46 平民組と交流する時間は確保したい、絶対に
よくわからないまま、ウィブル先生とファビウス先輩が以下のように決めた。
・昼食はウィブル、ジェレンス、ファビウスの誰かが連行する
・夕食はファビウスが同席する
・誰も都合がつかない場合、校長に依頼する
・すべてダメな場合は、校長室に立てこもる
なにが起きてんのこれ。
なお、エルフ校長が関与する部分については、ウィブル先生が折り紙メッセージでさっそく承認を受けていた。
わたし宛てにも別途メッセージが届くあたりが、さすがエルフ校長。そこには流麗な文字で、こんな風にしるされていた。
「配慮が行き届かなかったことをお詫びします。学園はいつでも生徒の味方です。もちろん、わたしも。また君と食事できるのを楽しみにしています。 ―エルトゥルーデス―」
エルフ校長、マジ推せる。推せるけど、エルフの里はもういいかな……。
ていうか、そこまでガッチガチに王子をガードしてもらわなくてもいい気もしないでもないよね?
でも、会話に割り込めるほどの体力も気力もない。ていうか、あれこれ喋ったり考えたりしていたせいか、気もち悪さがぶり返した……。
あとはご自由にとすべてをぶん投げて横になり、浅くて短い眠りをくり返した挙句、なんとか動ける程度に回復したのが夕食の時間帯。おなかすいた。
「なんで研究員が一緒なんだ?」
食堂に向かったわたしは、ファビウス先輩にエスコートされていた。
出会ったリートの第一声が、これ。爽やかクラスメイト・モードの実装はどうなったのだ。相手はたぶん高位貴族様だぞ、もうちょっと、なんとか……。
「今日、僕の不注意で魔力切れを起こさせてしまってね。ルルベルは、さっきまで保健室で休んでいたんだ。ひとりで来させるわけにはいかないだろう? ところで君は?」
「……ルルベルと同日入学したリートです」
「ああ、ごめん。君じゃないよ。そちらの可愛らしいお嬢さんに尋ねたんだ」
先輩がまた魔性モード全開である……可愛らしいお嬢さんというのは、リートの後ろに半分隠れているシスコだ。目がまんまるだ。可愛い。
先輩は小首をかしげるようにした。実にあざといポーズである。正面から食らったら、ひとたまりもない。わたしは隣に立っているので、今は無事だ。今は、な!
「僕はファビウス。そこの彼がいったように、魔法研究所の研究員でね。ルルベルの聖属性魔法の研究・育成を手伝うという光栄に浴してるんだ。それでお嬢さん、あなたのお名前は?」
「シスコと申します……ファビウス様。ルルベルと同じ一学年です」
「シスコは友だちなんです。一緒に食事してるんです」
すかさず、わたしは助太刀に入った。いやなんか、リートとシスコが魔性先輩にスパーンとぶった切られそうな気がしたからだよ。イメージ的に、こう。スパーン、て。じゃあそういうことで、さよなら! みたいな感じに。
たのむ。平民……平民組と交流させてくれ……。
「なるほど? じゃあ、今日は僕も混ぜてもらおうかな」
今日だけではなく明日も一緒に食事する気満々で、先輩は魔性の笑みをふりまいた。
魔性先輩が礼儀正しくかつ強引に仲間に入った状態で、本日の夕食、ファイッ!
「こんなに早く、またこの食堂で食事するようになるとは思わなかったよ」
「研究所にも食堂があるんですか?」
「あるけど、職員が食事をとる時間のばらつきが激しいから、広さも雰囲気も全然違うね」
なるほど……マッドに我が道を行くひとばかりなら、そうなるか。
シスコ嬢が、おずおずとグラスをさしだした。
「ルルベル、これ」
「……あ、ひょっとしてシュガの実?」
「そう。毎日仕入れるようにお願いしたから、必要なときは注文して」
「え。そんなことできるの……食堂のメニューを変えちゃっていいの?」
「もともと需要はあって、条件で折り合いがつかなかっただけなの。今日からは、ルルベルのぶんを確保した上で、余ったらほかの注文にも応えるっていう契約で卸すことにしたの」
「おお……えっと、ありがとう?」
気にしないでね、とシスコは微笑む。
いや気になるやろ! ていうか、卸し? シスコの家ってそういう商売なのか。
「これはね、調整果汁もいいかなと思って……用意したの」
調整果汁とは?
