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449 誰かの幸せを願うのに、なにか理由が必要でしょうか?

 ファビウス先輩は軽い夕食をとりながら仕事のつづきをするとのことなので、わたしはお風呂をいただいてから、部屋で休んでいた。


 ――ルルベルは、僕と結婚したくないの?


 頭の中で、何回も再生されるフレーズ。

 僕と結婚したくないの?

 そりゃ当然の質問ではあるよね。ファビウス先輩は、わたしをその……す、だという態度を隠さないし? 遊びとかそういうんじゃないって伝えたがってる風だし?

 となると、いずれは結婚って話になる。うん、当然のことだよ。


 だけど。

 わたしは困惑している。同じ熱量で、結婚しましょう! って返せない。

 それは身分や育ちのことで引け目があるから、っていうか……それ以外のどの要素をとっても、釣り合わないって感じるからだ。

 釣り合うわけないじゃーん!

 以下「いつもの」って感じなので、省略するけどさ……いやもうほんと、無理でしょ?

 魔性の美貌を誇る元王子様の隣に立つには、ちょっとこう……いや、かなりこう! 無理めのスペックではないだろうか?


「……つらい」

「どうかしたのか、ルルベル」


 ナクンバ様にまで心配されてしまった……。

 最近のナクンバ様、腕輪に擬態してるあいだは寝てることが多いらしい。わたしが部屋に戻ると、しゅるんと擬態をほどいて自堕落タオルに突っ込んでいくので、今も寝床からの発言なのだが、まぁそれはともかく。

 ファビウス先輩とのやりとりも、聞いていなかった可能性がある……。


「自分の才能のなさに絶望してるだけですよ」

「呪文のことなら、あれは人間が使う方が間違いだ」

「でも使えないと困るんです」

「これまで会ってきた人間の中では、ルルベルがもっとも有望ではある」


 下げてんの、上げてんの、どっち?

 わからないまま、わたしは特大のため息をついた。

 するとナクンバ様は寝床を出て、ひらりとわたしの腕に飛び乗った。そのまま、かろやかに駆け上がって肩までくると。


「結婚のことなら、焦る必要はないだろう」


 ……聞いてたんじゃん! 起きてたんじゃん!

 ああもう恥ずかしいイヤイヤイヤイヤ!


「失礼ながら、黙っていただけます?」

「なにを悩んでいるのか、わからん」

「わからなくていいんですよ」


 たぶん竜って、人間みたいな社会性はないでしょ。

 そもそも、幻獣ってふつうの生きものと違いそうだし。ナクンバ様なんか、あのへんの飛竜概念が合体して出現してるじゃん……「好き」だけじゃどうにもならない事情とか、そういうの、なさそう。

 社会的な釣り合い、なんて説明しても通じないだろう。

 わたしだってさぁ……もっと美少女で、もっと頭がよくて、もっと教養があって、センスある会話ができて、ドレスのデザインで当惑することなくTPOにあった装いをととのえることができて、あと魔法も天才だったら。

 もっと誇れる自分だったら、こんな風にうじうじ悩まなくてよかったのに。

 聖属性はレアだけど、魔法使いとしては……全力ぶつけまっせ! みたいな運用しかできていない現状。リートに鼻で笑われるレベルだぞ。


「ただいま戻りました」


 そのリートが戻って来たので、ぐんにゃりしていたわたしはベッドから起き上がった。

 なお、一応まだ人前に出られる服は着ている。だってこのあと、ファビウス先輩を寝かしつけるためのお茶の時間があるしな……。


「リート、どうだった?」


 ドアから顔を覗かせて尋ねたわたしをチラッと見ると、リートはファビウス先輩の書斎の方に顎をしゃくって見せた。


「俺が報告義務を負うのは、あちらのかたなので」

「……ねぇ、リートってわたしの親衛隊長じゃなかったっけ?」

「チェリア嬢の介抱をするように指示したのは、君じゃないからな」


 あっそー! そうですね、たしかにね!

