486 人間は燃やさぬ約束になった
「それはそれとして、試験のことなんだけど」
わたしが話題を切り替えようとすると、リートは眉を上げた。
これは「馬鹿だ馬鹿だと思ってはいたが、ほんとうに馬鹿だな」って顔……。
「今、その話をする気か?」
「その話をする気があるから、持ち出したんだけど?」
あんたこそ馬鹿なの? という顔をしてみたつもりだけど、成功してるかは不明。
リートの反応を見たところ、まぁ……成否にかかわらず効果は出てないね!
「あとにしろ」
「そうやって先延ばしにしてたら、はい今日が試験当日です! ってなりかねないんだけど」
「なってもかまわんだろう。呪文で受けろ。校長が合格させてくれる」
「だから、そういうの嫌なんだってば!」
「話にならん。それより、君ひとりだけが判定の場に連れて行かれた場合についてだが――」
ぎゃー。考えたくない!
「そんなことになるの?」
「なったら困る、くらいは理解できるのか」
「わかるに決まってるでしょ……」
「なら、真面目に対策すべきだということも、わかるな?」
試験の対策の方が平和だから、そっちをやりたい……とは思うが、しかたがない。
わたしはリートから、こうなったらこう、このときはこう、この場合はこう、と対策を授けられることになった。
「そんなに覚えきれないよ」
「覚えろ。試験より切実な問題だ」
「わかってるけど……」
「命が懸かっていると考えろ――それも、君のじゃない。君の家族や友人の命だ」
返す言葉が見当たらず、わたしは口をつぐんだ。
かれらを人質に取られたら、逆らえない。さっき、そういう話をしたばかりだ。
魔法学園の友人たちなら、頑張ってくれるかもしれない。皆、わたしより優秀だし。アリアンやシデロアには、貴族という身分もある。ファビウス先輩は、なおさら。でも逆に、そういった社会的な立場がしがらみとなって動けなくなることもあるだろう。それに……下町のパン屋一家に、なにができるの?
わたしが頑張るしかないんだ。
「……それで、ナクンバ様も取り上げられたらどうするの?」
「我がむざむざと許すとでも思うか」
当然だけど、ナクンバ様自身も話に入って来る。まぁそうよね、自分のことだもんな。
「いやだって――ええと、その場で相手を燃やしたりしないでくださいね?」
「人間は燃やさぬ約束になった」
そう。リートに策を授けられる過程で、そういう約束をせざるを得なかったのである!
すぐ燃やそうとするから!
「ちょっと疑問なんですけど、竜ってみんな、そうなんですか?」
「そう、とは?」
腕輪のふりをしたままキョトンとするナクンバ様、マジ可愛い……。
本来こんなサイズじゃないとか、魔物をビームで倒せるとか、なんか冗談みたいな気がしてくるよな。燃やす発言も、信憑性が薄くなってきてるっていうか。
いや駄目だ、油断するなルルベル!
「つまり、その……燃やすのがすごく好き?」
「知らぬな。我以外の竜のことなど、興味もないゆえに」
「ご友人とか、いなかったんですか?」
「友人とは、なんぞや?」
ぐっ。……定義から?
「えーっと、友人とはですね、親しいひとのことです」
「ルルベルのことか?」
「うん、まぁ……うんそうですね、うん、たぶん。なんか恐れ多いですけども」
「今はルルベルがおるな」
なぜ得意気? ていうか、えー……コメントしづらいんだけど!
わたしがもごもごしていると、頭頂部にドスンとなにか落ちてきた。……リートの手刀である。
「なにするのよ」
「かき回す方がいいか?」
わたしは、ぱっと飛び退った。我ながら、天晴れな反応速度だったと思う!
「いいわけないでしょ!」
「だと思ったから手控えたが、次はそうはいかん」
「……次?」
「脱線するな。君が今すべきことは、明日の対策だ」
ごもっともー!
竜のぼっち歴について心配してる場合じゃないですね、ハイわかりました。
「えっと、ナクンバ様を取り上げられそうになった場合の対策だっけ。そう……でも本人もいってるけど、ナクンバ様がおとなしく奪われちゃうとは思えないんだけど」
「そうだな。おとなしく奪わせるべき場面と、そうではない場面を分類しよう」
「ぶんるい……?」
「奪わせない方が助かる場面は容易に想像がつくな? 君を守るためにも、最終的には逃すためにも、竜の存在は大きい」
「うん」
「逆を考えよう。奪わせた方が助かる場面があるか、あるとしたらどんなときか、だ。これは思考実験だ。思い込みにとらわれて、みすみす有利な状況を見逃さないための」
思考実験ね。なるほど、考えてみようじゃないの。
……わたしの想像上のナクンバ様は、知らんひとが手をふれただけでビーム吐いちゃって、先に進まない。
唸っていると、リートが勝手に話を進めた。たぶん時間が無駄だと思ったんだろう。
「奪われたとして、竜を拘束することは不可能に近い。つまり、相手がルルベルに注目しているあいだに、竜が自由に行動できる」
……駄目だ。「自由に行動するナクンバ様」が、「燃やす」とイコールで結ばれてしまう!
