481 解釈は、君次第です
エルフ校長は良い感じに話をまとめてきたけど。
「あまり育ってる気がしないのですが……」
真情を吐露してもいいよね?
育ってる気、しないもん。技術も、心も!
「育ち終えたら、特訓の必要もなくなりますからね。今はまだ、その必要があるということです」
「はぁ……」
わたしはまた、自分が作成したお花畑を見た。
小さな花がひよひよと風になびいて、とても可愛らしい。
……お花畑つくって、魔王を封印?
それこそ、頭の中がお花畑なんじゃねーのと評されそうだけど、今やってること、まさにそれ。なにか……なにかが間違っているのでは?
「校長先生、特訓の手法ってほかにないです? もっとこう……強そうな感じの」
「生命を育てる以上に強いことがありますか」
むっ。そういわれると……うーん……。
「……産む?」
「無から生命を産み出すことは、魔法ではできませんよ」
錬金術とか、ないのかな。ホムンクルスつくります、みたいなの……。
わたしの考えを読み取ったかのように、エルフ校長は釘を刺した。
「そういう研究をする者も、過去にはいました。ですが、すべて滅びました」
寿命で、って話じゃなさそうだね。
「禁忌なんですね? なぜ禁忌とされるんでしょう」
「作用はかならず反作用をともないますからね。無から生命を生み出すということは、すでに有るものを死に至らしめることに通じます」
……なんか怖そうな話になってきたぞ!
「倫理的によろしくないので、禁止されるということですか?」
「無論、倫理的な問題もあります。研究者はたいがい、生贄を用意することで反作用を吸収しようとしますから」
お、おぅ。ますます怖い話になってきた……。
「それは……」
「生命研究には、後援者がつきやすいのです。権力を得た人間は永生を望みがちで、その選択肢のひとつとして『記憶を継承して若い身体に乗り換える』案を提示されれば、たやすく誘惑されてしまうものですからね」
怖い怖い、怖いって! それ、権力者が生贄も用意してくれるって話だろ!
「せ、先生……そのへんで……」
「そうですね。あまり君に聞かせたい話でもありません。かならず滅びるということだけ、覚えておいてください」
「覚えました!」
そのへんにしてもらった。危なかった。怖い話を聞かされるところだった……。
……そのへんにしてもらったにもかかわらず、頭の中が怖い想像でいっぱいになりそうだよ。生贄って動物? 人間? ひょっとしてエルフ……だって親和性高そうじゃない? 不老不死だし? 研究対象にされそうじゃない?
こわっ! 自分の想像力、こっわ!
「ルルベル」
「ひゃっ……! は、はい!」
変な声が出てしまったが、エルフ校長は気にする素振りも見せずにつづけた。
「魔法は万能ではありません。世界の理を枉げることは、いかなる大魔法をもってしても不可能です。逆に、世界の理に沿う魔法は必然として成立します。わかりますか?」
「えっと……はい?」
「魔王の復活は一種の必然ですが、同時に、その封印も必然なのです。ですから、成るときは成ります。あらゆる経験が、感情の動きが、その魔法の底支えとなるのです。もちろん鍛錬も、けっして無駄にはなりません。かならず、やり遂げることができるでしょう」
わたしの意識は、魔王封印という話題からカッ飛んでしまっていたのだが、そっか……。不安そうなのは、そのせいだと思われたか。
ま、たしかにそれも不安だけどね。なにをどういわれようと、自分にできる気がしないもん。
……でも。
「できる、と信じなきゃいけないんですね」
「僕はもう信じていますよ、君を」
そういって、エルフ校長はわたしの肩に手をかけ、それはもう、流れるような動作で少しだけ引き寄せると――額の上の方、生え際あたりにそっと、くちづけを落とした。
その瞬間、世界をざーっと大波が通り過ぎたような感覚がした。
すべてが清浄なもので洗われて、夾雑物が流されて消え、永遠の真理が、真実の美が、そこに在るということの限りない奇跡が。
