452 魔力捏ね職人という新たな抜け道
今回、SNS連載時と少しばかり内容に変更をくわえております。
「そういえば最近、ぜんぜん話題にのぼってなかったけど……」
なりゆきで隣に座ることになったアリアンにささやくと、クールな彼女はちらっとわたしを見て――ほんとに一瞬だけね!――なにごともなかったかのように、開いた本に視線を落とした。
え、無視されちゃう? やっぱデリカシー欠如し過ぎた? リートとのつきあいが長くなったせいで、そのへんのラインの見極めが歪んじゃってる可能性は否めない。
「……なに?」
あ、ちゃんと反応してくれた。
「実技試験って、まだ終わってなかったの?」
「担任のジェレンス先生が、ずっと留守になさってたから。延期に次ぐ延期よ」
な……なるほど……。
「なら、準備する期間は長くなったわけね」
「そうね」
アリアンの向こうに座ったリルリラが、なぜか頭を抱えている。そういや、はじめに実技試験の話題が出た頃から一貫して、嫌そうだったなぁ……。
「どういう内容で受けるのか、訊いてもいい?」
「風魔法を同時起動して、つむじ風を作るわ」
「つむじ風……? そんなことできるの?」
「ええ。右と左から同時に風を起こしてぶつけて、渦をつくるのよ」
いやいや、そうじゃなくて。
「アリアンって、水属性だったでしょ?」
「ああ……ルルベルには話していなかったかしらね。まだ不安定なんだけど、副属性で風を使えるようになったの」
「えっ! 水の副属性で風って、珍しくない?」
「偶然、発現したようなものだから……どうしても親和性が低くて、まだ制御があやしいの。それで、シスコと共同作業しようという話になったのよ」
「わたしが風の制御を担当するのは、安全性の問題なの」
リルリラの向こうから、シスコが話に入ってきた。
「そうなの?」
「ええ。確実につむじ風を起こすには、けっこうな勢いが必要だから……つむじ風が大きくなり過ぎちゃうことがあるのね。でも、わたしが制御すれば、はじめに風で勢いをつけるところだけアリアンがやって、位置と規模の固定はわたしが渦で担当できるから……ちょうどいいかなって話になって」
なるほど。いやなるほどだけど、それ以前に!
「えー、共同で試験を受けるなんてこと、できるんだ」
「先生に提案されたの。ふたり合同でやるといい、って。わたしは規模の大きい渦を作るのが苦手で……対象の重量と比例するらしくて、水でさえ重過ぎてほとんど動かせないの」
あー。ストラックアウトのとき、紙吹雪で大きな渦を作れてたのは、軽かったからか!
「重量が問題なら、風は動かしやすいってこと?」
「ええ。アリアンのつむじ風は、わたしの制御力の実技としてちょうどいいの」
「なんか楽しそう! 学生も見学できないのかな?」
「できないわよ――」
そういって、アリアンは息を吐いた。そのまま頬杖をついて――わたしを見る。
「――ねぇ、ルルベルって憎めないわね?」
「はい? いや、えっ?」
そんなこと、本人におっしゃられましても!
えっ……憎まれかけてたの? ひょっとしなくても、そういうこと?
「憎めないのよ」
「あの……はい、憎まないでください。お願いします! 仲良くしたいです!」
焦って答えると、アリアンは短い赤毛を揺らして笑った。
「わたしね、ルルベルのこと好きよ」
唐突な告白! でも、こういう告白なら大歓迎だ!
「わたしもアリアンが好きですよ。……ていうか、さっきのわたしの質問、配慮に欠けてたよね。ごめんね、今さら謝るのもずるい気がするけど」
「そうね。でもまぁ、図星を指されて苛立っただけだから。悪いのはわたしよ、ルルベルは気にしなくていいわ」
「いや、そういうわけには……」
「あなたのいった通りなの。帰りの馬車の中で、シデロアと喧嘩になってしまって……あの子とのつきあいも長いから、今までも喧嘩したことはあるわ。でも、今回は特別だった。……あの子を本気で怒らせてしまった」
だけどね、とアリアンはつぶやく。いつもの彼女より、少しだけ弱い口調で。
「わたしだって、怒っているの。家のための結婚なんて……うまく行かないとわかっている相手となんて、そんなの、もうやめるべきだと思うのよ」
「うん……」
「狼伯爵って、ほんとうに最低の男なの。わたしの叔母って、既婚者よ? なのに、手籠めにしようとしたの」
ひぃぃ〜、いきなり生々しい! 手籠めって! ご……強姦ってことよね?
「お……叔母様は大丈夫だったの?」
「魔法の訓練って、だいじよね」
……あ、なるほど。アリアンの叔母さまなら、魔法の才能バッチリなんだろう。そして、ちゃんと鍛錬なさってたってことだな――女は結婚して子どもを産めばいいだけって価値観に従うなら、必要ないことだけど。
「叔母様も風属性?」
「いいえ、叔母は火属性よ。副属性で、水も少しは扱えるの。見た目は儚げなんだけど、ものすごく気が強くてね……狼伯爵の頭髪に火をはなって、すぐに消したんですって。そして、こう――『次は下腹部にいたしますか? こう申し上げるのもなんですが、去勢された方がご本人様にとっても周りの誰にとっても、およろしいのでは?』」
気の強さが、想像の百倍くらいだった!
