488 ほかのことなんて、どぉーでもいいの
王宮は、とても豪華な建物だ。
柱や床は高級石材 (たぶん)だし、壁や天井には漆喰 (たぶん)で繊細な彫刻がほどこされ、名のある画家 (たぶん)による見事な絵画が描かれ、あっちやこっちに黄金 (たぶん)の装飾がある。
たぶんがつくのは、わたしに素材や細工を正確に見分けるだけの素養がないから。
でも、偽物ってことはないだろう。王宮なんだし。なにもかもが超一流の高級品のはずだよ……たぶん。
窓にかかった長いカーテン一枚だって、うちの家族が余裕で何年か食っていけるくらいのお値段なんじゃない? わからんけど。ていうか、このカーテンすごいな……金糸銀糸を織り込んだ複雑な文様で、見てると目が回りそう。
「時間かかりますね」
我々は、待たされている。控え室みたいな位置付けの部屋なんだろうけど、置いてある家具もなにもかも豪華で圧倒される……。
「待たせることで、権威づけしてるんでしょ」
「権威なんて、そんな……今さらです」
こっちはド平民で、相手は王族だ。いや王族がじかに出てくるかは知らんけども、今朝ようやく届いた召喚状は、国王陛下のお名前で発令されていた。
完全に気圧されてしまっているわたしに、リートが問う。
「覚えているか? 理屈の上では、聖女は超国家的且つ超法規的な存在で、王族とも対等にふるまえる」
「……忘れてはいない」
昨日、叩き込まれたからね。実感があるかといえば、なーんもないけどな!
「ふるまいを変えるのって、難しいわよね。でもルルベルちゃん、あなたは真に高貴な存在なのよ」
「いや、それは……」
「そうなの」
ウィブル先生は真剣だ。しかたなく、わたしは小声で答えた。
「頑張ります」
「高貴と考えるのが難しければ、稀有と思えばいいわ。実際、一世代にひとりしか出現しないはずなんだから、聖属性魔法使いって。稀有ということは、貴重な存在だということよ」
わかるでしょ? と、ウィブル先生は小首をかしげて見せる。
うんまぁ……理屈の上ではわかるし、知ってはいるけども。
だからって、王族と対等にふるまうのは難しいな! 王族どころか、お貴族様相手だって――学園の知人以外は――ちょっと気後れしちゃうのに。
「ま、いざとなったら我らがダレンシア公爵閣下がなんとかしてくださるから心配しないで」
「ダレンシア公爵……」
「校長よ」
エルフ校長は、王族と縁続きでもなんでもないのに公爵位を賜ってるんだったね、そういえば!
「頑張ります」
「……ルルベルちゃん」
「はい」
「アタシたちは、ルルベルちゃんの頑張りを嬉しく、誇りに思うわ。だけど、結果を出さなきゃならない場面だってことも、覚えておいてね?」
「結果……」
「無事に戻る、って結果よ。ほかのことなんて、どぉーでもいいの」
ウィブル先生は両手を広げ、どぉーでもいい、って顔をした。イケメンなのに、なんですか、その残念顔!
「どぉーでも……」
「王家に難癖つけられたからって、なに? ルルベルちゃんはほんものの聖属性魔法使いなんだから、自分で自分を信じてあげて。お気に召さないようでしたら、聖女の称号は返上いたします、ってさ。ガツーンとやっちゃっていいのよ」
「……そんなこと、できるんですか?」
「もちろん。まぁ、親衛隊は解散扱いだろうけど……そのへんはどうとでもなるわ。なんだったら、アタシとジェレンスが常時守ってあげてもいいんだし」
いや無理! ウィブル先生はともかく……ウィブル先生もたいがい過剰戦力だと思うけど、ジェレンス先生なんて! 付き従ってくれるわけないじゃん、わたしが先生に同行させられるじゃん、虚無移動込みで!
「それはちょっと……」
「校長でもいいわよ」
「それもちょっと……」
なんて話をしてたら、わたしも少しは元気が出てきた。
そうだ、王宮がなんだというのだ。こちとらエルフの里にだってお邪魔したことがある身だぞ! どう考えても、あっちのがすごいでしょ……。
「お待たせいたしました。どうぞ、こちらへ」
……と、なんか豪勢な制服に身を固めた男性が案内に来た瞬間、それが空元気だったことが判明。
あ〜、平民だから! 平民だから、そんな丁重にされると逆に違和感というか、申しわけなさが……っていう態度を見せてはいけないとリートに叩き込まれてるんだけど。そうなんだけども!
