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45 重力眼鏡留年生 VS 魔性の飛び級天才少年

 ファビウス先輩は、わたしと重力眼鏡のあいだに立ちふさがった――いや、大丈夫です? 相手はマップ兵器ですぞ。


「それ、今する話かな」


 おだやかな口調だけど、これ上流の人の喧嘩モードじゃない?


「ルルベル嬢は、ほとんど教室にいない。出会ったときに話さねば、機会がないです」


 まさしく! みたいな返しが来たよ。ファビウス先輩の背中しか見えないけど、重力眼鏡には、ここで眼鏡をくいっとやっていてほしい。心の目で見るよ、わたしは。


「彼女は具合が悪くてここにいるんだよ。もう一回、訊こうか。それ、今する話かな」

「それは……」

「保健室で寝ていたということは、君も具合が悪かったんだろう。また寝起きで魔法の制御を失敗して落ちたんじゃないか? 骨でも折って運ばれて、治るまで眠っていた……といったところかな。君、なにも進歩してないんじゃない? いや、そんなことはどうでもいいな。もう治った? ならさっさと出て行けば?」


 先輩の容赦がゼロの上に声の温度は氷点下! ていうか骨折? わたしより重傷では?


「そこまでよ」


 思いのほか低い声で割り込んできたのは、ウィブル先生だ。魔性先輩で、ほとんど見えないけども……羽毛ストールのぽわぽわの先端がひるがえったのは、見えた。

 次は教師のターンだ!


「今する話じゃないのは、ファビウスも同じでしょう。ルルベルを静かに寝かせてあげないと。もちろんスタダンス、あなたもよ。骨は治ってるから、帰っていいわよ」

「しかし――」

「すぐに帰らないと、明日から骨折の治療は外部でやってもらうことになるかもしれないわね」


 ……ほんとに骨折してるんだ。それも寝ぼけて? 重力属性こっわ。


「あの」


 ファビウス先輩の後ろから覗いたわたしに、重力眼鏡は苦々しげに返した。


「なんだね、ルルベル嬢」

「殿下のお誘いを存じあげなかったのは、ほんとです。……殿下とお親しいなら、お伝えしてくださいませんか。わたし、特訓されてまして……せっかく聖属性に目覚めても、いざというとき使えないでは困るからで……なので当分、お食事などをご一緒する時間は、ないと思います」


 スープ飲んでてよかったよ。さっきまでだったら、こんなに喋る体力なかった!

 スタダンス留年生は眉根を寄せてわたしを見た。眉間の皺がぐいぐい深まって、それから。


「魔力を使い切って倒れたのか」

「あ、はい……」


 なんでわかるんだ。と思ったのもつかの間。スタダンス留年生は、急に(ひざまず)いた。

 ……えぇぇ?


「失礼した。意識がまわっていなかった、君が皆のために努力しているということに。殿下にはお話ししておこう。どうか休んでくれたまえ、ゆっくりと。許してくれとはたのまない。だが、約束しよう。今後、この問題で君を悩ませることはないと」


 ……えぇぇぇえ?

 どんな顔をすればいいかわからないわたしの方はもう見もせず、スタダンス留年生は立ち上がった。そして、ファビウス先輩に一礼。


「割って入ってくれて助かりました。感謝します、ルルベル嬢にさらなる無礼をはたらかずに済んだことを」

「……君のそういうところ、ほんとに君らしいよね」

「ウィブル先生も、ありがとうございます。いつもお手をわずらわせて申しわけない。たまには外部で治療した方がよいようでしたら、おっしゃってください、ご遠慮なく」

「いいから、早く帰りなさい。レポート書かないと単位がとれないわよ」

「あたたかいお言葉。まことに感謝の念に耐えません。ではルルベル嬢、ファビウス君、失礼する」


 完。

 ……いや、なんだったの。

 ドアが閉まると、ウィブル 先生がこめかみを揉みながら大きく息を吐いた。


「あの子ねぇ、いい子なのよ。素直で。真面目で」

「学園に、身分を持ち込み過ぎだ」


 ファビウス先輩は不満げだ。

 だけど、気がついちゃったんだよね。スタダンス留年生、先輩には丁寧語だったよな? 罵倒されても反駁しなかった。と、いうことは、ですよ?

 ファビウス先輩、かなりの高位貴族疑惑……。

 そもそも「〜ウス」とか「〜ンス」って名門上流の男子に多い名前なんだよな。王子殿下はローデンスだし、スタダンス、ジェレンス、ファビウス……ほらね?

