496 ああそうだった、ひどかったコイツ!
折衝の結果、聖女チームは城内に居場所を確保した。
城外は、さすがに無理だった――警備のためって話だけど、リート曰く「抜け駆けがないよう互いに見張りたいんだろう」とのこと。そういうもん?
ま、互いに見張ってくれるなら間違いも起きなくて、結構なことでございますわよ。
さらに折衝の結果――以後、わたしはノー・タッチだ。もう聖女様専用の奥まった部屋、つまり別室が用意された環境だったからである――各陣営の代表が毎日同時に聖女の部屋を訪問し、現状説明、依頼や提案をし、呪符をもらって退出という決まりができた。
各陣営ってのは現地領主のトゥリアージェ伯、西国、東国、そしてなぜか央国である。
トゥリアージェいるのに、央国代表も必要なの? ようわからんね……。
東国からは〈矢継ぎ早〉のハーペンス師が駆けつけたらしい。魔王復活が近いとなれば、東国も他人事ではない……とはいえ、よく一線級の二つ名持ちを派遣してくれたよね。だって、自国の防衛にだって魔法使いは必要じゃん?
「自国内だけなら、兵站より優先すべきことがあるからな。無論、ハーペンス師の能力は兵站のみに使えるというわけではないが、あまり出しゃばらないけど力は貸します恩も売りますという路線なら、彼に兵站をまかせるのは良策だろう」
……とは、リートの弁。
「巨人のせいで、物資の移動に支障をきたしていたようですからね。トゥリアージェはもちろん、西国側も助かるでしょう」
「で、巨人は相変わらずな感じなの?」
「はい。移動する気配はないそうです」
三体の巨人は、トゥリアージェ領を囲む感じで陣取って、まったく動こうとしないそうだ。
動かないなら被害が出ないかといえば、そういうわけでもなく……もちろん、穢れがどんどこ生産されるのである。
「動かないなら、なに食べてるの?」
「一体は、地面を掘ってるらしいですね」
「地面」
「地下道を掘っているわけではなさそうだから、単に食ってるんだろうな」
美味しいのか、それ?
いや〜、巨人さんの考えること、なんもわからんね!
人間とは違う生きものだな、っていうのは……前に遭遇したときに、なんとなく把握したつもりではある。
「じゃあ、戦端は開かれないまま、って認識で大丈夫なのね」
「巨人に関しては。ただ、西国側の魔将軍出現は、そろそろ確定といってよさそうだ」
またか〜、って感じ!
魔王の眷属側も、バリエーションが出尽くしたとまではいわなくても、主力はすでに出揃ったってことなんだろうなぁ。それ自体、魔王の復活が近いことを示唆するよね。
「魔将軍、今度はなにか判明したの」
「おおむね前回と同じだろうと推察されている。異形の魔物が大量出現中だ」
「交戦してるってこと?」
「一帯の住民の避難経路を切り拓くために、何回か衝突はあったらしい。が、敵も深追いはして来ないとかで、損害は軽微だ。単純な比較はできないが、前回出現時ほどの被害は出ていないらしい。動員人数自体は、前回より多いくらいだ。非戦闘員を守って移動する作戦だからな」
軽微かぁ……。
軽微って、大人数の中で数人がやられましたとか、そういう話でも使う表現だからなぁ。
どうもわたし、ゲーム的に受け止めちゃうんだけどさ。
たとえば、HPが200くらいあったのが150になりました、まだまだ平気! っていうのがゲーム感覚じゃん? でもその50マイナスって、現実だと、足を負傷して動けませんとか、片腕がきかなくなりましたとか、そういうさ……へたをすると、もう一生とり返しのつかない大怪我だったりもするわけよね。
そう考えると、軽微って表現もあんまり……喜んでいいとも思えない。
そりゃ、被害甚大とかいわれるよりは、ずっといいんだけども。
「わたし、治癒の呪文があるよ」
「生属性魔法使いの手がたりなくなるか、広範囲の戦闘がはじまるかするまでは、温存で」
……はい。
そうだよね、わたしのふんわりした治癒呪文より、がっちりキッパリ治せる生属性魔法使いの方が有能に決まってる。呪文のいいところっていったら、範囲でぼんやり治せるところだろうし……。
「それより、明日のぶんの呪符を作りはじめよう。手が痛ければ、すぐ申告したまえ。俺が治す」
うん、がっちりキッパリ治せる生属性すごいね! おかげで腱鞘炎知らずだよ!
