482 髪は生きているからな
その夜も、食堂にファビウス先輩の姿はなかった。
エルフ校長も今夜は来なかったので、弾除けがいない……けど、そもそも最近、ウフィネージュ殿下にちょっかいをかけられる場面がないので、問題なさそうではある。
殿下も生徒会再編をはじめ、将来のヴィジョンを固め直すのでお忙しいのだろう。大変だよな。頑張って! そしてわたしのことは忘れて!
「最近、皆はなにをやってるの?」
「試験の準備よ」
即答したのはシデロアだ。
あー……試験ね。試験……。試験。
「今回は、皆で相談して突破ってわけにはいかないもんなぁ」
個人技が問われるのだから、ペーパー・テストのときのようにはいかない。……いや、冷静に考えると、ペーパー・テストだって本来は相談して回答したりはしないものだな。あれは例外だったんだ。
つまり、自分をみつめて頑張るしかない! ……無理ぃ。
突っ伏しそうになってしまったが、テーブルの上には料理がたくさん並んでいるので、それもできない。
並べたのは、しれっと復帰したリートである。
無言で食べている……いつものように、肉を飲んでいる。どういう消化器官を搭載しているんだ。
……はっ。まさか生属性魔法で消化力も高めてるとかいわないだろうな? なんか怖い。
「ルルベルは、まだ具体的なことは決まっていないの?」
「うん。まだ全然。今夜は作戦会議しなきゃ」
それとなくリートにいったのだが、伝わっているのだろうか……全力で肉を飲んでるし、こっちを見もしないけど。
「ルルベルくらい珍しい属性なら、使えるというだけで問題はなさそうですけれど」
シデロアの意見を、アリアンがクールに否定した。
「それは甘いわ。聖属性だからこそ、使いこなせなければ困るのよ」
……はい。わかっております。頑張っております。
「ずっと呪文の特訓をしているの? それとも聖属性魔法の方かしら?」
「うーん……やってるのは呪文だけど、目標は魔力制御なのかも」
そう答えると、女子全員が、あー……という顔をした。
そんな顔をされるほどですかね、わたしの魔力制御? ねぇ?
「なのかも、は感心しないわね」
またまたクールに指摘したのは、アリアンだ。
「え」
「目標が曖昧だと、達成できたかどうかも不明になるわ。しっかりなさい、ルルベル」
「はい……」
叱られてしまった。
「そんなに萎れないで。ルルベルの場合、むしろ『なんとなく』の方が性に合っているんじゃないかしら」
シデロア……それは励ましてるの? 貶してるの?
「なんにせよ、魔力制御くらいはできないと、話にならないでしょうね。試験では」
「それはそうね」
伯爵令嬢ズ(複数形)! 厳しい!
「まぁ……少しずつだけど進歩はしてるから……」
「大丈夫よ、ルルベル。なんとかなるわ」
シスコの根拠ない励ましが、愛おしい……。ありがとうシスコ!
「試験って結局、いつになったの?」
「うちの組はまだよ。ジェレンス先生が、いたりいなかったりで……日程が決まっていないのよね。ほかの組は、はじまっているわ。時間がかかるから、一気には終わらないのだけれど」
ひとりずつ審査するからか。なるほどなるほど……。
「ジェレンス先生ってまだそんななの? ちょっと落ち着いたって話じゃなかった?」
「今日は、いらっしゃらなかったわ」
「ジェレンス先生がいないのはともかく、もっと使える代理を寄越してほしいわ」
文句をいったのは、シデロアだ。あら……わりとマジにイラついてそう。
「なにかあったの?」
「なにを質問しても『僕の専門じゃありませんから』なのよ」
思いだしイライラしてるシデロアに代わって、アリアンが説明する。
「資料を読み比べていたら、矛盾する記述があったの。それで、どちらが正しいとされているかを質問しに行ったんだけど、専門じゃないからわからない、で終了。調べるならこうしたらいいとか、そういう示唆もないの。ジェレンス先生だったら、絶対そうはならないでしょう?」
あー……。
ジェレンス先生なら、読みやすいのはソレ、信頼性が高いのはコレ、最新の情報はアレ……と、即座に何冊も挙げてくれそう。専門じゃないから知らん、なんて……あり得ない。
我々生徒は、ジェレンス先生に慣れてしまっているんだな。
「そうね。でもまぁ……わかりもしないことを、知ってる風に教えるよりは……マシ?」
「擁護してあげなくてもいいのよ、ルルベル。教師は教えるのが仕事なんだから」
スパーンと正論をぶっぱなし、アリアンはため息をついた。
「そりゃそうだけど……どうかしたの?」
「ジェレンス先生が有能だと認めるのが嫌なの」
シンプルな悩み! まぁ気もちは……わからんでもない。
全員が微妙な顔をしてるので、こほん、とわたしは咳払いをした。
「ジェレンス先生がどんなに有能でも、許せないことがひとつあるよ」
「……ひとつで済めばいいけど、いってみて?」
シデロア! 正し過ぎる! ……と思いつつ、わたしは真顔で答えた。
「髪をぐしゃぐしゃにするの」
「あー! わかる!」
真っ先に反応したのは、リラだった。
被害者の会、結成だな!
