461 さっきすでに天才認定されてたわ
油断するとブルッとふるえそうだったけど、なんとかごまかしつつ――だって、ナヴァト忍者が気にしそうじゃん?――わたしは校長室へ向かった。
その途上。長い廊下で、こちらに向かってくるリートに遭遇した。
リートには勢いがあった。つねに早足気味の傾向はあるが、今回のはなんか速いってより……強い? 形容するなら、猛然と、かな。
「ルルベル、どこにいたんだ」
「えっ。……外?」
「なんでこの寒いのに外なんかに行ったんだ」
「……なんとなく?」
まさか、この世のどこでもない場所に行きたかったと説明するわけにもいかないので、適当に答えてみる。
リートは、阿呆を見下す顔をした。……常時そうではあるんだけど、いつもよりたくさん見下されております、って感じ?
「なぜ校長が同行していない」
さらに答えづらい質問が来たが、リートはわたしの返事を待たなかった。
「ナヴァト」
「はい」
「念のために確認するが、校長を隠しているわけではないよな?」
「はい」
……わたしもナヴァト忍者みたいな回答で済ませたい! 簡潔に!
「で、どういうことだ?」
ひとことで答えづらい質問のとき、わたしの方を向くの、なんで? ねぇ、どうして?
「校長先生が……」
「校長がどうした?」
「えーっと……なんていうか、校長室に引きこもってしまわれた?」
リートは自分が来た方をふり返った。校長室がある方向だ。
それからまた、わたしを見た。見なくていいのに。
「校長は校長室にいるのか?」
「え、うん……たぶん? わたしが追い出されたときは、中にいたよ」
「追い出された?」
あー、余分なこといったー! 迂闊!
「たぶんそう。気がついたら部屋の外に出されてたから」
「それは、いつのことだ」
「え? 昼食のあと? いや、えーっと……そういえば、食卓には着いたけどほとんど食べられなかったから、時間はそんな経ってないかも……昼休みはたくさん残ってたかもしれないけど、でも話もしたし……正直、時間がどうなってるのかよくわからなくて。……あっ、どうしよう。ナヴァト、おなか減ってない?」
「気を散らすな。話題も逸らすな」
「ごめん」
でもわたし、気がついちゃったよね。衝撃の展開で忘れてたけど、お昼はほぼ食べてないのだ。思いだしたが最後、おなかが……おなかがすいたぁ。
とはいえ、それを訴えてもリートには配慮してもらえないだろう。
実質、すでに口走ってるし――それへの回答が、気を散らすな、話題も逸らすな、だし。
「校長室にいるのか……いや……おかしいな……」
気づいてしまった空腹を忘れようと努力するわたしの前で、リートはひとり、ぶつぶつつぶやいている。
なんか、リートがこういう感じになるの、珍しくない? だいたいは、ガッ! って勢いで命令するか馬鹿にしてくるかでしょ。こんな煮え切らないというか、迷ってるというか、悩んでるというか……どの表現をとってもリートっぽさがゼロだな!
「リート、どうかしたの?」
「どうかしたのは君か校長だ。なぜ校長が君を放置している。校長室から追い出されたとは、どういうことだ」
……いつも通りのリートだったわ。心配して損した。
「えーっと……なぜか放置されてるので、それを撤回してもらいに行こうと思ってたの」
「放置の撤回を求めに行くのか?」
そう表現すると、なんか変だな。
もうしかたないな。うん、諦めて説明しよう。
「ちょっと長くなるけど、実は――」
「短くしろ」
「――難しいの! いろいろあったから!」
睨まれても、どうしようもない。端折ると意味不明になっちゃうんだし。
できるだけ手短にを心がけ、わたしはリートと別行動になってからの経緯を説明した。教室でのことはエルフ校長の引きこもりに関係なさそうなので飛ばして――とはいえ、実技試験については後刻あらためて作戦を練る必要がある――食堂で出た話題は少し詳しめに。忘れろっていわれたけど、リートには話しておくべきだろう。ナクンバ様の話と、聖属性魔法に親しくふれていると同様に相乗効果が発生する可能性があるというナヴァトの証言、そして校長先生の忘れさせる魔法に割り込んで、どうにか完全に記憶を消さずには済んだって話。
「……なにをやっているんだ、君は」
「なにって……校長先生の無謀な行為を止めようとしたんだけど」
