472 庶民にもわかる、令嬢話法
「今なら弱いといえば、ジェレンス先生だってそうですよね?」
反撃に出てみたわたしに、ジェレンス先生は眉を上げた。なんのことだ? って顔だ。
まったく意識してないんだな……。
「あんな寒い山の中に生徒三人だけで置き去りにして。いつ戻って来るかもわからない状態ですよ? それ、教師としてどうなんです?」
「あー……そりゃ悪かったよ。でもあそこは、魔法の護りがあっただろ?」
「気温の低下からは、守られていません」
ファビウス先輩のお怒りポイントを思いだしつつ反論すると、ジェレンス先生もさすがに気づいたのだろう。あ、って顔になったよね。
……今か! 今頃か!
ハルハル騒ぐ前に、生徒に気を遣ってほしいわ!
「まぁ、そんな怒んなって。あっ、なんならまた『エルフの盃』に連れてってやるか?」
「ハル様を呼び出せないか試すのに、わたしを連れて行って成功率を上げようと?」
図星! なぜわかった! ……って顔をされてもね。
なんかジェレンス先生が心配になるよ……。大人らしさがない、っていうか。
「ひとつ貸しですよ。覚えていてください」
「……わかったわかった。で、ほんとにハルの呼び出し方法は――」
「知りません」
「――うん、それもわかった。じゃ、適当に空いてる席に座れ。実技でなにやるか、決まったか?」
「それが、まだ」
「ま、そう簡単には無理か。そうだ、特別に相談に乗ってやってもいいぞ? 今はほかの生徒を見るから、あとでな」
さらりと手をふって、ジェレンス先生は大股に立ち去った。行く先には――あ、王子か。ノーコン対策かな。
やれやれ、とあたりを見回すと、シスコと視線が合った。
シスコ、リラ、アリアン、シデロア……おお、シデロア嬢も来てるじゃん!
付近に空いている席がなかったので、あとでねと口パクで伝え、わたしとナヴァト忍者は並んで座れる席に移動した。
実技試験について考えたけど、ふたりとも唸るばかりで妙案は出ず。
で、お昼。
お昼はいつも職員席に拉致されるんだけど……今日はファビウス先輩が迎えに来てくれたので、学生ゾーンで食べられることになった。
これで!
……ああもうすっかり名前忘れた、サル……サルなんとか伯爵? の話、どうなってるか聞けるー!
ずっと気になってたのよー、婚約話はそう簡単にはなくならないだろうけど、シデロアとアリアンは仲直りできたのか、もう知りたくて知りたくて。
今日は勝手に料理を運んで来るリートがいないので、それぞれ好きなものを取る。わたしはポタージュと温野菜、パン、煮込みハンバーグ的な郷土料理をチョイス。寒いから、こういうのがいいのよ……こういうのが。
こういうのがいいけど、さて、いきなりサルなんとか伯爵の名前を出すのもなんだし……というか、サルまでしか覚えてないし……どうしたものかと思っていると。
「シデロア嬢は、サルマンディル伯爵と婚約の話があるそうだね?」
ファビウス先輩の先制! ズバッと行った!
ズバられてしまったシデロアは、少しおどろいたような顔をしたけど、すぐに令嬢スマイルを披露。
「まぁ。お耳汚しでしたでしょう……ファビウス様にまで、そんな話をするなんて。ひどいわルルベル」
ごめんなさい!
「ルルベルは、君のことを心配していたんだよ。実のところ、僕も心配だね。彼には良い噂がない。女性関係が目立つから、そればかりが取り沙汰されているようだけど。ほかも、問題だらけだ」
くっそ忙しいのに、ちゃんと調べてくださってるんじゃない? これ。ファビウス先輩すごい!
「どうぞ、ご放念なさってください」
「それでいいの?」
「よくないわ」
割り込んだのは、アリアンだ。彼女はシデロアの手をぎゅっと握り、真剣に友人の顔をみつめている。
シデロアは、少し冷たい表情になる。
「……その話は、しない約束でしょう?」
そんな約束したの? く……詳しく!
