484 試験の前に読んだ気はするけど、もう忘れたな!
「え……」
いわれてみたら、知らないな。
と、それを言葉にする前に、リートは察してしまったらしい。
「魔力には、種類ごとに波長がある。その波長を、判定装置は色で示す」
「ああ、そういえば神官様がそんな話を――」
してた、と今頃思いだしたが、口走らない方がよかった。リートが、無駄な説明をさせられた、って顔をしたからだ。
「――してたけど、よく覚えてないし、何色がなんの属性とかも知らないよ」
あわてて補足する。
「その色の見分けが難しい。読み解きにも知識と技術が必要だ。そこで、熟練者が必要となる」
「そうなの?」
「色は分類が曖昧だ。たとえば、紫といっても赤寄りの紫、青寄りの紫があるだろう。色が明るいか暗いか、あるいは濃いか薄いかの違いもある」
「え、それくらいの差で属性が変わっちゃうの?」
「魔法の属性は、世の中によく知られているものばかりじゃない。数は多いし、発見し尽くされているとも限らない。その程度のことは、君も学んだだろう」
「ああ……まぁ、うん」
ジェレンス先生に与えられた課題本の中に、そういうの、あったからなぁ……。
「単純に『赤いから火属性』『青いから水属性』みたいな話ではない。そんな雑な分類では、見落としてしまう属性が大量にあるということだ」
「なるほど……けっこう微妙なんだね」
「聖属性は虹色といわれているが、そのことは知っているか?」
「うん、それは思いだした。神官様が、色が一定にならないって騒ぎだして……それで、もしかして! ってなったんだよね」
魔力判定は、お祭りの儀式のようなものだ。少なくとも、下町ではそうだ。
庶民のゆる〜い信仰は、あまり格式ばった行事とは馴染まない――けど、毎年、魔力判定だけはおこなわれる。
ただねぇ……お祭りってさぁ、パン屋、忙しいんだよね。少なくともウチは忙しい。屋台を出すから。
で、猫の手も借りたい状況だし、魔力判定なんか行ってなかったわけ。だいたい十歳くらいで判定やるんだけど、平民に魔力持ちが出現するなんて、誰も思わないじゃん。ただの慣習なの。
だから、わたしも十歳のときには行かなかった。わたしだけじゃない、うちの兄弟は全員そう。
ところが。魔力判定しておかないと、女神様に忘れられちゃう〜、みたいな迷信があってだね……ご近所さんが、リート――もちろん、弟の方だよ!――ってもう十歳過ぎてるんじゃないの? 魔力判定行った? あらやだ、ルルベルもやってないんじゃないの? 駄目よぅ! って気がついてさぁ。
……あれ、気がつかなかったらどうなってたんだろうね? 聖属性の持ち腐れ?
神官様だって、びっくりしたと思うわぁ……。間違いじゃないよな? って何回も確認してたし。
「そうだな。色が一定にならないという表現は正しい。アタリの神官だったな」
「……アタリ?」
「世の中には、ハズレの神官もいる。へたをすると、判定用の器具が壊れたと解釈しかねない」
「ああ……それはすごく疑ってらしたかも」
当然よねぇ。平民に魔力持ちが出るだけでもイレギュラーなのに、それが聖属性ってなったらさー……。
「どうやって確認したんだ?」
「神官様も、少し魔力をお持ちだったの。それで、ご自分の属性の色が出るのを確認して……それから、もっと大きな神殿に連れて行かれて、そこでまた判定をやって、こりゃ一大事! って騒ぎになった」
あのときは、大変だった……わたしより、周囲が。
「そういう流れか」
わたしは、十六で魔法学園に入るようにといわれて、そのことしか考えてなかったけど……親にはもっと詳しい話がされてたのかもしれないし、親でさえ知らないところでなにかこう……いろいろあっても、おかしくはない。
今さらだけど……今さらだけど、よく平和に下町でパン屋の看板娘やってられたな!
「考えもしなかったけど、それこそ王宮とかまで話が行ってたってことよね……。校長先生にも、早い時期に伝わったのかな」
「校長が、聖属性出現の報を見逃すはずがない」
なるほど。なんか納得!