「リラも、やられたことあるのね?」
「ある……一回だけど、それからできるだけ近寄らないようにしてる」
危機意識が高い! リートに褒められそう。
「わたしもあるわ。びっくりしたし、髪を直すのが大変で……午後ずっと爆発したみたいな頭でいなきゃいけなくて、泣きたくなったわ」
これはシスコ。はい、平民組全滅。さすがに伯爵令嬢は平気なのかと思いきや、アリアンが……鼻の上に皺を寄せるという、アリアンにあるまじき顔を……!
「思いだしたくもないわね」
ひぃー。思いだしたくもない話題をふってしまい、失礼しました!
シ……シデロアは?
「わたしは経験ないわね。でも、やってるのを見たことはあるわよ、もちろん。たしかに、どんなに有能でもあれひとつで帳消しよね」
デスヨネー。
「乙女の髪型を崩して許されると思ってるのか、って話ですよ」
「参考文献の紹介くらいでは、割に合わないわね」
「一発で髪が綺麗に戻る魔法ってないのかしら」
「いいわねぇ、呪符で開発したら売れるわよ、絶対」
「髪型を固定するくらいなら、生属性魔法で可能だが?」
ゴチャゴチャ話し合っている女子に、リートが爆弾を落とした。
……ナ、ナンダッテー!
「できるの?」
「髪は生きているからな」
いや、そういう問題なの? そういう問題か。そういう問題だな!
「じゃあ、ウィブル先生にたのめば……どんな髪型も自由自在?」
「あのひとは、保健室で休んだ生徒が起き上がったとき、さりげなく髪を直してるぞ」
ウィブル先生ー!
ウィブル先生の評価が上がった! 爆上がりした!
「知らなかった……わたし、何回も休ませてもらったのに」
「保健室で休むような状態なら、そこまで気が回らなくて当然よ。服の皺だって気になるし」
シスコが励ましてくれたところに、リートがいらん情報を追加した。
「制服の皺は無理だぞ。生きてないからな」
うん、わかった! わかったから、おまえはもう黙れ! 黙って肉を飲んでろ……いや待て、もう肉がないわ。すごいなリート。
呆れ半分感心半分って感じでリートを見ると、視線が合った。
「食い終わったか?」
「え? あ、えーと……」
まだもうちょっとこう、スイーツ的なサムシングが食べたいような気がしないでもないけども?
「終わったなら、研究室に戻るぞ。案件がある」
「案件?」
「聖女の仕事だ」
「なにそれ」
聞いてない……とはいえ、どんな案件でも初耳! からスタートするのは同じだ。
ジェレンス先生にいきなり拉致されるのと比べたら、まぁ……平和な方?
「ルルベル、忙しいのはしかたないけど健康に気をつけてね」
シスコが心配そうなので、わたしは昔懐かしの看板娘スマイルで応じた。
「大丈夫。下町育ちの体力だからね!」
「では、我々は失礼する」
リートが立ち上がるので、スイーツ的なサムシングについては諦めざるを得ない……。
さらば、本日のスイーツよ……なお、本日のスイーツはプリン……どうせ競争率高くて手に入らなかったと諦めよう……うん。




