492 陛下も臣下の面々も、耄碌したのか?
『ずいぶん古いものだそうだ。妥当な推測としては、客を爆殺することが可能にしてあるが、今まで使用されたことがない――といったところだろう』
客なら客扱いしてくれと思ったが、声にできないストレスがわたしを襲う!
自分の考えを口にできないの、つらい……。
『おい、黙るな。なにか喋れ』
偉そうだな……。
「リートって、いついかなるときもリートで羨ましいわ」
「自分が自分でなくなる方が異常では?」
素で返された。そうだけど、ソウジャナイ。
「……いい。気にしないで」
「大丈夫ですか、聖女様。お加減がお悪いのでは?」
ナヴァト忍者が気遣ってくれた。うんまぁ、精神の加減がね……あんまり快調とはいえないね……。
「平気よ。ただ、こんな茶番を早く終わらせたいだけ。ジェレンス先生が学園を留守になさっているということは、トゥリアージェ領でまたなにか起きたのかもしれないと、心配で。今さら属性判定なんてどうでもいいことに拘う時間なんてないのに。ほかに、やらねばならないことがあるのよ」
そうなんだよな〜……。
聞いたときは流しちゃったけど、ジェレンス先生が学園にいないって、なにかが起きてるってことなのよね。〈無二〉の力が必要な、なにか。
昨今の状況を鑑みるに、魔王の眷属問題が起きてる可能性が高くない?
ジェレンス先生は、あれで教師としての仕事もちゃんとやってる。生徒個々の進度にあわせた指導をしてくれるし。ペーパー・テストのときは子どもっぽい真似をしやがったけど、目立つ欠点ってそれくらいじゃない? ……乙女の髪型を崩すのは別勘定として。
そのジェレンス先生が、テストの日程をどんどん延ばさざるを得ない事情ってさぁ。
『解除は無理ね。呪符の専門家でも連れて来ないと……すごく古くて、今では使用されていない図形も使ってる。あと、ルルベルちゃん、よくわかったわね。ジェレンスが呼び出されてるのは、トゥリアージェでまた揉めてるからよ。魔王の眷属関連で』
当たった! 嬉しくない!
『古いって、どれくらいです?』
室内の探知を終えたからだろう、リートも魔法インカムでがんがん喋る。
『脆弱性が問題になって使用されなくなった図形が、含まれてるの。脆弱性の指摘は、アタシが生まれるより前。正確な年代はわからないわ。これ、アタシには危なくて手出しできない』
専門家が必要って、そういうことか……。
「たしかに時間は無駄か……」
……ん? ああ、そうか。わたしの話を受けたのね。うわぁ、混乱する。
『危なくて解除もできないから、爆発の呪符のことは忘れましょ。いざとなったら、アタシが全員守るから大丈夫。解析したけど、規模は大したことないから平気よ』
忘れられるかなぁ……忘れられる気しないなぁ……。
わたしはまだ物騒な呪符に気をとられてたけど、リートは即座に切り替えたらしい。
「よし。聖女様、では対策を考えましょう」
「対策?」
わたしの頭の中は、危険な脆弱性が指摘された爆発の呪符でいっぱいだったわけだけど。
リートは重々しくうなずいて、こうつづけた。
「おっしゃっていたでしょう。試験の対策をしたいと」
昨日の話題! そりゃ対策したいけど、今? ここ? じゃなくない?
「試験の対策って……実技試験の? 今やるの?」
ウィブル先生! ウィブル先生は常識があるって信じてた!
ていうか、もうガヤいらなくない? ……いやでも急に黙るのも変なのか?
『リート、わかっていると思うけど、あまり手の内を見せないで』
『無論です。呪文の件は、知られていると考えても?』
『口止めしてないし、伝わっていると思うわ。例のほら……なんだっけ? 王太女殿下に宝石を賜った勝負で、聖属性の魔力玉も使ってるし、まぁ……今さらなにをって話ではあるけど』
たしかになぁ。
でもなぁ、わたしの能力って隠せるところなくない?
「リートは、なにか妙案でも浮かんだの?」
「妙案を浮かべるための話し合いをしましょう、という提案です」
『聖属性魔法が使えることは先方も知っていると考えると、ますます属性判別が馬鹿らしくなるな……』
それなー! ほんと、それ!
リートもたまには良いこというわね!
「眷属を生け捕りにして、聖属性魔法で一匹ずつ吹っ飛ばせばいいんじゃない?」
……ウィブル先生! 急にそんな頭の悪そうな案を出さないでください!
