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478 もうずっと……眺めてらっしゃる

 なんとなく落ち込んでしまったわけで、こんな状態、いつものファビウス先輩なら気がついただろうけど……なんと、ファビウス先輩は留守だった。


「メッセージがあります」


 ナヴァト忍者が目敏く発見し、封筒をあらため――封はされていない――わたしに問う。


「中身を出しても?」

「あ、うん」


 危険がないかを確認したいようだ。ファビウス先輩の研究室の中に置いてある封筒に罠が仕掛けられてたら、それはもう世も末っていうか、打つ手なしって感じだけどな!

 引っ張り出した二つ折りのカードを手の中でくるっくるっとひっくり返し、ナヴァト忍者は満足したらしい。差し出されたそのカードを開いて、わたしは眉根を寄せた。


「シェリリア殿下に会いに行くから、今夜は戻らないかも……? ですって」


 こんな夜分に? いや、出かけたのはもっと前かもだけど、それはそれ。今夜は戻らないかもって書くくらいだから、時間がかかる用件なんだろう。

 ……それなに?


「どう思う?」

「珍しいですね」


 ナヴァト忍者の感想は、うなずけるものだった。うんそう、珍しい。

 なりゆきで同居することになってから、ファビウス先輩はほとんど留守にしたことがない。たぶん、責任を感じてくださっているんだろう。守らなきゃいけないとか、そういうの。

 ……と、いうことは、だよ?

 その責任感をねじ伏せるなにかが生じたってことじゃない?


「いったい、なにがあったんだろう。シェリリア殿下って、最近なになさってるのかな?」


 最近もなにも、高貴な人々がなにをしてるのか、なんて考えたことないけどな……。

 あーいかん、これもアレだな。無自覚に、差別的な世界観に馴染んじゃってるやつだ……なんて、さっきの会話を思いだしてしまう。


「詳しいことは存じ上げません。離宮に引きこもられて以来、王家の行事に顔を出されることはないと聞いています。……外国からの賓客をもてなされることは、たまにあるようです」


 外国? ファビウス先輩が呼び出されるなら、東国セレンダーラから誰か来てる、とか?

 いや、来客対応と決まったわけでもないしと思いながら、わたしはカードに視線を落とす。何回見ても、残されたメッセージはシンプルそのもの――シェリリア殿下に会いに行ってくる。今夜は戻らないかもしれないので、気にせず休んで。

 ファビウス、という署名には勢いがあった。たぶん、急いで書いたんだろう。


「うん。考えても、しかたないね。ちょっと疲れたからお茶とお菓子でもいただこうかな。ナヴァトもどう? 甘いの嫌いじゃなかったよね?」

「大丈夫です」

「じゃ、良いお菓子があるはずなんだ。ちょっと待ってね」

「お茶なら、俺が淹れましょうか」

「えっ」


 一瞬、動きが止まってしまった。

 ナヴァト忍者って、そういうのできるタイプなの? 我が家の男どもは、女性がいたら給仕は女性の役目って態度だったけど……そういえばファビウス先輩はお茶淹れてくれる方だな。わたしがやりたがるから、基本はまかせてくれるだけで。


「新兵の役目でしたので、自信があります」

「あ、騎士団で鍛えられたの?」

「はい。先輩に厳しく仕込まれました」


 なるほど……騎士団は男所帯だからか。そういう役割も、誰かが担当するわけね。


「自信があるなら、淹れてもらおうかな?」

「はい、承りました。中庭にお持ちしますか?」

「わたしも給湯室に行くよ。お菓子を出さないと。しまってあるのよ、美味しいやつ」


 というわけで、我々は協力してお茶を淹れたりお菓子を準備したりして、結局、そのまま給湯室でいただくことになった。給湯室には椅子もあるし、広いテーブルもあるから、もうここでいいよねって。

 なんかこう……自分でもどうかと思うんだけど、中庭はさ。とっておきたいわけ。ファビウス先輩との場所、って感じでさ……。


「……うん、お茶美味しい! 自信持っていいよ。あ、もう持ってるんだっけ、自信」

「はい」


 ……変に遠慮しない! いいぞ、そういうの!


