474 エルフ的な、ものの感じかたなんだと思う
「樹が秘めていた成長への貪欲さが、呪文に反応したのだろうと思います。癒しと生育は要素として近いですからね。ですから、あの種子を利用すればよいのです。君は、逸脱しないことを心がけてください」
「逸脱しないと、誓約がうまく効果を上げているかを確認できなくないですか?」
不思議に思って尋ねると、エルフ校長は穏やかな声でわたしを諭した。
「逸脱しないように呪文を唱えることさえできれば、誓約など不要なのですよ」
はい……。
というわけで、我々は校長室から謎空間へ移動した。謎空間っていうのは……校長室から隣の部屋につづくドアを開けたら、どこかわからない場所に通じていた、という意味だ。
やわらかな苔が敷き詰められた地面に、どこまでもつづく樹々。見渡す限り、緑!
……どこ、ここ?
「ここなら問題ないでしょう」
「どこなんですか?」
「かつてエルフの里があった場所のひとつです」
えっ。そういう重ためのエピソードがある場所に連れて来こないでくれませんか?
「かつて、って……」
「大暗黒期より前ですよ。もう人間は誰も覚えていないでしょう。ただ、今でもわずかながら、エルフの魔力の残滓を感じることができますからね。聖属性の樹が急に生えても、環境に馴染みます」
「ということは、数日で枯れたりしないということですか?」
「今回使う種子は、そういう調整をしてあります」
なるほど。
つまり、ここでなら聖属性の樹がニョキっと成長したからといって、そのへん飛んでた飛竜が集まっちゃったりしない、ってことね。
納得するわたしの横で、エルフ校長はあたりを見渡している。種子を植えるのに都合がいい場所を探しているらしい。
わたしはわたしで、そっちはまかせて後ろを確認した。だってほら……ドアがどうなったのか、気になるじゃない?
くぐってきたばかりのドアは、そのままそこに存在していた。大自然の中に突如として出現したドア……すっごいシュール……なまじ校長室の超絶技巧芸術建具だから、なんでこんなところに? 感がすごい。
「植物と馴染んでるようでいて、馴染んでないな……」
「なんの話ですか?」
思わずつぶやいた言葉が、エルフ校長の耳に入ったらしい。
「ああ、意味はないです。ただその……そこにドアがあるのが不思議な気分で」
「ドアがないと戻れなくなってしまいますよ?」
「ドアがあって良かったです!」
そのあと、エルフ校長が決めた場所に種子を埋め、わたしが呪文を唱える儀、となった。
正確に。正確に。正確に!
「少し、魔力のこめかたが過剰ですね。呪文を唱えるのに精一杯で、どれくらいの力を使うかの制御が、まるでできていないように見えます」
「おっしゃる通りです……」
講評のあと、第二回・呪文を唱える儀、開催!
「音がぶれています。序盤は抑圧されて魔力不足、終盤は制御が効かなくなって魔力過多と、魔力供給も均一にできていません」
「はい……」
第三回。
第四回。
第五回。
……植林祭か!
って勢いで、種子を植えては呪文、種子を植えては呪文。
もう何本育てたかわからなくなったあたりで、エルフ校長が祭りの終わりを宣言した。
「今日は、ここまでにしましょう。まるで制御できなくなってきましたからね」
「はい、ありがとうございます」
思わず感謝の言葉が漏れてしまう……いや疲れた。疲れ果てた。
気疲れ、ってやつである。
魔力量には、まだゆとりがあると思うけど……繊細な魔力制御を意識しつつ呪文を唱えるのが、こんなに難しいとは!
