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469 エルフ、生命に飽き過ぎでは?

 ファビウス先輩には、ひと通りの説明をせざるを得なかった。

 でないと、研究室から出してもらえなさそうだったのだ。

 ハルちゃん様についてだけは、すべて話してはいないけど……なんか、重要な部分はだいたい察されてしまった気がする。

 酒場で食事しながらジェレンス先生を宥めてたときの会話とかを、つるっと話しちゃったからさぁ……。あのとき、エルフ校長が「ハルは前回頑張った」って口走ってたのを覚えてて、そのまま伝えちゃったんだよね。

 あっと思ったわたしの表情が、ファビウス先輩に、さらになにかを理解させちゃったらしい。問いただされはしなかったけど、あっこれヤバいな、察してるな……って感じではあった。


 話し終えたところで、ファビウス先輩の感想はというと。


「……この学園の教師陣はどうなっているんだ。生徒を放り出して異空間に消えるなんて」


 怒ってらっしゃる……。

 エルフ校長が指導を放り投げて逃げ出したのは、そんなに怒ってなかった。むしろ、それで危険な呪文からルルベルを守れるのでは? みたいに考えた雰囲気がある……その思考回路はエルフ校長と同じですよ!

 ジェレンス先生が、説明を置き去りに生徒たちと遠征に行ったのも、まぁしかたないという判断だ。

 でも、行った先で一時的にせよ保護者が全員消えたのは、まったく許せないらしい。

 ……寝かしつけタイムにこの話題、駄目だったのではないだろうか。


「それはまぁ、わたしも……どうかと思うんですけども」

「リートがいれば、なんとかなると思ったのかもしれないが、それにしても」


 この寒空に……と、つぶやく。

 まぁね、寒かったね……。風邪ひいてもおかしくないと思うよ。今のところは大丈夫だけど。


「あ。今頃思いつきました。ナクンバ様に火でも吐いてもらえばよかったかも」

「……消火する手段がないときに着火するのは、やめた方がいい」


 はい、ごもっとも。

 岩だらけの土地だけど、草木がなにも生えてないわけじゃない。風も強かった。山火事になる可能性がゼロではないだろう……。


「置き去りにした方は、なんらかの守りがあるから安心とでも思っていたんだろうけど、気温からは守れていなかった。それに、こちらで君の位置を把握することもできなくなっていた。まったく駄目だ」


 まったく駄目だそうです。

 いやこれ怒ってる怒ってる、表情も口調もふつうに見せてるだけで、むっちゃ怒ってるよぉ……。


「明日、また僕も同行していいかな」

「じゃあ、早く寝ないといけませんね!」


 わたしがそういうと、ファビウス先輩は眼をしばたたいた。

 ……さすがに無理筋だったか、とテヘヘ顔になったわたしに、それは綺麗な笑みを見せて。


「好きだよ、ルルベル」


 無理筋返し! グッハァ、なにしてくれんの、オーバーキル、オーバーキル!


「すっ……! は……はい……わか、っりました」

「わかってないと思うけど、君が望むなら、怒りをおさめておとなしく寝るよ。洗い物は僕がやるから、ルルベルはもう休んで? 今日は疲れてるはずだよ。明日、起きられないと困るでしょ?」

「ありがとうございます……」


 立ち上がるとお辞儀して――カーテシーじゃなく、ふつうのやつだ――わたしはお先に失礼した。

 いやもう、顔が真っ赤だし! 早く失礼したかったわけよ、それも読まれてそうだけどさ!

 わか、っりました……ってさぁ! 我ながら動揺し過ぎじゃない?


 動揺し過ぎて眠れないかと思ったけど、枕に突っ伏して布団かぶったら自動的に寝てしまった……疲れていたのである。寒過ぎてジョギングしたからじゃないかな……なんか足がだるい。

 朝食後、わたしとファビウス先輩は校長室へと突撃した。もちろん、親衛隊も同行している。


「おはようございます。今日は校長先生にお話を伺いたく」

「……またですか」


 まぁ、前もあったからなぁ。呪文の危険性について説明を受けたときも、けっこう怒ってるファビウス先輩が、ガチめに話を詰めに来たはずだ。

 ハルちゃん様に鍛え直されたせいか、エルフ校長はそれ以上文句をいわず、部屋に入れてくれた。


「はじめにいっておきますが、僕はルルベルへの呪文の伝授をつづけることにしました」


 おぅ。昨日とは真逆の意見になっとる! ハルちゃん様すごいな……。


「そうですか」


 余裕の笑みで、エルフ校長の初々しい宣言を受け流すファビウス先輩よ……なんか年齢差が感じられないというか、むしろ百年生きてるのはファビウス先輩なのでは? このひと、わたしと同い年って嘘じゃない?