「ナヴァトはさ……どう思う?」


 少し考えてから、ナヴァト忍者は問い返した。


「校長先生のお話について、でしょうか? それとも、ファビウス様のお留守についてですか」

「校長先生の方」

「つまり……急激な変革は激烈な反動をもたらす、というお話について?」

「うん」


 ナヴァト忍者は、手にしてたいお菓子――ドラジェみたいなやつ、っていえば通じるかな? いろんな色で、すっごく可愛いの!――を難しい顔でみつめた。


「校長先生のお立場ですと、そういうこともあるかと思います」

「立場?」

「ずっとその……ご自身がおっしゃるように、傍観者として人間の歴史を眺めてらしたのですよね? この国に深くかかわるようになられる以前からか、それとも建国後かはわかりませんが」

「……なんとなくだけど」

「はい」

「建国前から、じゃないかと思うんだよね。人間に興味を持っていないと、人間の魔法使いと組んで魔王封印に関与するなんて……しなくない?」

「俺も、そう思います。ですから、もうずっと……眺めてらっしゃるんだろうと」

「うん」


 わたしたちは、黙ってしまう。

 その沈黙を破ったのは、やっぱりナヴァト忍者で。


「校長先生は、高い見識をそなえておいでです。人間ではないからこそ、人間の歴史を冷静に観察し、分析することがおできになると思います。ですから、校長先生のご意見に間違いはないのだろう、とも。少なくとも、時間の経過での変化については、我々人間では及ぶことのできない境地に達しておいででしょうし」


 ですが、とナヴァト忍者は低くつぶやいた。


「それでは間に合わない、と。ご令嬢がたがおっしゃるのも、わかります。シデロア嬢のご婚約、アリアン嬢をはじめとする女子学生皆様のご就職。いずれも、間に合わないと表現するしかないでしょう。俺は男なので、皆様のお悩みにどれだけ寄り添えるかは、わからないのですが。そこに含まれた切迫感や絶望、諦めもまた――ある種の反動を蓄積しているのではないでしょうか」

「……今の社会への?」


 ナヴァト忍者は、うなずいた。


「今の社会が女性の進出を阻んでいるなんて、俺は考えたこともなかったです。ですが……その、聖女様がお聞きになることは、どうしても俺も聞くことになってしまう場合が多いので。盗み聞きをしているわけではないとはいえ、正当な立場で聞いているとも思えず、心苦しいのですが」

「正当だよ。だってナヴァトは正式な、聖女の親衛隊員なんだから」

「……ありがとうございます。とにかくその、今の社会がいびつであるならば、抑圧によって、反動を起こすための力は着々と貯まっているでしょう。校長先生も、それはわかっておいでのはずです。その上で、あのようなことを――どうせ変化は起きてしまうとおっしゃるのは、もしかするとですが、遠からず変化が起き得るという予兆を感じておいでなのかも、と。俺はそう思いました」


 ……思った以上にガチの返事が来ちゃったよ。

 え、近いうちに変化が起きちゃうの? そんな気がするから、エルフ校長はそれに言及したの?

 いわれてみたら、ありそうだなって思うけど。


「でもさ。校長先生にとっての『遠からず』って、どれくらいだと思う?」


 ナヴァト忍者は、真面目な顔で答えた。


「わかりません。俺たちが思うより、ずっと遠い未来のことかもしれませんね」

「……だよね」

「ですが、俺たち人間との時間感覚の乖離かいりについても、校長先生はよくご存じでしょうから……。俺たちにとっても、そう遠くない未来なのかもしれません」


 わたしは黙ってお菓子をつまんだ。綺麗な桃色――ファビウス先輩がわたしの魔法を染色するときの、あの色を連想する。

 幸せそうな色。


「あるいは、さ」

「はい?」

「やってみろ、っていわれてるのかもしれない」


 今度の沈黙は、長かった。

 わたしが幸せ色のお菓子を口に入れ、よく味わい、飲み込んで、ティーカップを持ち上げるところまでかかった。


「聖女様は、どうなさるおつもりですか?」

「……わからないよ。なにをすればいいのかも、なんにも、わからない。ただ――」


 これまでも、何回か思ったことはある。


「――聖女って、職業ではあるわけじゃない? 社会的な地位も高いしね。だから、利用されるだけじゃなく、うまくこう……女性だって活躍できるって証明したいな、とは思ってる。変化に寄与したいな、って。でもそれも、具体的にどうすればいいのかは謎って感じ。ただ魔王を封印するだけじゃ、駄目な気がするんだよね」


 わたしの言葉に、ナヴァト忍者は笑みをこぼした。


「魔王を封印するだけでも、大仕事だと思います」

「それはもちろん、そうだけど!」

「でも、なにがどうなってもきっと、校長先生は聖女様の味方です。もちろん、俺も」

「……うん。ありがとう」


 不出来な聖女だけど、頑張るよ。


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