485 泰然と構えるのが最良だろうな
とにかく、復活した魔法の紙をまた制服のポケットにしまいこむ。
エルフ校長は、うなずいて。
「なにか用があったら、僕が行きます。君たちは研究室にいなさい」
シュッ。
そして研究室へ。
……えっ。待って、ファビウス先輩の研究室って魔法的な防御が高いんじゃなかったの? 冷静に考えたら、さっきエルフ校長のとこに移動したのもオカシイ気がしない?
「研究室の魔法的な防御って、どうなってるの?」
リートが片眉を上げた。今頃気づいたのか、って顔に書いてあるよ!
「エルフの魔法は、系統が違う」
「……エルフだけ?」
「人類が知る範囲ではな。エルフと幻獣は、我々の知る魔法とは違うものを使う」
……ナクンバ様か!
「ナクンバ様も自由に出入りできるのかな?」
「諾」
おとなしかったナクンバ様だけど、自分の名前が出ると黙ってはいられないらしい。
そっかぁ〜……。諾かぁ〜……。
「明日、ナクンバ様を手首につけたまま王宮に行って大丈夫だと思う?」
「むしろ、置いて行く方がどうかしている。万が一、なんらかの緊急事態が生じたとしても、その竜がいればなんの問題もなくなるだろう」
「燃やすのか?」
心なしか、ナクンバ様の声がウキウキしている……。
「ナクンバ様、駄目ですよ? なんでもかんでも燃やすのは、禁止ですよ?」
「対象は選ぶゆえ、問題ない」
問題しかないと思うぞ!
わたしはリートに同意を求めた。危機意識高い系のリートなら、わかってくれるはず。
「どう考えても、危ないよ。だいたい、ナクンバ様でなにをどうやって解決するっていうの」
「幻獣に支持されている事実が、君が聖属性であるということを後押しするからな」
「でも……でも、ナクンバ様の存在をこう……認めてくれなかったりしたら? たとえば、魔獣だっていわれたり」
「ありそうな話だが、魔王の眷属が使う魔法は属性魔法の範囲内だ。魔属性というやつだな。幻獣は違う」
たしかに、魔物が使う魔法の属性は……魔、ってことになってる。
「それをどうやって証明するの?」
「属性判定の場だぞ。いくらでも証明できるし、それができないなら判定者は買収済みの役立たずだ」
「その買収済みの役立たずに偽物っていわれた場合、ナクンバ様でどうやって対処するのよ」
「相手が買収済みの役立たずかどうか――つまり、宮廷が君をどう扱うと決めたかを、最終的に判断することができる。聖女ひとりなら、器具の細工だけで話が済む。だが、幻獣は判定用の器具では測定不可能だからな。そこで、君が聖女か否かを判定しようという輩が堕落しているかどうかがわかる」
理屈は通っている気はする……のだが。
「待って。幻獣って、なんらかの判定手段があるの?」
「ある。もちろん、一般的には知られていないことだ。しかし、今回は国が聖女の真偽を確認するための場だ。最高の人材を充てねばおかしい。その程度のことも知らない愚か者を立てるだけで、もう魂胆が透けて見える」
「……わたしの属性判定が間違っていたことにできれば、それでいい……」
「そうだ」
考えたくないが、まぁ……そうなるよなぁ。
急な属性確認の狙いがどこにあるかっていえば、チェリア嬢を聖女にすることだろう。そのためには、わたしは邪魔だ。
「……なんか、うんざりしてきた」
「結局、公認なんかいらないから勝手にさせておけ――と、いいたいんだろう? 君は」
リートが上から目線で馬鹿にして来るので、ふんっ、とわたしは鼻で笑い返した。
「あら、リートもわたしのことずいぶん理解できるようになったのね? その通りだけど、もう一歩、わかってないな。いったでしょ。今回は踏ん張るって決めたんだから、退いたりしないよ」
「どうだか」
なんだよ。前向きな回答をしたのに、なんで懐疑的なんだよ……。
「で? 対策ってどうするの。相手がわたしを追い落とすと心に決めてるなら、できることなんてなくない? それに、ナクンバ様が確実に幻獣だってわかってるのは、わたしたちだけでしょ。やっぱり、宮廷側は認めないんじゃない?」
「宮廷はな。ただ、属性判定をおこなう人物が誠実で、王権に立ち向かうだけの気概があれば、異を唱えるはずだ」
「それを期待するの?」
「そのために、校長が神殿に向かった」
……なるほど。
ここまで話が進んでようやくわたしが理解できたことを、エルフ校長はあのわずかなやりとりだけで察して、有効な手を打ちに行ったわけか……。
「なんとかなると思う?」
「校長の人脈でどうにもできなければ、俺たちには無理だ。だから、そこは校長にまかせる。ひょっとすると、ファビウスにもできることがあるかもしれない」
「……もう東の王子様じゃないのに?」
「央国の伯爵で、元王太子妃の弟だからな。君はシェリリア殿下の名前も出せることは、忘れていないだろうな?」
白状しよう。忘れてた。
「たしかに、お名前を出してもいいとは……いわれてるけど……」
でも、この局面でシェリリア殿下の名前を使って、なにか違いがあるのか?