ていうか。
「手応えはありますか?」
「……今までのわたしって、全力で唱えていただけだったことを理解しました」
脳内リートが、君は魔法使いと呼ぶにたらんな、という顔でこっちを見てる気がするよね。
悔しいけど、実際そうなんだと思う。
魔力玉くらいシンプルなものなら、これくらいの魔力量ってイメージして捏ねられるんだけど……呪文って、呪文の世界に入り込むというか、自意識、あるいは自我? そういうものが希薄な状態で扱うから。
自分の意志ってやつが、薄くなっちゃうんだよな。
当然、魔力の制御ってなんですか状態にもなるわけで。それを改善するのが、今回の特訓の意義のひとつなんだろう。
たぶん、呪文に限らない話だ。
今までのわたしは、魔力制御を雑に考えていた。全力ぶっぱくらいしかできないよ、となんの反省もなく主張するくらいだ。
そこは「できないよ」じゃないのである。できるようになるべきなのだ。
「わかったなら、なによりです」
エルフ校長は慈愛の笑みを浮かべて、わたしを見下ろしている。
なんかこう……今までと教えかたが違うよなぁ。
「あの、すごく為になりました。ありがとうございます」
今度のお礼は、しんどい作業が終わったからじゃなくて。
教えてもらったことへの、感謝の気もちだった。
「僕じゃありませんよ」
「え?」
「ハルです。君が抱えている問題点を見抜き、指導の方向性を示してくれました」
お、おぅ……。ハルちゃん様か。
「ハル様は、教えるのもお上手なんですね?」
「そうですね。僕も、さまざまなことを教わりました。人間社会でのふるまいかた、味方の作りかた。権力闘争の見抜きかた、相手が自分の考えだと誤解するような思考誘導――」
ハ……ハルちゃん様? なに教えてくださってんの?
いや、エルフ校長には必要なことだったんだろうけども!
「――ハルがいろいろ教えてくれていなければ、僕も早々に人間のあいだで暮らすことを諦めていたかもしれません」
感慨深げにつぶやくエルフ校長は、いつもより少しだけ若々しく見えた。
当時のことを、思いだしているのかもしれない。だって、忘れないんだもんな。
わたしは、たまに考える。
長命種であるエルフ校長が人間社会に留まりつづけるのって、どんな気分なんだろう……って。
ほぼ確実に自分より早く死ぬ人間たちを、それでも愛し、見守りつづけるのって――たとえていうなら、わたしたち人間がペットを飼ったり、野生動物を保護したりするのと近い感覚なんだろうか?
……だとしても、あまりに外見が近過ぎる。
自身と相似形の生きものたちが次々と死んでいくのを、エルフ校長はどうやって耐えているんだろう。
「ハル様は、校長先生の親友なんですね」
やっぱり、ハルちゃん様の存在が大きいんだろうなぁ。
時空を超えることで擬似的な長命を維持し、エルフ校長が呼び出せば応え、時には相談にも乗ってあげて。
そう思うと、なんでか胸がキュッとしてしまった。
「……そうですね」
「ハルちゃん様がいてくださって、よかったです」
「ええ、僕もそう思います」
そのまま、わたしたちはしばし無言でその場に立っていた。
立っていたというより、場の空気に同化していた、みたいな感覚かもしれない。
それは、呪文を唱えることで自我が希薄になる感覚と似てはいたけど、完全に非なるもので。あちら側に行ってしまうのではなく、こちら側に留まったまま、ただ自他の境界が限りなく曖昧になっていくようだった。
わたしはそこに植えられた種子であり、地面を覆う苔であり、その下に堆積する豊穣な土であり、あるいは木々の梢を揺らす風であり、はらりと舞い落ちる木の葉であった。
遠い伏流水の気配も、かなたで集まる雷雲も。すべてが認められていて、許されていて、完璧だと感じた。
たぶん、これは――エルフ的な、ものの感じかたなんだと思う。
「帰りましょう、ルルベル。少し冷えてきました」
「……そうですね」
ドアをくぐりながら、エルフ校長は薄く笑む。
「明日は、樹以外の植物で試してみましょう」
「はい。……樹はちょっと、まずいかもしれませんね」
「頑張り過ぎましたね、僕たち」
笑顔で見交わすわたしたちの背後には、聖属性の気配が濃い木立が出現している。
いやマジで何本あるの、これ。
あきらかに……やり過ぎたね! いくら場に馴染むといっても、過剰だよ!
ぼちぼち更新がつづいております。なかなか書ききれず……。
FANBOX の方に、全体公開で旅行記など載せておりますので、よろしければ!
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