目じゃないとはいえ、大丈夫なの? と思わざるを得ない弱腰の低姿勢。歓声に対しても、応えるっていうより当惑してる感じ……。大丈夫なの?
地元トゥリアージェ領の軍を率いるのは、もちろん〈真紅〉、シュルージュ様だ。
今日のシュルージュ様、ゆたかな髪をきりりと編んで背中に垂らし、二つ名にふさわしい深い赤のマントが風にひるがえってもうね……かっこいい・オブ・かっこいい!
なんで後ろ姿の描写かっていうと、わたしも壇上に並んでいる内のひとりであり、シュルージュ様の斜め後ろに立っているからだ。できれば一般人席の最前列で見たかったよね……ハーペンス師なんかも、横並びから一歩前に出たのを見るよりも、正面最前で見たくない?
イエス、見たい!
しかし、現実は無慈悲である。シュルージュ様はだいたい後ろ姿、ハーペンス師は見ようと思えば見れるけど壇上の聖女が常時横を向いてるわけにはいかんだろ、っていう悲しみ。
ともあれ、流れでわたしも紹介された。
これまでの活躍事例も手短に添えて、優秀な聖属性魔法使いであり、魔王封印の鍵となる存在、とかなんとか。
……優秀? と思ったけど、わたしは微笑んで歓声に応えるしかなかった。せいぜい優秀そうに見えたことを祈ろう。
「では聖女ルルベル、魔力の貸与をお願いします」
「はい」
魔力の貸与っていうのは、アレだ。魔力玉だ。
ここに着いてから毎日、呪符を描いたあとで残った魔力を魔力玉にまとめ、保存してきたのである。もちろん、前線で戦う魔法使いに渡すためだ。
なにしろ残置性が高いとファビウス先輩にお墨付きをいただいている魔力玉、数日くらいなら保っちゃうのである――念のため、表面だけは毎日こね直していた。
魔力玉こねこね職人としては、わたしは当代一かもしれんね! こんなことできる魔法使い、ほかにいないと思うし。
使いやすいようにピンポン玉くらいの魔力玉を各勢力に二十個くらいずつ。あと、式典の演出用に、両手のてのひらにおさまるくらいの大きさのを、各勢力に一個ずつ。トップ魔法使いならこのサイズ、うまく活用してくれるでしょう! ぶっつけ本番で悪いが!
「こちらは聖属性の魔力を凝縮したものになります。戦場で、皆様のお力になることを祈ります」
おひとりずつに魔力玉を渡し、うやうやしく受け取ってもらい、これで聖女の役目は終わり!
あとは、神秘的に見えろ! と祈りながら控えめな聖女スマイルで立っているだけだ。
シュルージュ様がまた前に進み出て、受け取ったばかりの魔力玉を高く掲げた。
「見よ! 聖属性の加護は我らにあり!」
魔力玉が、あやしい虹色と乳白色にかがやいている――えっ、なにこれ。……あっ! 色属性か!
ファビウス先輩は聖女護衛隊に紛れ込んでるので、今はわたしの後ろに並んでいるはず。つまり、ふり返らないと探せないので、我慢するしかないけど……でもこれファビウス先輩の仕業だろ! 色属性ってそんなにありふれてないし、使いこなしてる魔法使いは少ないらしいよ。なんか、色属性ってだけでこう……探求を諦めがちというか?
そこで諦めなかったのがファビウス先輩らしいなって思う……。
いや、色ボケしてんじゃねぇぞ、ルルベル! これから魔王を封印とかしなきゃいけないっぽいんだから!
そういうのは、終わってからだ!
わたしがそんなアホなことを考えていたあいだ。
静まり返っていたその場が、わっ、と歓声に包まれた。
それまでの拍手や声が儀礼的なものだったとわかるような、もっと芯からの――心を揺さぶるような、声。
空気がびりびりふるえて、皆の心がひとつになるのがわかる。
魔力玉に色がついても、ぴかぴか光っても。それは、属性や力に影響を与えたりはしない。
だけど、こうして大勢が集まっている環境で、なにかの象徴として見せるときは、すごい効果を発揮するんだ。
見た目だけのごまかしって嫌がるひとも、いるかもだけど……。
「……綺麗」
思わず、つぶやいていた。
歓声にかき消されるほどの小声だったはずなのに、すぐ隣に並んでいたハーペンス師が、すかさずウィンクしてくださった――甥の上目遣い同様、叔父のウィンクも国宝級である。ていうか、ウィンクをダサく感じさせないのがすごいよね。
「あいつの心尽くしだ。気に入ってくれたようで、よかったよ」
すぐ耳元で声がしたのは、風魔法でやってるんだろう……無駄にドキドキするから、遠慮していただいても?
ていうか、一流魔法使いの皆さんは、応用力がすごいな。属性魔法の使いかたというか……技術もだけど、発想とか? そういうのが、飛び抜けてると思う。
わたしもいつか、一流になれるんだろうか。
魔王や眷属が姿を消したあとの世界で、聖属性ってなにか使いどころが残されてるんだろうか……?
いやまぁ、今考えてもしかたないな。
それよりも、まず魔王を封印することだ。
それができなければ、今ある日常は失われて、世界は暗黒期に入ってしまうんだから。
一流どころか三流以下の魔法使いでしかなくても、頑張るしかないんだ。
……失敗、できない。
その事実に、不意に気づいた。
わたしが失敗したら、世界は変貌を遂げてしまう、ということに。
今までも、わかってるつもりだった。でも、実感してなかった。ぜんっぜん、わかってなかった!
愚かなのはニンゲンじゃなかった。いや、ニンゲンは皆、愚かなんだ――わたしも含めて。
ほとんど衝動的に、わたしは胸の前で両手を組んだ。そして、祈った。できるだけ小声で。どんなに小声でも、有能な魔法使い軍団には聴かれちゃうことはわかってるけど、それでも小声で。
「じゅげむじゅげむごこうのすりきれ以下省略、大いなる宇宙の意志に問う!(小声) 元気ですかーっ!(小声)」
スパッ!
視界を含めてあらゆる五感が断ち切られ、そして復活した。
「二回めの権利の行使を確認しました。ようこそ、宇宙意志との対話の間へ」
久しぶりに聞く転生コーディネイターの声は美しく、ミステリアスで――同時にすっとぼけていた。




