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47 シスコの部屋はシスコの部屋になっていた

 わたしは理解していなかったのだ。

 ファブリックも基本的には寮で管理しているので、置き換えは非推奨、の意味を。

 非推奨。つまり、推奨はされないけど可能って意味だよね!

 よく考えてみればわかることだった。誰かがやるから、あるいは誰もがやるからこそ、入寮時に注意されるのだ。非推奨です、そちらで責任をもってください、ってね。


 シスコの部屋は完全に「シスコの部屋」になっていた。なにいってるんだと思われるかもしれないが、ほかに表現のしようがない。

 寮の部屋って王侯貴族の皆様も同じなんだね、ふ〜ん……なんて思っていた自分の想像力がいかに貧困だったことか! 王侯貴族どころか、平民でも財力で殴っていくスタイルだった! シスコが「わたしの戦い」なんて口走ってる原因とか環境とかが、少し理解できたよ……。

 もうね、カーテンが違うでしょ。黒地にゴールドで控えめに入った模様が、すっごいシック。ここエルフの里じゃないのに語彙がたりないわ……。すっごいシック。

 それだけでも部屋の印象ががらっと変わってるのに、家具も……なんか見たことないのが……あっ、時計も違うよね、これ学園の時計じゃないやつだ! 見るからに高級品。

 ぽかんとしているわたしに、シスコはちょっともじもじして見せた。


「どうかな? あんまりセンスに自信ないんだけど……」


 どうって、この部屋のことかな。えっごめん、なんて表現すればいいの?


「かっこいいと思う!」

「親にはよく、可愛げがたりないっていわれるの」

「すっごい素敵だよ。シックだけど、可愛さもあると思う。最高!」


 わたしの褒め言葉はシスコのお気に召したらしい。またもじもじして、すごく小さな声で。


「……ありがと。嬉しい」


 うん、いやしかし……すごいな。

 お茶は保温ポットに入っているが、もちろん魔道具である。お菓子も……えーすごい、色とりどりのプチフールが、保冷庫から出てきたよ……もちろん保冷庫は魔道具である。どちらも一般のご家庭にはそうそうなさげな高級品。

 びっくりし過ぎていろいろどうでもよくなってきたわたしは、勧められるまま椅子に腰掛け、プチフールとお茶をいただいた。うまい。これなら気もち悪いときでも食べたい。超がつくほど美味しい。

 ……いや、つい食欲に走ってしまったけども、ほかに訊きたいことがあるのだ、忘れるな!


「ねぇ、ファビウス先輩と知り合いって」

「さっきもいったけど、遠い親戚。年に一回、親族一同が集まる大きなパーティーがあって。ほんの少しの血のつながりしかなくても、高貴なかたをお招きしたい……って主催が尽力した結果、いらしたことがあるの。もちろん参加者全員がご挨拶するから、ファビウス様はわたしを覚えてらっしゃらなくて当然よ」


 親族一同が集まる大きなパーティー、がもう想像つかない。参加者全員て何人?


「そうなんだ……美味しいものがたくさん食べられそう」

「食事の手配は、うちがすることになってるの。美味しいよ。ルルベルにも食べさせてあげたいな」

「えっ。パーティーは、ちょっと無理かな! 礼儀作法もなってないし、自分がそういうのに出席してるところなんて、想像もつかないよ」

「いずれ、家族には紹介してもいい? 家に来てほしいな」

「それはもちろん……」


 と答えたものの、少し気が重いのは否めない。平民の概念を超えた平民であるシスコのご家族、パン屋の看板娘モードで切り抜けられる気がしないよね。学園は一応、身分の上下を気にしないという建前があるからなんとでもなるけど、学園の外はなぁ……。


「嫌?」

「あ、ううん、嫌じゃないけど! 嫌じゃないけど、わたしってほら、ほんとにド平民だから。下町生まれの下町育ちで、ほかの場所のことなにも知らないから……ちょっと不安で。シスコのご家族に、あんな子と友だちになってはいけません、とかいわれたら困るし」

「それなら、ファビウス様もお誘いすればいいわ」


 なんで?


「なぜそこでファビウス先輩が……」

「ファビウス様が、ルルベルの礼儀でもなんでも咎めることは絶対にないでしょう?」

「まぁそれは……たぶんそうだけど」

「ファビウス様が咎めないものを、うちの家族がどうこうはいえないわ。ファビウス様ほどのかたをお招きしたら、それだけで親は喜んでくれるし。それにルルベルだって――」


 いや待った。さっきから気になってたんだよ。そこ知りたくないけど知りたい。


「ファビウス様ほどの、って。ファビウス様っていったい何者なの?」

「知らないの?」

「飛び級で卒業して研究員になられたことしか」


 あとは、魔性と呼ばれていることとか?