「自分を疑うことは殿下を疑うことですよ、という姿勢を見せろ。損にはならない」
「そうなの?」
「というより、シェリリア殿下が損にはしない。少し調べたが、あのかたは君が思っている万倍も強かだぞ」
いや、シェリリア殿下の強かさをどれくらいに見積もってるか、自分でも不明なんだけど……。
まぁね。いろいろ強そうではあるよね。
「わたしにできるのって、それくらい?」
「あとは、心構えだな」
「心構え?」
「難癖をつけられても揺らがない自信というやつだ」
うわぁ。ここに来て、苦手要素かぁ……。
「自信ねぇ……」
「こいつは偽聖女です! と指摘された程度で、びくびくおどおど挙動不審になるのは悪手だ」
「それはわかるけど……そういうときは、どうするの? 失礼ね、わたしは聖女です! って反論した方がいいの?」
「泰然と構えるのが最良だろうな」
うわぁ。これも苦手ぇ……。
「やってはみるけど、結果は保証できそうもないわ」
「せいぜい頑張ってくれ。人目を気にする必要がある場合はな」
「……どういうこと? 人目を気にしなくて済む場合があるって意味?」
「判定をおこなったが君は偽物だった、という自分たちに都合の良い事実だけ発表することにして、現場には余分な人間を入れないかもしれないからな」
うわぁ……。これは得意とか苦手とかを飛び越えてるな!
「なんかもうほんと、めんどくさい……」
「君を放逐はしないだろう。大罪人とかなんとか理屈をつけて監禁し、必要なときだけ聖属性の魔法を使わせるくらいのことは、考えているはずだ。小物は呪符でなんとかするとして、いざ聖属性魔法使いが必要になったときには君を利用したいだろうからな」
「……それ、聖属性の呪符を開発したときに、ファビウス先輩が危惧してた展開のひとつっぽい」
「当然、考えるべき可能性だ」
当然かぁ。ああ、現実って嫌なものだね!
「でもさ、そんな扱いを受けて、わたしが協力すると思う?」
「させるだろうな。追い詰めて心を折って、なんでもいうことを聞かせる手法がある」
「なくていいよ……」
「そこまでしなくとも、人質をとるのも有効だ。従わなければ害を与えるといわれて、君が拒否できない人物は枚挙に暇がない」
下町に暮らしている家族やファビウスはもちろん、シスコ、リルリラ、シデロア、アリアン、ナヴァト――と、リートは楽しげに名前を挙げていく。
いやまぁ……その通りだけども? かれらを痛めつけるとか、いろいろ……いわれたら、わたしはあっさり屈服する自信がある。どうせ聖属性魔法は必要なんだし、王家のためじゃなく、世界のためにやってるんだ……とかなんとか、自分にイイワケして。
「わかったか? つまり、君が捕縛されるのは絶対に避けねばならん」
「捕縛されても助けに行くとはいわないの?」
「もちろん、君が間抜けにも虜囚となった場合は、救出する。だが、捕まらない方がより望ましいに決まっている」
「はいはい……」
たしかにな!
「だから、竜で保険をかけるんだ」
「ナクンバ様?」
「竜の魔法は独自路線だからな。王宮がどんな罠を用意していても関係ない」
わたしが手首のナクンバ様を見ると、ナクンバ様は眼をパチパチとさせて視線に応えた。とても可愛い。
「ルルベルに敵する者なぞ、すべて燃やし尽くしてくれよう」
可愛いのに、発言はいつも物騒だよ! ていうか、雑!