 そのまま話は進み、ファビウス先輩がわざわざ足を運んだ理由は、生徒放置するんじゃねぇよの念押しと、まったく晴らされていないわたしの疑念の解消だったことがわかった。


 前者はまぁ……いっても無駄な気がする。ジェレンス先生もだけど、エルフ校長も、ちょっと視野が狭くなりがちなタイプなんじゃないかな。

 べつに生徒を放置する気はないのだ。

 正確にいうと、生徒がすぐ「意識の外」にいっちゃうのである。


 たぶんさ、それが魔法使いらしい魔法使いメンタルってやつなんだと思う。

 前もこんな話あったけど、強い魔法使いって雑になりがちなんだよね。雑に生きても、なんとかなっちゃうから。

 それがなぜかというと、強いから、だ。

 エルフ校長は、生きかたは雑なのに神経は繊細だから、たまに問題が生じるわけよ。たぶん、本人は生きるの大変なんじゃないだろうか。

 ある意味、魔法って人生壊すよなぁ……いや、魔法に限らないか。力かぁ。

 ……ジェレンス先生? ジェレンス先生は雑の権化ごんげだから、なんも問題なさそうね! 本人は。


「ほんとうに、僕にはわからないのです」


 と、エルフ校長が答えてるのは後者の問題について。

 つまり、あちら側とか向こう側とか、そういったこの世界のことわりの外、で語りかけてきた存在の正体について、だ。

 ……そうだよねぇ、徹頭徹尾てっとうてつび、そこについては知らないっていってるよね。

 でも、ファビウス先輩はそれで済ませる気がなかった。


「知らないことは、調べてください。僕らより、あなたの方が真実に近い」


 あちら側に行っても平気なエルフなのですからね、と話はつづく。

 こういうときのファビウス先輩は、魔法使いらしい魔法使いメンタルを前面に押し出してるといえるだろう。……あと、厳しい顔もかっこいい。きゃっ。頭お花畑か! そうかも。


「しかし、僕は話しかけられたことなどないのですよ」

「では、ルルベルの証言を疑うと?」

「まさか。それはないです」


 ないのか。そういや、疑われたこともないな……よく考えると、ありがたい話である。

 だって、わたし以外は誰ひとり体験したことがない、あるいは体験のしようがない話をしてるのに、頭から否定するひとがいないのだ。ほんとに、誰ひとりとして疑わない。

 ……なんか、すごいな。

 って考えてたら、逆に自分で自分が疑わしくなってきた。そういうとこ、わたしは小心者というか、自信がない。


「あの、わたしの勘違いだった可能性は……」

「勘違いでは、ないでしょうね」


 食い気味に答えたのは、エルフ校長である。

 わけわからんと主張しつづけてるのに、その現象があったこと自体は肯定するのか……。


「類例があるのですか?」


 すかさず突いたのは、ファビウス先輩だ。頭の回転速度がわたしの三倍以上ありそう。


「蛇は……意思の疎通をはかるのが困難な存在です。ですから、蛇が語りかけてきた可能性は低い」


 エルフ校長は少し考えるように視線をさまよわせた。膨大な記憶をサーチ中なんだろう。


「では、蛇以外のなにか?」

「理屈では、そうなりますね。類例がある、とはいえないのですが……過去、永い生にいたエルフが世界の果てへ消えた話は、いくつもあります」


 いくつもあるのか! エルフ、生命に飽き過ぎでは?


「それは実話、ということですか?」

「実話です。僕の直接の知人にはいません。もっと古い世代ですね。大暗黒期よりもはるかに昔のことですから、人間側には記録が残っていないでしょう」

「当時は、人間も知り得る事件だったと?」

「そうです。そういうエルフは、世界の果てへ赴く前にまず人間社会で時を過ごしがちなので……人間側にも『旅立ちを見送った』とか、『別れがたく、ともに果てを目指した』といった話があるはずですよ」


 まぁ、大暗黒期ですべて失われたようですけどね――と、いうことらしい。

 大暗黒期ぃ!


「人間があちら側にいる可能性も?」

「実際、ルルベルは行けたのですからね。そこは疑う余地がありません。当時、エルフと行動をともにした人間は、それなりの心得や素養があったと考えるのが順当でしょうし。ただ――人間は、そう長くは自我をたもち得ないと思います」


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