「自由に行動することに、なにかメリットがある?」
「たとえば、抜け出して状況を報せるとかだな」
「なるほど……」
「ルルベルを置き去りにするのか? 諾うことはできぬな」
ナクンバ様から、駄目出しいただきました!
もちろん、リートは反論する。思考実験中だもんな。
「だが、それが最善だと考えられる場面も、あるかもしれない。ルルベルがただちに移送されず、また危険も及ばないとわかっていれば、だな。考えるに、変な抵抗をしなければ身体的な危険はないだろう。懸念があるとすれば、移送だ。宮殿内の転移陣は、だいたいわかっているが……」
「ジェレンス先生みたいな虚無移動って、ほかにもできる魔法使いがいるの?」
「俺が知る限りでは、いない」
「じゃあ、警戒しなきゃならないのは転移陣ってことね」
「瞬間移動さえされなければ、追跡もしやすいからな」
だよなぁ……。逆にいうと、瞬間移動の追跡はキツい。
「使い切りの転移陣でも用意されたら、最悪だね……」
「我が奪われるということは、我の正体を明かしている、あるいは腕輪がなんらかの魔道具と勘違いされる場合、という話であったか?」
「……それね。正体を明かすにあたっては……判定の担当者が完全に敵じゃないかどうかを見極める必要があって、敵ならナクンバ様を持ち出しても意味ないから秘匿、味方してくれそうなら幻獣でございますと明かして、あらためて判定に持ち込むんだっけ。で、ええと……奪われるって仮定するときは、どっちだ。どっちも? あれっ?」
リートが、ため息をついた。
「命懸けで覚えろといったはずだが?」
「わかってる、わかってる。頑張る」
「我はルルベルと離れはせぬ」
「うんまぁ、うん。ナクンバ様に伝令役をお願いするのはやめよう? なんか不安だし」
人間は燃やさなくても、そのへんの建物とか燃やしかねないしな。あるいは「服を燃やしただけだぞ?」みたいな屁理屈を捏ねたりもしそうだし……。
「そうだな。最終的に、君が無事であることが最重要と考えると、竜は手放すべきではない」
「当然だ」
ぷすん。ナクンバ様の鼻息、自信たっぷりだ。
「立ち会いがいない場合は、竜に守らせて外部からの助けを待つ、ということになるな……」
「そうね」
「それはもう、どうしようもないか……。では、立ち会いがいる場合、味方にできそうな貴族はわかるか?」
「ノーランディア侯爵閣下はわかる。あと、あのときのお茶会に来てたひとたちは、同じ派閥って考えて大丈夫かな。なら、なんとなく顔はわかると思う」
「顔を覚えるのは得意な方か」
「そう……かなぁ。ほら、パンを焼いて配ったでしょう? 接客してる気分だったし、ひとりずつの顔をけっこうちゃんと見たのよね。正直いって、舞踏会なんかで紹介されるより覚えてると思う」
と説明しながら、思い返してみたんだけど。舞踏会でチャチャフになってたお貴族様たちのお顔は、イマイチ……覚えてないですね……。
シチュエーションって、だいじね!
「なるほど。覚えているなら、なによりだ。ほかには?」
「ほか……は、心当たりがないなぁ……」
シデロアやアリアンの親御さんは、強いていえば味方候補ではあるけど……でも、あくまで候補って感じ? 聖女と仲良くするのは歓迎でも、王家と揉めていない場合に限る――ってことも、あり得るじゃん? あり得るっていうか、わたしがお貴族様の立場でも、そうなるよ。
聖女と友誼を結ぶのは歓迎、ただし王家と揉めていない場合に限る!
個人的なつきあいがなければ、損得で考えるしかないものね……あぁ〜世知辛いぃ〜!
先週は二泊で旅行したせいで、ガチ乙転まで手が回りませんでした。
たらっとした旅行記を、ますとどんに上げてます。よろしかったらどうぞ。
名古屋の古い建物編 https://mstdn.jp/@usagiya/114047794790953022
犬山散歩編 https://mstdn.jp/@usagiya/114050711947446917