「エルフの魔法が独特なのはわかっているだろう。俺たちみたいに単独の属性に作用するんじゃない。世界そのもの、あるいはその場全体への作用だ」
「うん、まぁそれは……なんとなく?」
「その魔法に割り込んだ? 無謀なのは校長ではなく君だ」
「じゃあ、言葉を換えればいい? わたしは、校長先生の倫理に悖る行為を止めたの。その点に関しては、自分がやるべきことをやれるときにやったと信じてる」
「記憶のために命を捨てる気か」
ぐっ。……ってなったよね。
さすがに、命を捨てるまでの覚悟はない。と思う。
「……そこまで危険だとは思ってなかったのは認める。でも、止められてよかったと思ってる」
「結果、校長室から叩き出されたとしてもか」
「呪文を教えたこと自体が間違いだったといわれたのも追加して」
リートは片手で額をおさえた。両のこめかみに指が余裕で届いてて、男の子って手が大きいなぁと思う。それとも、リートが小顔なのかも。
「……馬鹿だ馬鹿だと思ってはいたが、ここまでか。君の数少ない武器になり得るんだぞ、呪文は」
「知ってるよ」
「それを手放さざるを得ない状況になって、なにが『知ってるよ』だ」
「だから、撤回してもらいに行くんだってば」
わたしが胸を張って答えると、リートは手の下からわたしを見下ろし、大きく息を吐いた。
「……あの校長が、そう簡単に自分の意見をひるがえすわけがない」
「そうね。でも、さっきはお互いにこう……うまく話し合えなかったから」
「まぁいい。だったら校長室へ行こう。確認する」
「確認?」
「中に校長がいるかどうかを、だ」
……はい?
「なにそれ」
「行くぞ」
「いや、そのなに? 校長先生、どこかに出かけちゃったの?」
「それを確認しに行くんだ。早くしろ。さっさと歩け」
その短い足で――って目線を感じたよね。気のせいじゃないと思う! 失礼ね! 自分の足が長いからって、調子に乗りやがって! だいたい、わたしだってべつに短くはないのよ。周りに、異常なほどスラッと足長勢が揃っているだけだと思うのよ……たぶん。
「話がまだ終わってないんだけど」
「歩きながら話せ。歩調はゆるめるな」
容赦なく条件を追加してくるの、さすがリートだな!
ちょっと息が切れて言葉もブツ切れになったけど、わたしは例の「向こう側」の話もした。
エルフの魔法と呪文って、世界の果てで影の蛇によっておこなわれている語り直しに近いものなんじゃないか、って推測。それと、わたしに危険を示唆した謎の声のことも。
「君は、次から次へとわけのわからん事態を引き寄せる天才だな」
天才かどうかはともかく、次から次へとわけわからんことになってるのは認めざるを得ない。
わたしのせい……ではないと思いたい。
「リートはなにかわかる? その……わたしの推論があってるかどうか、とか。なんか忠告してくれてる風の声の主は誰なのか、とか」
さっきの口ぶりから、エルフの魔法についての知識はありそうだし……エルフの話題は地雷なのかもだけど、今はそんなこといってる場合じゃないと思うし。
「俺はエルフの魔法は使えないが――」
そういって、リートは少しだけ躊躇した。これも、珍しいことだ。
「――おそらく、君の考えはそう間違っていないだろう。世界を書き換えるには、世界の外側に自身を定義する必要があるからな。自明の理だ」
あからさまに、そんなの当然なんだからいちいち訊くな、馬鹿なのか、って雰囲気をかもしだすあたりは、いつも通りのリートである。揺るぎないな、リート・クオリティ!
「じゃあ、呪文を唱えてるときのわたしって、どうなってるのかな」
「エルフの魔法はそれこそ会話をするような自由さがあるが、呪文は違う。決まった字句を間違えず、きちんと語る必要がある。その決まりごとのなかに、なんらかの安全機構が仕込まれているのだろう」
「なるほど……あ、でも」
わたし……わりと頻繁に……教わった呪文を崩してるような?
ちらっと手首に視線を落とすと、腕輪に擬態しているはずのナクンバ様が、しっかり視線を合わせてきたが――たとえばナクンバ様を錬成しちゃったときも、適当に唱えちゃってたような……。
「でも、なんだ」
「いやその……教わった通りにちゃんと唱えてないことが……多々ある気が」
「……君は馬鹿を通り越してるな」
通り越したらどうなるのよ? 天才とか? ……さっきすでに天才認定されてたわ。




