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473 痛いのを避ける方法は……?

 とはいえ。

 ……とはいえ、ですよ?


「それで、その……どうなんですか?」

「うん?」

「ほら、あれです。婚約の……」

「圧倒的な信頼とやらは、どこかに消えちゃったの?」


 そう返されては、口をつぐまざるを得ない……。

 でもだって! そっちから話をふったのに!


「ファビウス様は……たまに、意地悪です」

「たまに、ね?」


 そういって、ファビウス先輩はわたしの耳に顔を寄せ、ささやいた。


「僕は君には甘いから。君以外には、もっと意地が悪いんだよ?」


 ……べつに大した内容では! ないと思うんだけど!

 この距離感ヤバいヤバいヤバい、なんか顔が熱くなるヤバい! わざとでしょ!


「また意地悪です」

「うん、たまにはね?」


 楽しげに笑って、ファビウス先輩は姿勢を戻した。わたしの手を握る力を強め、言葉をつづける。


「大丈夫、なんとかするから」


 たのもしいけど、ちょっと切り捨てられた気もする……。関係ない、って突き放されたみたいな。

 ファビウス先輩なんだから、まかせて安心! なのは当然だけど。

 関係なくはないよね? ここで距離をとられるの、なんか違う。


「……心配くらいは、させてください」


 気もちって、表現するの難しいな。

 心配したいわけじゃないし、実質あんまり心配してない気もするけど……ほかに、うまくいえない。

 ていうか、ファビウス先輩の返事がない?

 不安になって顔を上げると、わたしの隣で、ファビウス先輩は片手で顔を覆っていた。


「ファビウス様?」

「……うん、ごめん、ちょっと意地悪し過ぎた」

「そうですか?」

「ルルベル、そんなに可愛くて大丈夫?」

「はい?」

「パン屋ではたらいてたんだよね? お客さんに惚れられなかった? ほら、僕が撃退したあの男みたいな……」


 ああ、あの湿度の高い客ね。久しぶりに思いだしたな!


「あんなにしつこいのは、あのひとだけでしたよ」

「……やっぱり、あいつ以外にもいるんだね」


 いやそりゃ客商売ですし……食事でもどう? くらいのお誘いは頻繁にあった。でもさ、やだもうわたし十人前くらい食べますよぉ! お財布が痩せ細っちゃいますよ! うちのパンを買うお金を残しておいてもらわないとー……みたいな感じで回避してたし。お客さんの側も、ただの言葉遊びみたいなものだったと思う。

 思うけど、ファビウス先輩にそう説明しても、信じてもらえなさそう。


「お客さんと店員の会話ですよ。その場でぱぱっとやりとりして、流れ去って消えるだけのものです。王家からの婚約の申し入れみたいな、重たいものと比較しないでください」


 少し考えてから、ファビウス先輩は小さく息を吐いた。


「……君って、自分への好意を低めに見積もるから」

「そうでもないと思いますけど」

「まぁ、『お客さん』たちの誰が来ても譲らないけどね。妙なことがあったら、すぐ知らせて」

「はい」


 そう返事をしたのは、ファビウス先輩を安心させるためである。

 だってさー、来るわけないもん。かつてのお客さんて、下町のド平民よ? 王立魔法学園にふらっと訪れるなんて、あり得ない。皆、門の前で挙動不審になるのがオチだよ。

 強いていえば、うっかりウフィネージュ殿下の馬車に拾われる可能性が若干あるくらい? でも、それも固辞して逃げ帰りそう!


「ナヴァトも、たのんだよ」

「無論です」


 そのあとは他愛のない話をして、結局、婚約関連の話がどうなってるかを確認しそびれたのに気づいたのは、校長室の扉を閉めてからだった……。

 ああー! ごまかされた! もう!


「ルルベル?」


 ドアの前から動かないわたしを心配したエルフ校長に声をかけられ、今はこっちだな、と気もちを切り替える。


「校長先生、あらためて……ご指導、よろしくお願いします!」


 ビシッとお辞儀してから姿勢を戻すと、エルフ校長は鷹揚おうようにうなずいた。


「こちらこそ。ではルルベル、座って」


 椅子を示され、わたしは素直に移動した。

 この、すべてが芸術品の校長室にも、ずいぶん慣れたな……と思いつつ。


「あちら側へ、うっかり踏み入らないための予防策なのですが」


 いきなり本題来たな!