そんな慣れないことしようとすると、逆に挙動不審になることに……気がつきましたね!
わたし、聖女スマイルにも聖女ムーヴにも慣れたと思ってたけど、錯覚だったわ……全然だわ……。
案内されたのは、む……っちゃくちゃ天井が高い広間だった。
広間というか……宮殿規模で考えたら、広間ってほどの面積じゃないのかも? だけど、庶民には広い。広い広い広い!
柱はすべて、ぴっかぴかの黒白マーブル模様の石……っていうか、大理石なんだろうなぁ、まさしく。
天井が遠過ぎてはっきりとは見えないけど、壁際に並ぶ柱頭には複雑な彫刻がほどこされていて、これは……スタダンス様に教わった様式のどれかの発展系というか、豪華絢爛版なんだろう。植物的な装飾と螺旋を組み合わせ、金色にかがやいている。天井にも同じデザインのバリエーションがほどこされ、そして中央には巨大な天井画。たぶん……初代陛下の魔王封印の場面だろうなぁ。すごく体格の良い金髪の男性から、後光がさしている……。絵画の技法として光っているだけではなく、絵自体がマジで光ってる。たぶん魔法が仕込まれてるんだろうけど、荘厳さがハンパない。
天井画の周囲には、クリスタルをつらねたシャンデリアがいくつもある。絵がはなつ光を邪魔せず、それをやわらかに増幅していた。綺麗……。
いや、見惚れてる場合か?
わたしは、さっと視線を下ろした。
天井をぽかんと見上げてしまったのは、一瞬のことだと思いたい。
床は、そこにあるすべてが写り込むほどピカピカに磨かれた石が、白と黒の市松模様に敷かれている。高級チェス盤って感じ。
床の中央部には深い赤の絨毯が一直線に敷かれていて、その絨毯がたどり着く先には短い階段、そしてその上に玉座。玉座の左右には太い柱が出張り、カーテンが吊るされている。
すごい重厚さ。
落ち着け。
雰囲気に呑まれるな、とリートから指導を受けている。今そうなってる自覚はあるけど、落ち着け!
こんなの、ただの壁と床と天井だから!
視野を広くしろ、舞台よりそこに立つ人間を見ろ!
一回眼を伏せてから、あらためて。わたしはあたりを観察する。
広間の両側には、立ち並ぶ人々。たぶん有力貴族の皆さんだろう。壁際には衛兵もいる。
よし、内密にすべてを処理するっていう最悪のシナリオではなさそうだ。
だけど、ぱっと見で知ってる顔がほとんどない……つまり、ノーランディア侯爵家とその派閥の皆さんは、いらっしゃらないっぽい。
やっぱり、ここは敵地だ。アウェイってやつだ。
気を引き締めろ、ルルベル! でないと、あとでリートにむちゃくちゃ偉そうな顔されるぞ!
「聖女ルルベル様、御成」
よく通る声でアナウンスされ、ちょっとビクッとした……けど、肩が揺れるくらいで済ませたので許してほしい。こういうのがあるって心構えしてなかったから……しかたないじゃん。
はい、動揺のターン終了! こっちのカードをベット!
エーディリア様仕込みの、渾身のカーテシー!
ヨシ! 完璧!
「お招きに預かり、ありがとう存じます」
なんにもありがたくないけどな! いうだけ無料でお得!
あたりはしんと静まって、誰もなにもいわない。衣擦れの音さえしなかった。
……わたし、わかっちゃった。
エルフの里と王宮の違い。エルフの里は、美し過ぎて圧倒されるけど、それはこっちが勝手に美の直撃を受けて参っちゃうだけなんだ。
でも、王宮は違う。これは相手を参らせることを狙った建物だ。
どうだ! すごいだろう! 恐れ入れ! ……ってやつだ。
ここの豪華さはすべて、この王宮のあるじを引き立たせるための演出なのだ。
たっぷり三拍くらい置いて、玉座の上から言葉が返った。
「久しぶりだな、聖女」
その声の主こそ、この王宮のあるじにして、すべての頂点に立つ――という演出をされている――我が国の国王、テレシウス二世陛下だった。