「す……すごいね」
「あいつの父親――つまり、隠居した先代が怒鳴り込んできたらしいけどね。恥知らずな一族よ、まったく。……まぁそれも叔母が、『あのかたの父君でいらっしゃいますか? ご子息のお髪に関しては、お詫び申し上げます。ですが、罰を受けるのはあなたがたの方ですよね? あのかたと同じに……あら、頭髪はございませんのね。でしたら、まず下腹部からになりますが、よろしゅうございますか?』ってやったらしいわ」
いや、一千倍に修正だ。叔母様すげー。
「それで引っ込んだの?」
「叔母の魔法に勝てないと察したらしくて、前を押さえながら逃げ去ったそうよ。その後、親戚筋の侯爵家に仲裁してもらって、表向きは一件落着。もちろん、うちの一族と狼伯爵のところは冷戦状態だけれど。夜会でのことだったから目撃者も多かったし、あの一族は、社交界では笑いものね。まぁ、頭髪を燃やすのは……やり過ぎだって、なぜか自分のことのように憤慨している殿方が多少いらしたけれど」
じゃあ手籠めにしようとするのはどうなのって話よね? と、アリアンは顔をしかめた。
頭髪を燃やして脅したからこそアリアンの叔母様はご無事なわけで、へたをすればその……目撃者多めの会場であっても、押し切られて、どこかに連れ込まれる危険性があったわけよね。
こわ。社交界、治安悪ッ!
「叔母様になにごともなくて、よかった……」
「自慢の叔母よ。だけど、そんな叔母でも衝撃を受けてしまったようなのよ。しばらく、夜会に出られなくなってしまって」
そりゃそうか……どういう状況か詳しくはわからんけど、手籠めにされかけたんだもんな。嫌だよな。ショックだよな。最低だな、狼伯爵!
そしてその最低野郎が、シデロアと婚約するかもしれないのかぁ……。
そりゃ怒るわ。やめろっていうわ。喧嘩になっても!
「アリアン、わたしもアリアンの立場だったら絶対、シデロアと喧嘩してる。ものわかりよく生きてんじゃねぇぞ! っていってると思う」
「……そうよね」
「そうだよ。そりゃ、わたしは平民だから……貴族の皆さんにとっての婚姻が、どんなに重い意味を持つかはわかんないけど。でも、その狼伯爵ってひとはナシでしょ。ナシ。絶対ナシ! 頭髪がご不自由なかたは、ちょっと……って断っちゃえばいいのよ」
思いついたことを口走ったら、アリアンは吹き出した。お、これはレア!
「いいわね、その断り文句。でも残念ながら、もう生え揃っているそうよ」
「え、叔母様の温情で、そんなに焼いてないってこと?」
「生属性魔法使いに金を払って治療したんでしょうね。狼伯爵って、自分の美貌を鼻にかけているらしいから」
まさかのイケメンなの? ……でもなぁ、自分がイケててモテモテだと誤認して、気がない女性にまで手を出したわけでしょ。ただの勘違い野郎ってことでは?
「お顔がおよろしくても、中身が残念なのね」
「そう。とくに、飲酒すると正気を失うらしいのよ。なのに、どんどん飲むの」
あー……。下町にもいたわ、そういうの。素面のときはおとなしいのに、飲むと気が大きくなって暴力ふるったりするやつ。もちろん評判は最低である。
どうしよう。狼伯爵、評価できるポイントがなにもない!
「駄目ね、それは」
「駄目でしょ」
「うん」
アリアンは微笑んでから、ひらひらと手を動かした。しっしっ、と追いやるような感じで。
「……まぁ、あの男の話はもういいわ。それよりルルベル、楽しそうっていってたけど……あなたもできるんじゃない?」
「え? なんの話?」
「共同作業よ」
共同作業……? あっ、実技試験かぁ。
「アリアンがシスコと一緒にやるって話してたやつ?」
「そうよ。楽しそうだと思うなら、あなたもやればいいわ」
「え、でも誰と? どうやって?」
「親衛隊の誰かとやればいいんじゃない? 魔法実技発表会でやってたみたいに」
……あーそうか!
わたしって、聖属性魔法全力ぶっぱか、治癒対象=傷を負った誰かが必要な呪文かの二択で、前者は魔法実技と呼ぶに値しない感じだし、後者は心情的に無理って思ってたけど。
魔力捏ね職人という新たな抜け道が、あったんだ!
変更の原因は、アリアンの属性を風だと思い込んで書いてしまったにもかかわらず、すでに水属性で魔法を使っている描写があったためです。
(教えてくださったかた、ありがとうございました!)
水属性の方の記述も活かすため、風属性は副属性で生じたという説明をくわえ、シスコとの連携についても描写を増やしました。