 というわけで、なんの情報も得られないままリートを取り逃すことになった。

 遠くのドアが開いて閉じる音を聞きながら、また、ため息が出てしまう。


「聖女様」

「わっ」


 ドアの脇に立っていたのは、ナヴァト忍者だ。

 いやもちろん、ナヴァト忍者以外の誰かがここに立ってたらホラーだけどもね? だけども、ナヴァト忍者がいるとは意識してなかった……すごいな、わたし護衛の存在に慣れ過ぎでは? はじめの頃は、何回もドアを開けて声をかけて、休んでいいんだよなんて説得しようとしてたのに。


「おどろかせてしまいましたか。申しわけありません」

「ううん、気にしないで。いつも部屋の前を守ってくれているんだものね。おどろく方が失礼だったね、ごめんなさい。……で、なにか?」

「ファビウス様とのことですが」


 あああああもおおおおお恥ずかしい恥ずかしいイヤイヤイヤイヤイヤ!

 ……とは叫べないので、わたしはできるだけ冷静に聞こえるように問い返した。


「ファビウス様がどうしたの?」

「俺は、ファビウス様と聖女様はお似合いだと思っております」


 その話題、やめてくれ。

 ていうか!


「わたしがファビウス様に釣り合うはずないでしょう……。ただの平民よ?」

「聖女様は、聖女様です」

「ちょっと珍しい属性を持ってるってだけの平民よ?」

「ちょっとではないですが……それとは関係なく」

「それと関係なくしたら、わたしの価値なんてほんとになくなっちゃう」

「聖女様、それは違います」


 ナヴァト忍者がこの手の話題に口出ししてくるのも意外だったけど。

 それ以上に、あの低音イケボで真剣に諭されると、なんか……自分が間違ってるような気がしてくるから怖い。イケボ効果、おそるべし!


「違わないよ」

「では聖女様は、ファビウス様のことをお信じにならないとおっしゃるのですか?」


 ……はい?


「え、急になに? そりゃ、信じないなんてこと、ないけど……」

「ファビウス様は聖女様を選ばれたのですよ。ほかのなにより、誰より、聖女様を。それは、信じることができないとおっしゃるのですか」

「そりゃ……だって!」


 反論しようとしたわたしを、ナヴァト忍者は先んじて封じ込める。


「聖女様を選ぶために、ファビウス様がなにかを失うのがお嫌だとおっしゃる――そのお気もちは、わかります。ですが、なにかを得ることを優先すれば、そのために失うものが出るのも当然では?」


 イケボに正論で殴られてる……!

 リートだったら、ファビウス先輩からなにか包まれたんだろうなと勘繰ってしまうところだ。でも、ナヴァト忍者だからなぁ。


「そうかもだけど……基本的に釣り合いがとれてないっていうか」

「聖女様は、ご自分の価値を低く見積もり過ぎです。聖女様は聖女様です。ほかの誰も代わりにはなれません。だから、ファビウス様もあなたを選んだのでしょう」


 チェリア嬢は、聖属性ではない。聖属性ヲタクのエルフの判定だから、間違いないだろう。

 つまり、わたしが死ぬと……大暗黒期の再来が確約されているのである。

 そういう意味ではね? たしかに? わたしは重要人物かもだけど?


「でも、それとこれとは別なのよ」

「別ですか? どこがでしょう」


 詰めてくる詰めてくる! ナヴァト忍者が本気だ!

 ……なんでこんな本気なんだ?


「あの……」

「はい」

「もしかして、わたしが毎回同じようなことで悩んだり、ぐだぐだとファビウス様といいあったりするのに、辟易へきえきしてる……?」


 ナヴァト忍者は少しだけ眉を上げた。意外なことをいわれた、みたいな顔だ。


「辟易はしていませんが、なぜこうなるんだろうとは思っております」

「なぜ……?」

「ファビウス様が踏み込まれるたび、聖女様が後ずさってしまわれるのが不思議です。両思いでいらっしゃるのに」


 りょ……りょ……両思い!

 いやそうか、そうだね? うん、そうかもだけど、その表現はちょっとガツンとくるというか、過激っていうかなんていうか、なんかこう!

 ナヴァト忍者に真顔で正面からいわれると、さらなる衝撃っていうか!


「俺は、おふたりには幸せになってほしいんです」

「なんで?」


 思わず素で尋ねてしまう。

 ナヴァト忍者は犬っぽい――つまり、あなたのことは信頼してます感全開の笑顔で、こう答えた。


「誰かの幸せを願うのに、なにか理由が必要でしょうか?」


 ……くっ。

 尊い! 尊みが深過ぎて、そのまま墓穴になりそう!

 ルルベル、ここに埋まる――享年十六歳、って心境でござる。


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