「ファビウス様は、亡くなられたフェデウス王子殿下の妃殿下の弟君よ」


 なんやて。

 ……頭が認識を拒否している。今、ちょっと殿下が渋滞してなかった?


「殿下が亡くなられたのって……もう何年も前よね?」


 フェデウス王子は国王ご一家のご長男だった。ご存命でいらしたあいだは、もちろん、王位継承権第一位。隣国の姫君とご結婚なさった。ご成婚お祝いパンも焼いた。でもさすがに弔意をあらわすパンなんてのは商品にできなかった。

 そうか、王子様は亡くなったけど、嫁がれた姫君はまだ王室に残ってるんだっけ。政略結婚だけど、仲睦まじいご様子が報じられたのは、うっすら覚えてる。


「そうよ。妃殿下は、とてもお若いのに隣国から嫁がれたでしょう? そのとき、おひとりではお寂しいからと、弟君がおひとり、ご一緒においでになったの。そして、この国で爵位を賜ったの。それがファビウス様」


 と、いうことは。ファビウス様は隣国の王子様ってこと……?

 シスコは少し前のめりになって、ここだけの話だけど、と声を低めた。個室でこんなことする必要ない気もしたが、わたしもつい顔を近寄せてしまう。


「ファビウス様のお姉様は、フェデウス殿下は暗殺されたのだと主張なさってるの。でも、陛下はもちろん、王家のかたがたは誰も王子妃殿下のお言葉をお信じにはならなかったのね。それで、すっかり関係が悪くなって……今では離宮で暮らしておいでなの。つまり、王族と仲がいいとはいえないの。ファビウス様もね」


 あんまり聞きたくなかったし、聞いても庶民には意味がわからないのだが、なんか……この国の上の方でいろいろ派閥争いがあるっぽいことくらいは察しがつくね! それで「王族避け」か……。


「……ファビウス様をお招きしたら、シスコのご家族は困るんじゃないの?」

「高貴なかたにお越しいただくのは、それだけで名誉なことよ。逆にいえば、うちではお断りのしようがございませんでしたと申し開きもできるわけ」


 シスコ、意外としっかりしてるなぁ。と、これを聞いてわたしは思った。


「でもそれ、ファビウス様に申しわけなくない?」

「ファビウス様が、そんなことお気になさると思う?」


 いや、思わんけど。むしろ、ノリノリで「僕にまかせてほしいな」とかいうね。ほんの数日のつきあいでしかないが、なんとなくわかるぞ!


「いずれ時間ができたら、かなぁ。当面は特訓で忙しいし……」

「それはそうね。……あのね、ルルベル」

「ん?」


 シスコは少しためらってから、小さな声でいった。


「わたしね、ルルベルのこと尊敬してるの」

「え、なんで。聖属性だから?」

「聖属性を背負っているようには見えないから」


 呑気な下町の娘っ子だからか!


「もうちょっと、聖属性〜! って感じにふるまった方がいいのかな。でも、どうすればいいのかわからなくて」

「違うの。そうじゃなくて……もちろん、いざというときは世界の希望になるんだろうけど、それがなんだって感じ。……どうしよう、うまくいえない」

「気にしなくていいよ。わたしはシスコが友だちでいてくれるだけで幸せ!」

「でもルルベル、そう見えないだけで頑張ってるのはわかるから。皆がそれを理解してくれたらいいなって思うし、それに……それに、もし頑張るのがつらいときは、わたしに話してくれたら嬉しいなって」


 シスコぉ〜! なんていい子なのぉ。泣いちゃう!


「もちろんだよ。でもさ、頑張ってるのなんて、わたしだけじゃないでしょ? シスコだって頑張ってるよね。頑張ってるから、わたしのこと気にしてくれるんだよ。そうでしょ」

「……そうなのかな」

「そうだよ。だからシスコもつらいときは愚痴ってほしい。抱え込まずに。ね?」


 わたしがたのむと、シスコはその薄紫の眼をわずかに伏せて、うん、と小さくうなずいた。……なんて可憐なの!


「そうするね。ルルベルも苦しいときはいってね」

「いっちゃういっちゃう。大丈夫、わたしは黙ってられない方だから!」


 口葉っぱにして耐えたりできない方だからな!


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