「調整果汁? はじめて聞いたな。きっと工夫がほどこされたものなんだろうね?」
わたしの疑念は、魔性先輩が社交力の高い感じに変換して質問してくれた。
知らん、なにそれ……が、前向きな会話に変身。さすが過ぎる。これがモテテクか!
「シュガの果汁と一緒に糖分を摂取すると効果的だという研究結果が……まだ、学術院では認められてないんですけど、うちの会社の研究員が出しています」
うちの会社の研究員……。さりげなくパワーワード来たな! ただの問屋さんじゃないですね、これ。ところで学術院ってなんだろう……ルルベルは知らんなぁ。
「いいね。飲みやすさも増すだろうし、身体的な疲労にも効果がありそうだ」
「そうなんです。あの……お食事のときの話題には、ふさわしくないんですけど、その……気もち悪さも軽減するように、いろいろ調整してあります」
「すごいね。シスコの発案なの?」
わたしが訊くと、シスコはちょっと頬を赤らめてうなずいた。
「うん。飲む機会が多かったから、いろいろ注文つけてて。でも、すごいのは研究員で、わたしじゃないけど」
「だけど、実際に飲んでみての意見って、開発? とかの参考になりそう」
「そうだね。きっと、君のためを想って考案されたのだろう? 素敵な話だね」
先輩が会話を引き取って、シスコをみつめた。シスコは真っ赤になって、いえそんな、とかなんとか小声でつぶやいた。……あかん。魔性先輩が魔性を発揮している!
夕食はそのまま、魔力切れを起こしたときの体験談などがつづいて、わりとなごやかに終わった。食後も、四人で寮へ向かう。昨夜はリートがシスコとわたしを送ってくれたけど、今夜はそれに魔性先輩がくわわった。
ちょっと意外だったのは、魔性先輩がちゃんと魔性なのに、シスコがそこまでくらくらしている風じゃないところだ……。真っ赤にはなるんだけど、なんていうか、こう。違うんだよな。胸がきゅんっとしてる感じじゃない。
「また明日ね」
寮の前で、魔性先輩は糖度の高い微笑と声をふるまって去って行った。リートは無言で立ち去った。わかりやすいね、君たち……。
シスコが大きく息を吐いた。緊張していたらしい。
「なんかごめんね」
「え?」
「ファビウス先輩と一緒に食事することになっちゃって……。シスコ、知らないひとは苦手そうかなとは思ったんだけど」
思ったんだけど、王家避けが必要だとウィブル先生とファビウス先輩に決められちゃったからな!
ううん、とシスコは少し困ったように微笑んだ。
「知らないひとってわけでもないかな。ファビウス様のことは、存じ上げてるから、一応……」
おおう。さすが平民の定義が崩壊する平民! なんだっけ……お祖父様が伯爵家の三男? 次男? なんかそんなだったよな?
「お知り合いなの?」
「遠い親戚だから、ご挨拶をしたことはあるの。だけど、あちらは覚えてらっしゃらないと思う」
「そうなんだ」
……ほら。ほら! 平民の定義を述べよ!
シスコの笑顔が、さらに困った感じになった。
「ルルベル、よかったら、少しわたしの部屋に遊びに来ない? お食事、あんまり進んでなかったでしょう。お茶とお菓子の用意があるの。一緒にいかが?」
シスコぉぉぉぉ!
わたしはシスコの小さくてやわらかな手をガッと握った。
「もうほんと、なんでそんなに親切にしてくれるの……恋に落ちちゃう」
「ちょっと元気になってきたね」
「調整果汁でもう万全だよ。あれ、ほんとに美味しかったけど、その……すごく訊きづらいこと、訊いてしまうんだけど……お代は?」
「それは気にしないで。遠慮もしないで、絶対に。これが、わたしの戦いだから」
「た……戦い?」
「そう。わたしは魔王とも眷属とも直接は戦えないでしょう? あと……高貴なかたがたとも。だから、こういう戦いかたを選ぶことにした。これなら、わたしでも戦力になるもの」
「いやでもそんな……」
払えといわれても払えないかもしれないが、まるっとお世話になるのもどうなんだ。躊躇するわたしを、シスコは彼女の部屋に招き入れてくれた。
そこは、我が部屋とは別天地であった……。




