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495 ……いいんだ? えっ、いいの?

 詳しい話はこれからだそうで、リートたちも大した情報は持っていないようだ。つまり、巨人がたくさん出た! ってことしか知らない。どれくらいの距離だとか、被害状況だとかも、まったく。

 ……まぁ、肝心の聖女が意識不明だったんだもんな。情報収集どころではなかったんだろう。


「でも、なんかおかしくない?」

「なにがだ」

「さっきのジェレンス先生の……俺以外には注意しろ? みたいな?」

「君の安全のために、必要なことだ」


 そりゃ巨人がぼこすか出現してるなら、あんまり安全が確保されてるとはいえないだろうけど……さっきのジェレンス先生の台詞って、注意の対象が人間っぽくなかった?


「ここがトゥリアージェなら、敵なんていないでしょ?」


 リートとナヴァト忍者が視線をかわした。

 ……なによ?


「敵がいないという表現は、微妙だな」

「なに、微妙って」

「政治的な配慮が必要なのは、王宮だけではないということだ。危険地帯は国境沿いだ。それで現状、西国ノーレタリアと連携してあたる必要が生じている。よって、ここにいるのは我が国の人間だけではないし、行動方針に完全な合意がとれているわけでもない。どちらが主導権を握るか、兵の配置や指揮権はどうするか、など問題山積だそうだ」


 あっそう。

 一気に興味が失せてしまった。


「……もういいや、そのへんの説明は」

「前回の会談時とは、少し状況が変わっている」

「聞きたくないし、まかせる」

「ルルベル、そういうわけにはいかん」

「やる気が失せたらどうすんの、つってんの!」


 リートが口を結んだ。

 だってさぁ、やってらんないじゃん。ニンゲン、トテモ、愚カ……連発し過ぎでしょ。


「聖女様……」

「大丈夫、やることはやる。聖属性魔法使いとしての仕事はする。それは約束する。でも、政治判断を挟むような場にわたしを連れて行かないで。関与させないで。そこ、遮断してほしい。でないと、人間助ける必要あるの? みたいな気もちになる。気もちが弱くなったら、魔法も弱くなっちゃう。違う?」

「はい」


 ナヴァト忍者が大きくうなずき、リートが息を吐いた。


「君は人助けが好きだろう?」

「まぁね。でも、そろそろ限界。わたしは聖属性魔法が使えるだけの、パン屋の娘なの。貴族間だとか各国間だとかの力の均衡がどうこういわれても、パン種の発酵が進み過ぎてないかどうかより興味がないし、理解もできない。ましてや、それを理由に魔法使いとしての活動が阻害されかねないなら、そんなもん! ぜんぶ踏み倒して更地にしろ! って思うよ。……邪魔だって思ってる相手を救うために力を尽くせるほど、器用じゃない」


 だから、とわたしは声を強くした。


「魔王を封印するまででいい。聖属性魔法使いとしてのわたしが必要なあいだは、政治的な配慮とやらに邪魔されないようにして。これはジェレンス先生にも、シュルージュ様にもお伝えして。わたしはこれから、最大限の力を引き出す必要があるんだから。配慮してください、って」

「かならず、お守りします」


 再度、ナヴァト忍者がうなずく。そして、リートがつづけた。


「しかたがないな。善処しよう」

「えっ」


 決断が早い! 当惑するわたしを置き去りに、リートはてきぱきと決めはじめた。


「基本、喋るのは俺がやる。聖女様は集中して魔力をたくわえていらっしゃる、で外部は閉め出す。闖入者があったら、全排除だ。できるな、ナヴァト」

「やります」

「よし。ルルベル、君もだ」

「わたし?」

「妙な同情心は捨てると約束しろ。魔王とその眷属との戦いを最優先だ。いいな」


 いわれるまでもないことだ。わたしも、しっかりうなずく。


「わかった。じゃ、対外折衝はまかせた」

「まかせろ」


 リートはろくでもないやつだが、まかせろというなら、まかせられる。

 これで当分、政治がどうこういう話とは無縁で過ごせる――それだけで、肩の荷が少し軽くなった気がした。


「……ありがとう」

「俺たちは、聖女を守るのが仕事だからな」


 うん、とわたしはうなずいた。

 なんだか泣きそうな心地がして、そのまましばらく、顔を上げることができなかった。

 リートがナヴァト忍者となにかやりとりしてる気配がする。魔法インカムを使ってるんだろう、ナヴァト忍者が小さくうなずいてるけど、なにに対してかはわからない。わたしに聞かせないようにしてるんだから、政治的な情勢の話かな……。