「神殿にも親しいひとがいたりするってこと?」
「どこにでも、教え子がいるだろう。あいつが何年校長やってると思ってる」
「何年?」
「この学園が創立何年か知ってるか? 知っているなら、それと同じ年数だ」
知らないな……。試験の前に読んだ気はするけど、もう忘れたな!
「まぁ、とても長くってことで」
「雑な把握だが、十分だ。といったところで、対策だが……それこそ、校長に相談した方がいいかもしれんな」
「ああ……どこにでも教え子がいるから?」
「適切な協力者がいないか、あるいは圧力をかけられないか、そのへんは確認しておきたい」
圧力をかける! 考えたこともない手法が飛び出してきたぞ。
「じゃあ、行ってくるの?」
「君だけ置いて行くわけにはいかん。しかし……根回しをするなら早いに越したことはない」
顔をしかめて悩んだのは一瞬。リートは、すぐに決断した。
「ルルベル、あれを使え」
「……あれ?」
「紙だ。瞬間移動する」
……ああ! あの紙かぁ!
「もったいなくない? 歩いて行けばいいじゃない」
「本人に会うんだ、次のをまたもらえばいい。あの程度の魔法、校長にとっては小指の先を動かす程度の問題でしかない」
どういう問題だよ。小指の先だけ動かすのって、難しくない?
さっさとやれ、と急きたてられて、わたしは例の紙をポケットから取り出し――ずっと持ち歩いてた割にはヨレてないあたり、さすがエルフの紙である――リートがわたしの腕を掴んだのを確認してから、両手に挟んでパン!
シュッ!
……ジェレンス先生の虚無移動にも、コレを応用してもらえないかなぁ! と思うくらいの安定感。
移動先は、例の小部屋だった。もう暗くて景色が見えないのが残念だけど……わたしたちの存在を感知してか、芸術的な室内のあちこちに金色の光が灯りはじめる。
そして扉が開き、エルフ校長到着。
はっや! 早いよ!
「どうしました」
「報告します。王宮が、あらためてルルベルとチェリア嬢の魔力判定をおこないたいという意向を示しています。チェリア嬢には、すでに正式な報せが届いています」
エルフ校長はリートを見て、かるく眉を上げた。
「ルルベルには?」
「まだですが、ファビウスのところに届いていたのだとしたら、家主が留守だったようですから……」
「ふむ。ルルベル本人も、僕が連れ出している時間が長かったですからね。報せが遅れてもしかたのないところではありますか。いつです?」
「明日です」
明日! それでやたら急いでるのか!
「では、ルルベルに報せがないのは故意か怠慢ですね。僕がじかに鍛錬しているという話は広まっているでしょうから、校長室の前で待てばいいだけの話です」
校長室の前には、ナヴァトが立っていたはず……だけど、訪問者があったという報告はなかった。
「はい。ルルベルに準備をさせないつもりではないかと」
「偽物扱いするとでも? ……なるほど、その可能性は否定できませんね」
否定できないんだー。否定してほしいなぁ、誰か!
わたし、ちゃんと頑張ってない? 聖女として、いろいろ実績も積んでるよね?
そもそも、聖女だーって称号押し付けてきたのは王宮側なのに!
「不正を許さない人材が必要です」
「わかりました。神殿に行くのがよさそうですね」
心当たりがいるのだろう。リートも行動が早かったが、エルフ校長も早い早い。たいした説明もないのに事情を飲み込んでるの怖い。
「ルルベルと俺はファビウスの研究室に戻してもらえますか? 留守にしてるあいだに使いが来ると困りますので。それと、この紙をもう一枚」
「いいでしょう。ルルベル、紙を」
「あ、はい」
転移の魔法が込められていた、美しい紙を差し出す――と、エルフ校長は受け取りもせず、さらっと指で撫でた。
「これで再利用できます」
「え」
マジで小指の先を動かすレベルだった!
思わずリートを見ると、だからいっただろう、という顔をされた。
……イラッとしてしまうが、リートは正しかった……だいたい正しいから、余計にイラッとするんだよなぁ!