「事前の準備が大変過ぎます」
「冗談よ」
リートがなんともいえない顔をした。リートって意外とウィブル先生には弱いな。
……いや、違うか。ウィブル先生が強いんだわ。相手が誰でもだいたい強くない?
つよつよウィブル先生はといえば、ふふっ、と可愛らしい笑顔。いつもなら、羽毛ストールに顎を埋めてるところだろう。
「ま、ルルベルちゃんほどの実績があれば、それも考慮してもらえると思うわよ」
「実技試験に、ですか?」
「ええ。うちの教育方針って、けっこう実学寄りじゃない? 使える魔法が良い魔法、みたいなところあるから。実際に使えてる生徒をさらに試験するっていうのも、変な話でしょ。変っていえば、聖属性魔法の使用実績がある魔法使いの属性判定をするほど変なこともないけどね」
しぜんな流れで王宮の指示をディスりつつ、ウィブル先生はにこにこしている。……強い。
「わたしとしては、そういうその……特別扱いみたいなのは、嫌なんですけど」
「べつに聖属性に限らないわよ。過去の事例でも、土砂災害の対応で長期間休学せざるを得なかった生徒が、試験免除で進級したりしてるし。ルルベルちゃんだって、あっちこっち引きずり回されて、あんまり学園での勉強は進んでないでしょう?」
「……はい」
「筆記試験は、ちゃんと勉強してねとしかいえないけど、実技は別よ。やるべきことができてるんなら、それは魔法使いとして進歩してるってことよ。そういう意味では、ルルベルちゃんはすでに一流の聖属性魔法使いなの」
一流? いや、それはさすがに……。
『先生、わざとルルベルの実力を吹聴してますよね?』
『過大とは思わないけど、力を入れてお伝えしてるわよ。心ある者が聞けば、そうだなぁ、聖女様は立派に仕事をしてくださってるのになぁ……って、罪悪感を抱くかもでしょ』
なるほど……。
「なにしろ、ルルベルちゃんはすでに吸血鬼を二回もしりぞけてるし、巨人対策でも大活躍したわ。それに、魔将軍の一件もあるわよね……これが一流の聖属性魔法使いの仕事じゃなかったら、なんだっていうの?」
いや……ちょっとやめてほしい……すごい……いたたまれない……!
意図的に聖女を褒め称えてるんだとはわかってるけど、どうしても黙っていられなかった。
「……まだ、たりません」
「ルルベルちゃん?」
「わたしは、もっと強くなれると思うんです。いえ、ならなきゃいけないと思います」
「おぅ、よくいった!」
声が聞こえるのと、ぶわっと総毛立つほどの魔力を感じるのが同時。
わたしは思わず立ち上がり――ほぼ同時に、ナヴァト忍者がわたしを庇うように前に出たけど、そのときにはもう、声の主が誰かはわかっていた。
名前を呼んだのは、ウィブル先生だ。
「ジェレンス!」
当代最強の魔法使い、ついに王宮のガードも破る……! という絵入り新聞の見出しが脳裏に浮かぶ。
いや、新聞沙汰にはならないだろうな。きっと秘匿される。だって、王宮って魔的な防御はしっかりしてるはずだもん! 正式な門や、厳密に管理されてる転移陣以外から出入りするなんて無理めの無理――そう、〈無二〉以外ならね!
「ウィブル、探したぞ。いや、探してたのはおまえじゃなく、ルルベルだがな。なんでこんなとこにいるんだ。みつけるのも大変だったが、侵入はもっと大変だったぞ」
「ふつうは侵入しないのよ……。王宮から召喚されたの。そっちこそ、なに? 緊急事態?」
「聖属性魔法使いが必要なんだよ。四人か……一気に運ぶのは、ちとキツいかな。王宮の障壁、ぶち抜くわけにもいかねぇし」
いやいやいやいや。
「先生、わたしは陛下から属性判定を命じられていて――」
「属性判定? おまえが? 聖属性だろ。陛下も臣下の面々も、耄碌したのか?」
不敬ーッ!
「――とにかく、あらためて判定せよとのことで、今は案内を待っているんです」
「ふうん。よしウィブル、おまえは残って説明係をやれ」
「いわれなくても、絶対あんたの移動にはつきあわないわ」
わたしはハッとした。リートとナヴァト忍者もだ。我々は顔を見合わせた。全員、虚無移動は嫌だという点では意見の一致を見ている。嫌だが、この状況からは解放されたい。
問題は、解放されてもいいのか? という点だ。王宮側に、難癖つけられるに決まってる。
でも、悩んでる暇などなかったのだ。
ジェレンス先生相手に、悩むなどというヌルい対応が――
虚無
ほんと
勘弁してー!




