475 エルフ校長と比べたら全員むっちゃくちゃ若い
その日の夕食は、食堂の学生ゾーンでとることになった。
それはまぁ……いいんだけど。
「ここで食事をするのは、はじめてかもしれないですね」
エルフ校長がいるんだよね! 保護者として!
なんでも、ファビウス先輩にたのまれたそうである……いや、だったら教職員ゾーンに連れてってくれん? 軽率に、はじめてを消費しないでくれない?
むちゃくちゃ注目されてるぞ!
ファビウス先輩と同席することで慣れたと思ってたけど、無理無理無理! こんなに視線を集めた状態で平気でいるなんて、無理!
いやぁ、前世のアイドルのひととか凄かったんだね。ミュージシャンとかさ。俳優さんとか? たぶん、そういう方面の才能がいるわー。見られるのが平気な才能っていうか。
わたしには存在しない才能だよ……べつに、ほしくもないけどさ。
どれくらい注目されてるかっていうと、ほぼ全員が口ぽかんでこっちを見てるし、たまに「あれ誰?」という声が聞こえてくるレベル。
誰? って……。君らが通ってる学園の校長先生だけども? 知らんの? エルフ校長、印象薄いの?
……いや、露出が少ないのか!
そういやそうだわ。一般生徒の前への登場シーン、ほとんどないわ。
こんなに会ってる生徒、わたしプラス親衛隊くらいじゃない? ……おそるべき特別扱い!
「なにか、お勧めのものはありますか?」
「ちょ……」
「ちょ?」
いかん、緊張して声が裏返ってしまった。そのみっともない声を、ここに居合わせた全生徒が聞いてると思うと、なんかこう……うわぁん、もうお家帰る!
「腸詰めと野菜の煮物が、今の季節は美味しく感じます。身体があたたまって」
たしか、エルフ校長もけっこう腸詰めが好きだった気がする。
ていうか、お酒のお供なのよね……。
「それは魅力的ですね。ワインと合わせたくなります」
ほらやっぱり!
魔法使いは肝臓がだいじなんだぞ! ……エルフは特別枠だったりするのかな。
「ここは生徒用の食堂ですから、お酒は出ないかと。校長先生がお願い……いえ、お命じ? になれば、別かもしれませんが」
さりげなく、校長先生という言葉を入れておく。これで、あれ誰などとぬかしていた生徒にも、この謎美形が何者かわかるだろう。
「ああ、そうですね。では、僕も生徒たちと同じものを食べましょう」
こうして料理を選ぶのも、なかなか楽しいですね――なんて微笑むエルフ校長に、わたしもなんとか微笑み返す。
このエルフを連れていつもの席に着くのは申しわけない気もするが、そこはもう聖女と友だちになったんだからってことで、諦めてもらいたい。ごめん。
皆がいるテーブルに向かうと、リラが座ったまま後ずさろうとして、椅子ごとひっくり返りそうになった。
それを救ったのは、元凶でもあるエルフ校長。ある意味マッチポンプ? 自作自演? まぁとにかく、なんの予備動作もなく、床から生えてきた植物がリラの椅子をしっかり支え、ぐぐぐっと元の位置に押し戻したので、リラは衆人環視のもと椅子ごとひっくり返るなどという醜態を晒さずに済んだ……けど。
……いや、食堂の椅子が急に芸術的な植物装飾つきになっちゃったよ? 蝶々とか飛びはじめたけど……?
リラの目が、これ以上見開くのは人体の構造上無理だろ、ってレベルで極大に達している。
その隣でシスコも困惑してるし、アリアンは無表情だけど、彼女なりにおどろいてそう。シデロアは――わたしをじっと見て、圧をかけてきた。
なに? わたし、なにかした? ……エルフ校長を連れてきたな。
……ああ! 紹介! 紹介ね! 紹介!
「こんばんは。えっと……校長先生も、ご一緒してくださるそうよ」
我ながら、こんな会話で大丈夫か感がすごかったが、そこはシデロアが社交力でキャッチ。
「まぁ、光栄ですわ。皆様、少し席をお詰めになって……それとも、もう少し大きい卓に移動した方がいいかしら?」
「ここで結構ですよ」
エルフ校長の微笑みに、全員がちょっと現世から解脱しかけているあいだに、ナヴァト忍者が椅子を調達してきてくれた。
ありがたく座りかけたわたしに、シデロアからの圧、ふたたび。
……ああ! そうね紹介ね! 紹介のつづきね!
