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479 ファビウスを貶す技術を磨いているようですよ

 ファビウス先輩は、翌朝も姿をあらわさなかった。

 手元にあるのはカードだけ――なんか不安。めっちゃ不安!

 わたしがジェレンス先生に連れ回されてるあいだのファビウス先輩の気もちが、少しわかった気がするわ。

 そりゃね? わたしと違って、ファビウス先輩は一流の魔法使いだよ? 応用力の高い呪符魔法でなんでもできるし、身分も高いし、社交力もある。それでも! ぜんっぜん、安心できない!

 ちょっとどうかと思わなくもない現在地通知&簡易通話機能搭載の魔道具、さっさと開発してもらおう。もちろん、ファビウス先輩にも同じものを所持していただきたいところ。


「……あれっ。リートも戻ってないの?」

「はい」


 ほとんど上の空で朝食をとり、校長室へ向かうところでようやく気がついたわたしは、親衛隊長への気遣いがなさ過ぎる。

 ……いいわけさせてもらうなら、だってリートだもの、に尽きる。気遣いなんか、するだけ無駄……というより、見下されるのが見えてくるよね。俺を心配? 君が? って顔でさぁ……。

 とはいえ、実際に戻ってないとなると、少しは気になるのが人情というもの。


「ナヴァトは知ってるの? リートがどこに行ってるか、とか……目的とか?」

「チェリア嬢関連で、生徒会に入り込んでいることは把握しています。が、詳細の共有はありません」


 君たちは知る必要がないと判断した、と。リート・シミュレーターがそういう台詞を弾きだした。

 ……うん、まぁいいや。リートは心配しなくていい。


「どうしようもないね」

「聖女様が校長先生にご指導を受けてらっしゃるあいだに、探りに行ってきましょうか?」

「やめておこう。リートに『邪魔するな』って睨まれる未来が見えた気がする……」

「そうですね」


 同意されちゃった。つまり、リートという人物の解釈が一致!

 ある意味、わかりやすいんだよね。リートって。


 そんな感じで、我々は校長室へ向かった。

 今日の授業もエルフ流の芸術的などこでもドアで場所を移動し、植物の育成を通じて呪文の訓練。逸脱しないように気をつけるのはもちろんのこと、魔力のコントロールが大きな課題だ。

 ……ま、そんなの一晩寝て起きたら大躍進! なんてことは起きないわけで。


「昨日に比べれば、かなり安定してきている印象はありますね」


 慈愛の笑顔でいわれても、こう……慰められてるだけな気がするよね……。


「あまり実感はないです」

「唱えはじめた時点での魔力量が、適切です。今、三回連続で唱えてもらいましたが、いずれも同じ出力で安定していましたよ」


 昨日はそれもバラバラだった、ってことだな! まぁそうか……。


「それはその……昨日は、いろいろ試してみてましたから」

「はい。ですが、試した結果、今日はこの量で行くと決めたらその通りにできている。進歩でしょう」

「そう……ですか?」

「そうですよ」


 では次、と指示されるがままに、わたしは呪文を唱えはじめた。

 昨日の件で懲りたので、今日育てているのは草花だ。つまり、聖属性のお花畑ができるわけだけど、聖属性の林よりは目立たないはず。

 場所は、やはりエルフの里の跡地らしい。……エルフ、昔はいろんなとこに住んでたんだなぁって思う。


「いいですね。もっと魔力の維持に集中しましょう」


 出力に意識を向けると、呪文に没入できなくなり、音としては正しくても効果が十全に得られなかったりするのだが。

 それでも、エルフ校長は出力調整を重んじるようにと指示する。


「先生……なにも育ってないです、今回の花」

「呪文が力を発揮しなかったようですね」

「魔力の制御に注意を向けると、呪文の世界に入れないんですよね……」

「慣れです」


 ……まぁ、そうなんだろうけども!


「できるように、なるんでしょうか」

「魔力を無意識に制御できるようになるのが、理想ですね」

「無意識に……」

「唱えはじめたところで、どれくらいの魔力量かを定義してやれば、そのまま維持することは難しくないはずですよ」


 ……それが! できないんですがッ!

 わたしの顔から心中を察したのだろう。エルフ校長は、困ったように微笑んだ。


「できないと、思い込んでいるのではないですか?」

「……だって」


 実際、できてないんだもん!


「ルルベル、魔法は想像力です。かくあれかしと望む心が、その支えになるのですよ。難しくてできない、自分には無理――そうした思い込みこそが、最大の障害なのです」

「……はい」


 わたしはできる子、やればできる子、やってやんよ!