「あなたが一方的に申し渡しただけ。約束なんかじゃないわ」
「……もう、困ったひとね。ファビウス様、申しわけありません。こんなことで、お気を煩わせてしまって」
「事情を話してくれれば、手を回せると思うけど。どう?」
ファビウス先輩の申し出に、シデロアは少しだけ身を固くした――ように見えた。
でも、次の瞬間。彼女の顔は、善意と品位で構築された控えめな笑顔に覆われてしまう。
「親が決めたことですもの。娘として、従うまでですわ」
「シデロア!」
「黙ってくださらないかしら、アリアン。これはわたしの人生よ。あなたとは関係ないわ」
「関係あるわよ、友だちでしょう? 違うの?」
「これ以上、こういう言動をつづけるならば……違うかもしれないわね」
シデロアがゆっくりと告げた言葉に、アリアンは衝撃を受けたようだった。
いつものクールさはどこかに消え、傷つきやすい少女の顔でシデロアをみつめて。
それでも、アリアンは手をはなさなかった。
「あなたがどう思っても、わたしはあなたの友人よ。たとえどんなに迷惑がられても、あなたを想うことをやめたりしないわ」
その訴えに、シデロアはわずかに眼をほそめて。
「よくおわかりのようね。迷惑よ」
しーん……。
となったところで、ファビウス先輩がにこやかに割って入った。
「悪かったね、僕が不用意な話題を選んだせいで。シデロア嬢……もう一回だけ訊くけど、それでいいんだね?」
「ファビウス様が、お心を砕かれるようなことではありませんわ」
庶民にもわかる令嬢話法。「おまえに関係ねーよ、すっこんでろ!」で、ございますわね……。
わたしに通じるんだからファビウス先輩にはダイレクトにヒットしてるはずだけど、そこはさすがの上流階級。まったく表情を変えることもなく、友好的にご返答。
「君の考えは、よくわかったよ。もちろん、君の人生は君のものだ。これ以上、口出しをするつもりはない。ただ、アリアン嬢もそうだけど、君を案じる友人がいることは忘れないで」
ね? と小首をかしげるファビウス先輩、可愛いモードが爆発!
シデロアも、ちょっと頬を赤らめた。そりゃそうよな……なんていうか……この表現あんまり好きじゃないんだけど、卑怯なんだよね。そう、卑怯。
「ご配慮、感謝いたしますわ」
「さ、食事をしようか。アリアン嬢、手をはなしてあげて。彼女に必要なのは、自由だよ」
そこからは、ファビウス先輩が社交力を発揮して、完全に話を切り替えてしまった。
例のストラックアウトのときのシスコの渦魔法の実際的な運用の話から、今度の実技試験での見せかたのアイディアを、さりげなくサジェストしたり?
もちろん、シデロアとアリアンの空気はなめらかじゃない。それでも、まぁふつうに話せてる。
読書仲間は人気作家の新刊の話で盛り上がったり……それを見て、面白そうだとは思うけど、なかなか読んでる時間がないのよねぇ……なんて。わたしも、すんなりシデロアに話しかけることができたし。
食後、わたしはクラスメイトと別れた。ファビウス先輩が、校長室に送ってくれるというので――午後はまた、呪文の練習になるみたい。
皆は、なまあたたかい笑顔で送り出してくれた。食堂のほかの生徒たちも、ファビウス様と聖女様はほんとに仲がよろしくていらっしゃるわねぇ、って雰囲気だ。一部、ファビウス先輩ガチ勢と思われる生徒の視線が痛かったけど、まぁ……しかたない。
ごめんねぇ……でも譲る気ないから、ごめんねぇ!
「ファビウス様、ありがとうございました」
「うん? なに?」
「シデロアのこと……うまくいえないんですけど、今日、ファビウス様がいらしたから食事もなごやかにできたかな、って」
「ああ……そうかもしれないね」
昼に来るのはイレギュラー、クラスメイトでもない研究員、しかも高貴な生まれのファビウス先輩が同席していたからこそ。シデロアとアリアンの口論も、ヒートアップせずに済んだんだと思うんだよね。
いつものメンバーだけだったら、あそこで止まらず、とり返しのつかないことになっていたかもしれない。
ファビウス先輩は、そこも自覚があるんだな……コミュ強者め。
「わたしは……シデロアの姿を見てほっとしてたんですけど、もしかして、アリアンとあまり直接話さない方がいいのかなって」
「アリアン嬢は、シデロア嬢のことが心配なんだね」
「はい。わたしたち皆、心配してますけど……アリアンは、格別だと思います」
「彼女の心配も理由のないものじゃないから、なんともいえないけど……ルルベルは、僕のことも心配してくれないの?」
「ファ?」
思わず変な声をあげてしまった!
いや、ファビウス様? っていおうとしたんだけど、うまくいえなくて。
「王家からの、婚約の打診。もう忘れてない?」
「わ……忘れてはいませんけども、ファビウス様ならこう、うまいこと回避なさるだろうという、圧倒的信頼感が!」
思わず力説すると、ファビウス先輩はくすっと笑った。
「信頼かぁ。それ、いいね」
「信頼しかないですよ、ファビウス様には!」
相変わらず更新が滞っております。
まだ FANBOX 用の SS(もう全然SSって長さじゃない)が終わらないため、当分は、この状況がつづきます。