 気を遣われてると思うと、少しもやもやする。

 自分で気を遣えって命令しておいて、いざ実行されると不満だなんて、笑える。これもリートのいう、同情心なのかな……。

 そこへ、ばーんと扉が開いた。


「おぅ、戻ったぜ」


 ジェレンス先生である。

 ん? という顔でわたしと親衛隊のふたりを見比べて、どうかしたか? って感じに眉を上げながら、自分のいいたいことを真っ先に口にした。


「ちょっと落ち着いてるから、今のうちに飯を食っとけってよ、伯母上が」

「では、こちらに運んでいただけますか」


 リートの返答には、迷いがない。


「いや食堂に行こうぜ、準備が――」

「ルルベルを、人目にふれさせないようにしたいと考えています」

「――ん? だが、ここに入ったこと自体はもう知られてるぞ」

「今だけでなく、今後もです。社交はこなしません。魔王封印のため、心身をきよめて集中に入ります。誰ともお会いしません。これは決定事項であり、議論の余地はありません」


 ……ほんとに迷いがない!

 思わずぽかんとしてリートを見たが、視線は合わなかった。リートはジェレンス先生をビシッと睨んでいたからだ。


「いや……おぅ? えっ?」

「当面はここで結構ですが、できれば独立した居場所がほしいですね。聖女様におやすみいただく寝室と水回りに控えの間、といった部屋割りで手配をお願いします。理想的なことをいえば、城外で。どうしても無理でしたら城内で手を打ちますが、面会は一切お断りしますし、無理に押し入るようでしたらこちらも強硬手段をとる準備があります」

「なんの話だよ?」

「ルルベルには、聖属性魔法に集中してもらう必要があるという話です。これはルルベルの意志であり、俺たちも賛成し、尊重します。どちらの国が聖女を使うとか、そういった話には参与しません。戦場にも出ません」


 えっ。

 戦場にも出ません、て。さすがにそれは許されないのでは?

 口を挟もうか迷っているわたしの前で、ジェレンス先生が頭をかいた。


「いいけどよ」


 ……いいんだ? えっ、いいの? よくなくない?

 わたしはジェレンス先生を見たが、先生はわたしを見ていなかった。完全に、リートとの交渉に入っている。


「呪符は撒いてくれんだろ?」

「呪符の作成は、材料さえあれば可能な範囲でおこないます。運用については、そちらでどうぞ。ルルベルは、あてにしないでください」

「わかった。じゃ、呪符を受け取るのは俺ってことでいいか?」

「いいえ。西国側の代表と、かならず二名同時に来ていただきます。互いの受け取った呪符の数が同数であることを確認してもらう必要があります。量に偏向があるといわれるのも、困りますから。もちろん、そのときも聖女様はお会いすることはできません。俺かナヴァトがお渡しします」


 そこまで? そこまでする?

 ふたたびリートに視線を戻したが、やっぱり目は合わなかったし、リートは真顔だった。

 ……ガチだな!


「わかった。伯母上に話す」

「お願いします。それと、食事を」


 ぬかりなく念を押したリートにうなずき返して、ジェレンス先生は部屋を出て行った。

 ……おお。なんかすげぇ。


「もうさ、王宮からこんな感じでリートがやった方がよくなかった?」


 正直な感想を伝えると、リートには鼻で笑われた。


「無理だな。『そなたの発言を許した覚えはない』で一発だ」

「あー……」

「俺たちが引き剥がされないことを優先して立ち回っていたから、あそこでは、あんなもんだ。ここは、その心配はないからありがたい。ジェレンス先生にせよ、シュルージュ様にせよ、君の力が必要なことは疑っていないし、ちゃんと尊重してくれるからな」

「そっか」


 たしかになぁ。

 王宮の人々には、対魔王戦の当事者意識も危機意識も不足してるけど。ここは、違う。

 皆が前線に出る覚悟をしてるし、わたしが聖属性魔法使いだってことも、その魔法の有効性も知ってるし信じてる。だから、

なんとかなるんだ。


「それにしても、戦場に出ないなんて……そこは聖女のつとめじゃないの?」

「必要が生じたら呼ばれるだろ。そのときに恩を売りつける方が、その後もやりやすくなる」


 おお……リートの笑顔が邪悪! むっちゃ邪悪!

 こんなんが聖女の親衛隊長でいいのだろうか。


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