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465 繊細だものねぇ、あなた

「危険な領域? なんだそりゃ」

「ルルベル曰く、あちら側に行ったとかなんとか。観念的な話で、俺にもよくわかりません」


 わかれよ! ……とは思うが、観念的な話で、本人もよくわかりません。

 でも、ハルちゃん様には理解できるらしい。


「その話は、年寄りルルに聞いてたところ。ずいぶん素養があるのね、ルルベル」


 エルフ校長の顔を覗き込むということは、その肩に顎を乗せているハルちゃん様とも、バチッと視線が合うということである。

 ハルちゃん様は、とても楽しげな表情でいらっしゃる……あーなんかさー。こういうの、よく見ると思うんだ。なんていうかほら……。


「そうなのか。よかったな、呪文の達人になれそうじゃねぇか」


 ジェレンス先生が、わたしの隣にしゃがんでそういった。


「そうでしょう? なのに年寄りルルったら、指導を放り出して逃げるなんて……もったいないわ」

「校長は、そういうところがあるんだよな。あんたも呪文の指導ができるのか?」

「わたしには素養がないの。使えなくても苦労はしないけど、残念よね」

「だよなぁ。俺も無理そうなんだよな」


 ……ほらほら! このひとたち、同類項でくくれない? 天才魔法使いってこうなの?


「君らは、危険性がわかっていないのです」


 弱々しい声で反駁するエルフ校長は、同類項でくくれそうもない。

 種族の違い? いや性格の違いだよな! わたしだって、あの仲間には入れないもの。


「なにいってるの。危険のないものなんて、この世に存在しないわよ。危険を知っている者が、あれこれ注意を与えた上で運用させるしかないの。そしてね、これが重要。どんなに丁寧に教えたって、慣れてきたら調子に乗って足を踏み外すのよ。誰だってそういう道を辿るの。訓練が行き届いた上で、運が良い者だけが生き残る。わかっているでしょう?」


 エルフ校長は黙ってしまった。そしてやっぱり、わたしの方は見ない。

 ため息ついてもいいかな? ……いや駄目だ。呆れたか諦めたと思われる行動をしたら、まとまる話もまとまらなくなってしまう。


「校長先生、お探ししました」


 今? ってタイミングではあるけど、探してたんだと伝えたかったから、そう告げた。

 もちろん、エルフ校長はだんまりである。


「よくみつけたわね」


 代わりに、ハルちゃん様が褒めてくださった。……どうもありがとうございます。


「エルフの里に帰ったのではないかと、リートがいったんです。学園の土地との絆も捨てて、どこかへ消えてしまったようだ、って」


 すぐ隣から、え、という声が聞こえた。ジェレンス先生である。


「なんだそれ……初耳だぞ」


 説明が追いつかない勢いで行動するから、こうなるんだよ! わかったか!

 だが、今はジェレンス先生と話しているのではない。エルフ校長に、わたしは話しかけているのだ。


「校長先生、わたしの呪文の運用が不適切だったことは、謝ります。ナヴァトにも叱られました。今後は、よくよく気をつけると約束します」


 ジェレンス先生は立ち上がって後ろに下がり、なにがあったんだよ、とナヴァト忍者に訊いた。ナヴァト忍者はひとこと、のちほど、でその場をしのいだ。

 素晴らしい。わたしにもそういう技術を伝授してほしい。


「……ですから、戻ってください。わたしには校長先生が必要なんです。……いえ、わたしだけじゃない。わたしたち皆が、先生を必要としてるんです。お願いします」


 無言。


「泣かせるじゃないの。ルルったら、ほんとに教師なのねぇ……」

「うるさいですよ」

「わたしは昔からうるさいの。知ってるでしょう?」

「……ええ」

「じゃあ諦めなさいな。うるさいのを知ってて、会いに来たんだから。そもそも、あなたが若い方のルルを連れて来たことがなければ、かれらはここに辿り着いてはいないわよね? 自分が蒔いた種なのよ。わかる?」

「昔からうるさいのは知ってますが、うるさいです」

「知ってることを何回も主張しなくていいのよ」


 そういって、ハルちゃん様はエルフ校長の脇の下に差し入れていた手を抜き、立ち上がった。

 ……え。解放されるの困ります! と思ったけど、エルフ校長は体育座りのままだ。


「……僕は耐えられないのです」

「繊細だものねぇ、あなた」

「僕が手ほどきした、僕が支えたかった、僕が……僕が手を出さなければ戦いに参加することもなかったかもしれない若者たちが、傷を負ったり命を落としたりするのには、もう耐えられないのです」