 もちろん、平民でもそういう名づけをすることはあるよ。上流に憧れて。でも、王立魔法学園にいる時点で、ほとんど上流確定なんだし、ファビウス先輩の「〜ウス」はマジもんだろう。


「切り替えができないのよ。そういう性格なの。わかるでしょ」

「それは知ってますが、どうでもいい。問題は、そこじゃないから」


 あと、生徒会に関与するのは貴族でもごく一部の選ばれし者、とかリートがいってた気がするよね……するとつまり、スタダンス留年生も上流中の上流ってことだよ? そのスタダンス留年生が丁寧な態度……。

 いや考えるな、考えたら負けだ。王立魔法学園は身分のへだてがない素晴らしい施設! シュルベアル三世万歳!


「そうね。殿下がねぇ……すっぽかされてもまた食事に誘うなんて、なぜかしら」

「王家の利益のためでしょう」


 ファビウス先輩の声は、やっぱり冷たい。さっき下がった温度が、まだ戻ってないようだ。


「あの」


 おそるおそる声をかけると、先輩はくるりと向き直った。


「大丈夫? もう一回、横になる?」


 激甘じゃん。歯が溶けそうじゃん!


「いえ、あの……はじめから説明していいですか?」

「なにをかはわからないけど、無理はしないで」

「殿下に、お誘いいただいた話です」


 情報共有しておかないとやばい。と、わたしの勘が叫んでいる。ファビウス先輩のご身分がかなりお高めであることについて、考えたくはないが……王家とガチンコ勝負できるレベルだった場合、わたしの特訓が原因で王家と名門貴族が揉めました、なんてことになったらもう。

 マジ無理。


「それならジェレンスに聞いてるわよ。晩餐会で適当に返事してたら、いつのまにか約束してて困ってる、なんとかしてください……ってやつでしょ?」

「……それです」


 ウィブル先生はわたしを見て、またしても、大きく息を吐いた。


「ルルベルちゃん、ほんとに大丈夫?」

「体力はある方なんで、まぁ、なんとか」

「じゃあ、話しちゃうけど」


 そういいながら、先生は椅子を持って来て近くに座った。ファビウス先輩も、それに倣ってそのへんの椅子を持って来た。

 実はね、とウィブル先生は少し声をひそめる。


「入学前から、いろいろいわれてるのよ、王家には。協力するようにって」

「はい?」

「……やっぱり。そういうことだと思ってました」


 え、なんでファビウス先輩が理解してて、当事者のわたしがわかんないの。


「聖属性魔法使いを、取り込みたいのよ。王家と仲良しってことにしたいわけ。早い段階でね。都合よく、ローデンス殿下が同じ学年だから、誼を結んじゃいたいんでしょ」

「あの、いろいろいわれてる、っていうのは」

「一学年ってクラスふたつあるんだけど、王子と同じクラスに入学させろ、とか。集団演習の機会をもうけて、同じ班にしろ、とか」


 え、けっこうなゴリ押しじゃん……。


「じゃあ、ジェレンス先生もいわれてますよね」

「もちろんよ。担任だし、念入りにいわれてると思うわよ。でも、生徒が『今は聖属性魔法の訓練に集中したい、それ以外のことにわずらわされるのは困る!』って訴えに来ちゃったらさ……教師としては、味方する以外の選択肢がないわけ」


 なるほど、とファビウス先輩はつぶやいた。ちらりとわたしを見てから、尋ねる。


「それで、昨日はジェレンス先生が連れ出したんですか」

「そういうこと。で、今日はあたしがお昼を一緒に食べたの」


 ボス連戦ランチの原因をつくったのは、わたしだった! ……当然か。昨日はジェレンス先生に直接依頼したようなものだし。一昨日の校長先生は、たのんでないけど。あれも実は、さりげなくガードして引き離す作戦だったのだろうか?


「夕飯は?」

「ずっと教師と一緒じゃ息が詰まって気の毒でしょ。それに、王族の皆さんは夜は宮殿にお戻りになるから」

「今後は、そうとも限らないんじゃないかな」

「そうねぇ……」


 そうねぇ、って。そうなんかい! マジか〜……。


「ではルルベル、今夜から夕食に同席してもかまわないかな? 僕は王族避けとしては優秀だと思うよ」


 ぶっちゃけ話がここまで進んだ時点で、やっぱりファビウス先輩は王室べったり派閥じゃないんだな、とは理解せざるを得ないわけだが……。

 王族避けって、……なに?


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