 ……と思って臨んだ次の回は、出力超過となった。うん、やる気が魔力量に直結したね!

 できませんよ、という顔で見上げたわたしに、エルフ校長はやっぱり慈愛の笑みで。


「今のは魔力量が多かったですね。維持できなくて幸いでした。魔力切れを起こしたくはないでしょう」

「はい」

「では次、行きましょうか」


 笑顔は慈愛だけど、けっこう厳しいよね!

 という感じで、お昼まで特訓。昼食は、教職員席でナヴァト忍者と三人でいただいた。


「ファビウス様がどうして留守になさったか、校長先生はご存じですか?」


 ようやく訊くタイミングが生じたので、無駄と思いつつ質問してみたものの。案の定、エルフ校長は首をかしげて答えた。


「さあ? 僕は知りませんね」


 シンプルなご回答、ありがとうございます!

 ……はぁ。心配。漠然と心配。

 心配するだけ無駄なリートの方も、一応、訊いておこう。


「リートがなにをしているかは?」


 エルフ校長は、さらさらと答えた。


「チェリア嬢に取り入っています。最近は、ファビウスを貶す技術を磨いているようですよ」

「貶す……」

「婚約相手として不適切だ、と刷り込んでいるんですよ。もっとマシな男がいくらでもいるとね。ファビウスは、おのれの才を過信するあまり怪しい商売に手を出し、それが原因で東国セレンダーラの王族からはずされ、現在は王位継承権を失った状態。それでも引っ込みがつかず、今は聖女を取り込むことで自身の権威を維持しようとしている……といった論法です」

「ハァ?」


 思わずドスの効いたハァを発してしまった。

 はい、皆さんご一緒に。もう一回。せぇの!


「ハァァア?」

「リートは口がうまいですからね。チェリア嬢はもう、すっかり信じ込んでいます」


 チェリア! おまえのファビウス先輩への憧れは、その程度か! そこへ直れ、成敗してくれる!

 ……いや、何年も前の命の恩人、しかも勘違いの相手への憧れなんて、リートの口先三寸でどうとでもなるとは思うけども。だけどもさぁ! 婚約まで申し入れておいて、手のひらクルッとするの早くない?


「校長先生の、ご指示ですか?」

「僕はそこまで気が回りませんよ。おそらく、ファビウスでしょう」


 アッ……。ハイ、そういうことですか。

 ちょっと僕を貶してきてよと気軽に命令するファビウス先輩も、イキイキと命令を実行するリートも、容易に思い浮かぶわ……。


「詳しくご存じなので、てっきり」

「ああ、なるほど。関係ないですよ。校内は僕の領域ですからね。ある程度のことは、把握しています」


 エルフ怖い。


「リートは生徒会にも取り入ってるみたいなことを、ちらっと聞いたんですけど」

「生徒会は現在、再編成中ですから。ウフィネージュ殿下が、使えないと判断した生徒の切り捨てにかかっているので」


 あー。例の雑なイカサマのせいで!

 自分には無縁の世界だと思って気にしてなかったけど、生徒会って将来の幹部候補というか、王国の経営にたずさわることを期待される人材による、小さな政府シミュレーターみたいなもの……なんだろうね?

 となると、ウフィネージュ殿下は将来設計を考え直す必要に迫られてるって感じかな。


「ご本人が優秀過ぎるのも、きっと大変なんですね」

「なぜそう思うのですか?」

「自分と比較してしまうからです。わたしは、優秀じゃないから……皆さんに助けていただいて、なんとかやってるって感じですけど。ウフィネージュ殿下は違うんだな、って」


 わたしの方は、こいつ放っておくとヤバいって皆が思った結果、補佐されまくってるんじゃないかな。

 でも、ウフィネージュ殿下はご自身が優秀だから、そういうタイプの人間は寄って来ないし、殿下だって見向きもしないだろう。互いに必要がないんだ。

 もちろん、デキる人物の補佐をしたい! ってタイプの優秀な人材も、世の中にはいるはずだ。いるはずだけど……現段階ではウフィネージュ殿下のもとに馳せ参じてはいないか、あるいは見過ごされてるかってことなんだろうな。

 そんなことを考えているわたしを、エルフ校長は、じっとみつめて。


「そうですね。君と殿下は、あまり似ていないといえるでしょう」


 今さら気がついた、みたいに当然の結論をいうから、わたしはちょっと笑ってしまった。


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