「かれらは、かれらの人生を歩んでいるだけよ。あなたは神様じゃないんだから。かれらの人生に影響を与えることはあっても、運命を決めることまではできないわ」

「影響を与えたくないのです」

「それは無理。世界に関与するって、そんな単純なことじゃないわ。なにもしないことだって選択のひとつだし、あなたが手ほどきしなかった、あなたが支えようとしなかった、あなたが手を出さなかったなら若者は死に至らないと思う?」


 そんなことないでしょ、とハルちゃん様は告げた。とても淡々とした口調だった。


「でも、僕は」

「なんでもやればいいってものじゃない。でも、逆もどうなの? やるべきことをやらずに済ませるのは、怠慢ではないの? あなたの力がなくても、かれらは魔王を封印できるの? 若い方のルルは、やる気でいっぱいよ。あなたが指導せず、力を貸さず、支えることを拒否したとしても、彼女は魔王のもとへ向かうわよ。……ね?」

「はい」


 急に話をふられたけど、返事は迷わなかった。

 だって、それだけはもう心に決めてる。まだ実感ないけど。そのときが来たら、怖くて逃げたくて、誰かにすがりついて助けを求めるかもしれないけど。


「わたしは、聖属性魔法使いです。大した力はなくても、最善を尽くそうと思っています」

「……ほらルル。あなたは彼女を見くびってるのよ」

「そんなことはありません。ルルベルがとても……真面目で、自分から責務を背負おうとしていることは、僕だってわかってます」

「わかってないと思うわ。あなたたち、長生き過ぎるのよ。だから死への耐性が低い。もちろん人間だって死ぬのは嫌よ。自分だけじゃない、周りの誰かが死ぬのだってね。でも、エルフは違う。生きる時間が違うのに、ルルったら無理して人間界にいるから――耐えられなくなってしまったのね」


 そういって、ハルちゃん様はわたしを見た。許してあげてね、といわれたような気がした。

 ……うん。わかってる。

 なんとなくだけど、エルフ校長ってすごく寂しいんだろうなって、前も思った。人間とつきあう限り、皆が彼の人生を通過してしまう。ひとり、残されつづけるのだ。せつないよね。

 だからって逃げられるのは困るけども!


「校長先生、わたしはもちろん先生より先に死ぬと思うんですけど……でも、前もお願いしたじゃないですか。わたしのこと、覚えていてくださいねって」

「……君を忘れるはずがありませんよ」


 ようやく、エルフ校長は答えてくれた。俯いてしまって、視線は合わせられないけど。


「先生が覚えていてくださる限り、わたしは先生の心の中に生きていられるんです」

「そんなの詭弁です」

「魔王の封印に向かわなくても、呪文を失敗しなくても、わたしは先生より先に死ぬんです。儚い生きものですからね、エルフと比べたら。だけど……校長先生から見たら馬鹿みたいであっても、命を無駄にしているように感じられたとしても……やりたいこととか、やるべきこととか、あるんですよ。そのために、まだ頑張りたいんです。もっと、教えてほしいです。魔王封印も、いっしょに頑張ってほしいです!」


 おっと、欲望のおもむくままにペロッと白状してしまったな!

 まぁいい、ごまかしててもしかたない。


「……呪文は駄目です」

「ちゃんと気をつけます。割り込まないようにとか……えっと、定型文を崩さないようにとか……」

「もう使わないと約束してください」

「え、それは無理です。だって、わたしの強みですよ? 呪文を使わないまま体力切れになったりしたら、それこそ馬鹿らしいじゃないですか」


 エルフ校長との約束を後生大事に守り、自分も味方も治癒しないままゲーム終了……なんてことになったら、それこそエルフ校長は大ダメージを食らうに違いないと思うぞ?


「……それは、そうならないように」

「校長先生が同行して治してくださいますか? いつでも? かならず?」


 ようやく、エルフ校長は顔を上げた。


「そういう状況を避けるために、僕の手元に置いておきたいのです」

「……先生、わたしはわたしにできること、ぜんぶやります。でないと、魔王封印なんて無理ですよ」

「知ってますよ。知っています……わかっているのです。君が、僕が用意した鳥籠の中では満足などできないことも。かならず飛び立ってしまうことも知っています」


 だから、耐えられないのです――と、エルフ校長はつぶやいた。視線を逸らしたまま。


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