「校長先生、皆様をご紹介しても?」
「その必要はありませんよ。全員わかりますから」
内心ドン引きしたのは、わたしだけだったかもしれない。ほかのメンバーは、話について行けてないって顔をしてた。
「そ……れは、光栄ですわ」
さすがのシデロアも、語彙が貧困になっている。あとで悔しくなるやつだろうな……。
「シスコ嬢。渦属性は希少で、きわめて扱いづらい。入学当初と比較すると、最近は操作の精度がかなり上がったと聞いています。コツを掴めば、一気に進みますよ。諦めず、努力をつづけるといいでしょう」
シスコが口をぽかんと開け、あわてて閉じた。
そりゃそうだろう……滅多に会わない校長先生が、学習の進捗まで把握してるんだから。
正直、わたしも口ぽかんだよ。同じく、あわてて閉じたけど。
「ありがとうございます、頑張ります」
なんとか返事をしたシスコに、エルフ校長はうなずいて。次は、リルリラに向き直った。
「リルリラ嬢。君は最近の入学ですね? まだ慣れていないことも多いでしょうが、君の素質は確かなものです。環境に惑わされず、自身の力を信じなさい。それで、かならず上達します」
「は……はい」
リラは、頑張って返事をした。ふたりめだから、心の準備が少しはあったのだろう。それにしても、あのリラだもの! 素晴らしい頑張り!
頑張ったね、という想いをこめてリラを見たけど、リラはエルフ校長に見惚れていて気づかなかった。
まぁ……見惚れる気もちはわかる。このへんイケメン率高いけど、エルフ校長ってちょっと……いやかなり、タイプが違うもん。
「アリアン嬢。君は最近、副属性が使えるようになったそうですね? 主属性とは違い、慣れない副属性の扱いには、戸惑い、時には苛立つこともあるでしょう。それは遅れて副属性が芽生えた者なら誰しもが通る道です。倦まずに努力をつづければ、属性は身に馴染み、君の手足や思念を延長するものとなりますよ。すぐに癇癪を起こさないように。平常心がたいせつです」
「ありがとうございます、先生」
アリアンは、クールだった。さすがアリアン。
「そして、シデロア嬢。君は、もう少し魔法に興味を持った方がいいですね。僕の立場からいわせてもらうと、才能を認めて学園に迎え入れた生徒が魔法を諦めてしまうのは、残念きわまりないことですから」
こ……これは、地雷を踏んだのでは?
わたしはシデロアを見た。彼女は――いつも通り、完璧な伯爵令嬢スマイルの仮面をかぶっていた。
もはや、あっぱれとしか表現しようがない。
「お気にかけてくださり、ありがとう存じます。先生のご指摘を胸に刻み、今後の学生生活を無駄にせぬよう努力します」
エルフ校長は、寂しげに微笑んだ。
「そう。是非、そうしてください」
この返し、おまえの発言は上っ面だけで、本気じゃないってわかってんだぞ? ……って意図が伝わるの、怖い。なんかこう……表面上はおだやかな言葉なのに、本質はそうじゃないし、それを隠そうとしてないっていうか?
え、なにこれ。貴族話法じゃん。エルフ校長、こんな芸当もできるの?
……はっ。アレか。ハルちゃん様仕込みか!
プレッシャーに耐えられなくなったわたしは、話のつながりもなにも無視して叫んだ。
「お腹が空いたので、いただいてもいいですか!」
「もちろんです。僕が待たせてしまいましたね。申しわけない」
「いえいえ、そんなとんでもない。わたしが不躾で不作法なだけです」
「若いのですから、きちんと食べるのも仕事のうちですよ」
そりゃ、エルフ校長と比べたら全員むっちゃくちゃ若いと思いますが……。
いやいや、そんなのどうでもいい。ほら、食事をはじめなきゃ! いちばんエルフ校長に慣れてるわたしが、率先してそういう姿勢を見せなきゃね。
「では、いただきます。ほら、皆も!」
といった感じではじまった夕食、エルフ校長が意外な会話力を発揮して、もうほんと……びっくりだよ。
話題は最近の魔法の流行――そう、魔法にも流行というか傾向というか、そういうものがあるのだ――からはじまって、就職状況、採用される場の話に至る。
「女子生徒の卒業後の進路についても、以前よりは世話ができるようになりました。ですが、まだ理想にはほど遠いですね」
「そうなんですね」
無難に相槌を打ったのは、わたし。……だけど、どうしても考えざるを得ない――その「以前」って、何百年前ですか?
「失礼を承知で申し上げますが、先生。女子の進路として、具体的にはどのようなものがありますか?」
質問したのはアリアンだ。口調はクール……だけど、眼が本気。本気と書いてマジと読むやつだ!