ちなみにだけど、明日にはウィブル先生が来てくれるらしい。聖女チームとして滞在するそうだ。これで腱鞘炎どころか睡眠不足から来る肌荒れや隈の心配さえしなくてよくなるぞ!
……いや冷静に考えるとすごいな、マジでほんと。
まぁそれだけ、聖女謹製の聖属性呪符の需要が高い、ってことでもあるんだよね。
もちろん、すでに呪符の存在は隠しようもないわけだし、見れば描けるって人材も当然いるからね。わたし以外の呪符魔法使いも、製造はしてるんだよ。
……してるんだけど、やっぱり、わたしが描くのがいちばん強いらしいんだよね。
まさか聖女が呪符メーカーになるとは思わなかったけど、現状、それが最善の策だっていわれたら、そうかって納得もするし。だるくても飽きても、危険のない後方で守られてるだけでいいのかって良心がうずいても……これがわたしの仕事なんだろうな、って。
「おぅ、辛気臭ぇ顔してやがんな」
……横紙破りが来たぞ。
もちろんジェレンス先生である。
「先生、一応ですね」
「立ち入り禁止だろ? わかってるって」
ほんとにわかってんのか? という顔を我々全員がしたと思う。だが、それを意に介するようなジェレンス先生ではない。
「さっきの代表会議で伝えられなかった話があんだよ」
「なんですか」
「ルルベルが元気になる話だから絶対伝えろって、〈矢継ぎ早〉がな。うるさくてよ」
「わたしが元気になる?」
どういうこっちゃ、と首をかしげるわたしの横で、リートが苛立たしげに答えた。
「さっさと教えて、さっさとルルベルを元気にしてください。そして、さっさと退室してください。バレたら外交問題ですよ、わかってるんですか」
「わかってるって」
絶対わかってねーだろ、という顔を我々全員がしたと思うが、以下同文。
ふふん、と得意げにジェレンス先生はわたしを見た。
「ファビウスが来てるぞ」
えっ。
「どこに?」
「ここだ、ここ。トゥリアージェの城だよ。東国の魔法使い部隊に紛れてる」
会いたい! と思ったのが表情に出たのか、それとも表情に出なくてもわかっちゃうものなのか。
「会いたいだろ?」
「やめてください。外交問題が、さらに面倒になります」
ブレないリートを無視して、ジェレンス先生はわたしの顔を覗き込んだ。
「会いたいだろ? な?」
「誘導禁止です。ルルベル、気をしっかり持て」
わたしはリートを見た。
「なにが駄目なの? どうせジェレンス先生が直接ここに連れて来てくれるんでしょ?」
「なんならおまえを運んでもいいが」
「駄目です」
リートとナヴァト忍者が同時に宣言した。
……うん、そっちは駄目だな。存在の根幹がアレして、また世界の果てに行っても困る。
って話はジェレンス先生にもしてあるので、向こうも降参降参って感じで両手をかるく挙げた。
「わかってるって。冗談だよ。でもな、会いたいだろ?」
「ジェレンス先生が連れて来ても駄目な理由があったら教えて」
リートに詰め寄ると、ため息をつかれた。
「勢い余って、子どもでも孕んだら困る」
「子……ッ……なんてことあるわけないでしょ、馬鹿なの? ひどいの? ああそうだった、ひどかったコイツ!」
おっと、思ったことがぜんぶ口から出ちゃったよ。
でもひどくない? デリカシーがないとかそういうレベルじゃなくない?
「そのへんは、我々が同席すれば問題ないのでは……」
「え、おまえら恋人同士の再会に同席して、お邪魔虫になんの? すげぇ度胸だな、おい」
「無論、ルルベルを放置などできません。我々は、それが仕事です」
リートがジェレンス先生を見る目は、完全に阿呆か虫を見る目だった。いや、虫に失礼かもしれない。さらにこう……なにかを見る目だった。
「同席してくれていいよ。全然いい」
だから会いたい、とは……ちょっと恥ずかしくて、言葉にできなかったけども。
「じゃ、今夜連れて来るわ。今はちょっと、立て込んでてな。意思確認しに来たんだ」
「……ありがとうございます」
「いいってことよ。聖女様のやる気は重要だってことを、学びつつあるからな。俺らも」
そういって、ジェレンス先生はわたしの前髪をくしゃっとした。
……くっ、気を抜いてて回避しそびれちゃったよ!