ただ、すべてが正しいという感覚に、ぶわっと覆われて。
そして、その波は引いていった。なにごとも、なかったかのように。
ぼんやりと見上げると、エルフ校長はいつにも増して美しく、影のように儚く見えた。
いい匂いがただよい、あたりに光が散っている。それはやがて消えてしまって、わたしの目には映らなくなるのだと、わかっていた。
……なんとなく、わかっていた。
「いつも……校長先生は、こういうものをご覧になっているのですか?」
「君がどう感じたかはわかりませんが、たぶん、そうでしょう」
やさしい声とともに、肩をはなれた手がわたしの頬を撫でる――知らずに流れていた涙がエルフ校長の指先にきらめいて、そして消えた。
「世界って、綺麗なんですね」
思わずつぶやいてしまったけれど、自分でも、その言葉がまったく本質に届いていないことはわかっていた。
なにもかも、わかっていた。
わかっているけど、ぜんぜん届かない。
たぶん――届くことはないのだろう。
エルフ校長は無言だった。
たぶん、エルフはわたしたち人間と違うものを見て、違う音を聞いて、違う理解をしているんだろうな、と思った。今まででいちばん、それを痛感した。
もっとも人間に近い場所で暮らしているエルフ校長でさえ、その差は埋められないのだろう。
「……すみません、貴重な練習時間を無駄にしてしまってますね」
「ルルベル」
「はい」
「君が綺麗だというその世界には、人間も含まれていることを忘れないでください」
目が合うと、エルフ校長は首をかしげて見せた――忘れてたよね? みたいな顔で。
「……そうだと、いいんですけど」
「そうなのですよ。人間も、世界の一部なのです。愚かさも、残酷さも、どんな非道な行為でさえもが一部です。魔王やその眷属も、すべて含めて世界なのですよ」
「それは……世界はそんなに綺麗ではないという意味ですか?」
「解釈は、君次第です」
たしかに今、わたしの頭の中には「ニンゲン……トテモ……愚カ……」みたいなフレーズが回ってたけど。
権力争いで聖属性魔法使いを取り合って殺しちゃった、なんて展開が美しいとは思えないし、人間ってそういうことやる生き物だし、さっきそのへんにしてもらった話だって人間のやることで。
知恵が回るくせに、考えなしっていうか。
そこまで含めて世界ってことで。そんな愚かさまで、ぜんぶ認めてる――それが、世界?
……うーん。
「世界ってものに含まれる『すべて』を認めるのは難しいですけど、なんか……そうなんだな、ってことは思います」
人間であるわたしの視点では無理でも。エルフでさえ、ちょっと難しいんじゃないかと思うことであっても。神様みたいなこう……超越的存在から見たら、すべてが「ヨシ!」ってことだよな。
たぶん、そう。理屈ではわかるけど、実感は難しい。
「そう思えるなら、大丈夫です。なにより、君なら大丈夫だと僕は知っていますから」
「……自分では、実感ないですけど」
「実感が持てるように、もっと練習しましょうね」
結局、そこね! それなのね!
「せめて出力調整くらい、安定してできるようになりたいですね……」
「大丈夫ですよ。この方法で、うまくいきます」
そういって、エルフ校長はまたひとつ、種子を出した。
お花畑作戦は継続中、ってことだ。
「頑張ります」
「では、つづきをやりましょう」
というわけで、またせっせと花畑作成である。
延々やってたら、多少は安定してきた気がするけど……だんだん単純作業化されて、頭の中が暇になるというか、妄想がはかどるというか……。
ホムンクルスに戻っちゃうんだけど。権力者が求める永生、つまり不老不死みたいなものの研究って、やっぱりエルフが欠かせなくない? 今、ほとんどのエルフが人間との接触を絶ってるのって、そのせいでアレやコレやの問題が生じたからでは?
そう考えると、エルフ校長って相当の変人……変エルフなのでは?
……今さらか!