「はい」

「まずは、呪文を崩さないことから徹底しましょう」


 そうね……崩しちゃ駄目だといわれてたのに、ほとんど無意識に、無自覚に、無反省に! やってたもんなぁ。


「わかりました」

「その方法についてですが」


 いろいろ考えたのですが――とつぶやきながら、エルフ校長は窓際のデスクから一枚の紙をとり、わたしの前にある低いテーブルの上に載せた。

 この……形は……?


「呪符ですか?」

「ええ。崩してはいけないという知識があっても、君の中のなにかが勝手に崩してしまう。呪文の先へ進んでしまう――そういう状態だろうと僕は認識しています。違いますか?」

「……たぶん、合ってます」


 呪文を崩そうとして崩すわけじゃない。こうつづけるのが、こう展開するのが適切な気がするから。身の内から、なにかそういう感覚があふれて――それで、やってしまうのだ。


「理性で抑制するのは困難と考えるべきでしょう。そこで、その理性を外部から刺激する策をとろうと思います。我に返らせる作戦ですね」

「この呪符で……ですか? 誓約みたいに見えるんですけど」


 魔性先輩の命が軽い扱いの誓約の呪符に描いてあったのと、同じ図形だ。

 ……あれももう、ずいぶん昔のことに感じるなぁ。

 エルフ校長は、呪符の中央部を示した。


「見分けられるのですね? 誓約の呪符のほとんどは、この部分にこういう図形を使います――例外はあるものの、九割以上がこれです。それを覚えておけば、意図しない誓約を結ばされることは避けられるでしょう」


 これが誓約に使う図形なのは、あのとき教わったから知ってたけど。そういう活用法? みたいなのは考えてなかったわ。


「なるほど。ええと……誓約の具体的な内容は?」

「教わった呪文の型を逸脱しないこと。逸脱した場合、痛みを感じることになります」

「痛み……」

「それで正気に戻り、理性による抑制が可能になる狙いです」


 なるほど。なるほどー?

 痛み以外に、なんかないの?


「あの、痛いのを避ける方法は……?」

「呪文を逸脱しないことです」


 デスヨネー。

 いや違う、そうじゃなくて!


「我を忘れないようにするために、ほかの方策はないですか」

「たとえば、強制的に舌を動かなくさせるなどの方法はあります。そうした場合、呪文のつづきを唱えきることができない、あるいは周囲になんらかの情報を伝えたいときに言葉にならないなど、より深刻な影響が考えられます」


 身体操作を機械的におこなうと、復帰が大変らしい――って話につづく。

 つまり、誓約の力で強制的に起動した場合、アフター・フォローを臨機応変にできない点が問題になるそうだ。

 優秀な生属性魔法使いが作用と反作用を見極めながら魔法を運用するのと、機械的に呪符が発動するのとでは、危険性がまったく違う。

 痛みなら、神経に一瞬送信するだけで済む。身体的にどこかの部位を痛めつけるわけではなく、痛っ! という感覚だけを送るので、作用が止まれば痛みも消失……。

 なるほど……。


「しかたない……ですね」


 渋々とだけど、わたしはその呪符魔法による誓約に同意した。

 なお、誓約はわたしが呪文をひとつ覚えるごとに増やしていく必要があるらしい。呪文ひとつに誓約ひとつの、一対一対応。コスパ悪っ!


「今日のこれは、癒しの呪文に制限をかけます」


 では試してみましょう――そうエルフ校長がいうので、わたしはおどろいた。


「癒しの呪文って、怪我をしてるとか、具合が悪いとかそういう対象がいないと使えないんじゃなかったんですか?」

「基本的にはそうですが、君は前に、樹に癒しの呪文をかけたでしょう」


 樹……あー! ナクンバ様出現のきっかけになった、あのルルベル専用ツリーハウスか!


「あれはでも、リートが魔力を使い切ってつらそうだったから、リートに癒しの呪文を唱えたんです」

「ですが、魔法がかかったのは樹でしたね?」

「……それは、そうですね。あれっ? どういうことでしょう?」


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