443 彼女、雑だと思うんだよね
「ハーペンス師の執事に確認をとったんだけど、たしかに央国の少女を救助したことがあるって――」
「おお……」
執事ってあのイケジジさんかぁ。あの有能きわまりない雰囲気の! なんでも覚えてそうだし、それならファビウス先輩がチェリア嬢の命の恩人って話にも信憑性が出てくるね!
「――ハーペンス師が」
……って。信憑性 is どこ行った!
「えっ? ファビウス様じゃなくて、ですか?」
「うん。僕は眺めてたみたいだよ」
眺めてた……。
溺れる少女を助けるイケオジを眺める美少年……いやすべて絵になるな、わたしがそれを眺めたいわ! 誰かそこまで連れてって! 時間の壁を突き抜けてくれ!
「それじゃあ、チェリア嬢は混乱なさってた……とか? ですかね?」
「とにかく、僕じゃないよ。だって、色属性の魔法で水難救助なんて、できっこないし……飛び込んで助けるほど泳ぎが得意でもないしね」
「なるほど……。あ、でも泳げるんですね」
「一応ね」
「すごいです! わたしは泳いだこともないので」
前世では学校教育のおかげで五十メートルくらいは泳げたけど、今生ではなー。
王都に海はない。近くに川はあるけど、わりと危険で泳ぎには向かない。そもそも、水着姿を人目にさらすという概念が、庶民に広まっていない。
大雑把にいって、スポーツという娯楽が存在しないのである。ギリギリ、子どもの駆けっこくらい?
上流階級にはスポーツという概念があるらしいけど、水泳は男性限定かな……さすがに。
でも、最近のファッションの傾向とか、東国からじわじわ来てるらしい女性解放の流れを考えれば……いずれ来るのだろうか。来るんだろうなぁ。まだ来なくていいと思う……ふっくらし過ぎの傾向がある二の腕やお腹のラインは、クラシカルなお洋服の下に隠しておきたいッ!
「いざというときに備えて、簡単には溺れないように訓練されただけだよ。あんまり楽しくはなかった」
「そうなんですか」
「うん。ハーペンス師は、よく泳いでたよ。あのひと、身体を動かすのが好きなんだよね」
なるほど。……なんかイメージ通りっていうか。
チェリア嬢が出会った頃は、まだイケオジっていうほど渋くなかったのかも……。
「お若かった頃のハーペンス師って、ファビウス様に似てらしたんですか?」
「どうかな。僕は似てなかったと思うけど、こういうの、本人の評価はあてにならないよね」
あー。まぁそうかも。
わたしだって、父さんにそっくりとか母さんに似てるとかいわれるけど、全然? どこが? なんにも? くらいの感じである。
なお、兄は父とよく似てる。異論は認めない。
「チェリア嬢が見間違える程度には、似てらしたということでしょうか」
「彼女、雑だと思うんだよね」
「雑……」
思わず納得してしまった。失礼だけど。……失礼だけど、でもなんか納得感あるわー。
「そもそも、自分の属性だってまともに考えてなかっただろう? あれのどこが生属性なんだか、説明してほしいよ」
「結局、彼女の属性はなんなんでしょう」
「あまりにも珍しくて判定装置が分類しそびれるような属性だろうね。誰にもわからないかもしれない」
「そんなに?」
「でも、本人は気にしないと思う。雑だから」
ファビウス先輩、雑という言葉ですべて処理しようとしてない? 気もちはわからんでもないが!
「だから、似ているというほどでなくても見間違った……とか?」
「聞き間違いも、したかもしれない」
「聞き間違い……ですか?」
「うん。僕は家族に『ファービー』と呼ばれているけど、ハーペンス師は『ハーピー』なんだ」
そういや、初対面のときにファービーって叫んでたな……。
ファービー。
ハーピー。
……似てる? 似てるな。似てるわ……。
「漠然と記憶していた呼び名で、話に出したのかもしれない。昔、ハーピーだかファービーだかいう東国の貴族に助けてもらったことがあって――とでもね。ウフィネージュ殿下はもちろん、僕がファービーと呼ばれていることを知っている」
「……なるほど。ありそうですね」
話を聞いたウフィネージュ様が、それはファビウスのことね。彼なら最近は、聖女の周りにあらわれるわ――てな感じでサジェストしたら、そりゃわたしの動向を探るわ。食堂で発見して、そのままロック・オン! そして、ファービー! って流れだ。
「とにかく勘違いなんだ。僕は人助けに興味がないからね。絶対、彼女の恩人なんかじゃないよ」
「……ファビウス様は、おやさしいと思いますけど」
わたしがいうと、ファビウス先輩はうっとりするような笑みを浮かべて答えた。
「ルルベルが相手のときだけだよ」
言外に、ほかは興味ないしどうでもいい……と、いっているようなものだけど。
それはよろしくないけど、でもほら。わたしだけ特別扱いとか! なんかこう! キャーッ! ってなる。いかん。
「そんなことはないでしょう?」
「あるんだよ。……そうだな、そう思ってくれてるなら、勘違いされたままでもいいんだけど。でも、君の勘違いの原因はわかる気がするよ」
「そうなんですか? なんでしょう」
「君が救おうとするなら手を貸すから、結局、僕が助けたみたいになってるだけ。君の興味や関心が及ぶ範囲内でだけ、僕は善人に見えてしまうってことだよ。どう?」
「……ファビウス様、そんなに極端でいいんですか」
「僕は極端な人間だよ。興味や好意の有無が、はっきりしているんだ。自分の価値観に重きを置いているというか……それ以外、どうでもいいからね」
そこまで?
ある意味、鉄の心臓だなぁ……。
「お強いんですね」
「そうかな。そんなこと、はじめていわれた。……ちょっと嬉しいな」
そういって、ファビウス先輩は年相応の表情を見せた。つまり、はにかんだのである。
か……可愛い!
可愛いけど、はにかみポイントがサッパリだ! なにがツボだったんだ!
「ルルベル」
「はい?」
「僕がやさしいって思うなら、それは君がやさしいからだよ。他者を評価するって、自分自身の『ものの見かた』を開陳するのと同じことだから」
あー……前世でいわゆる、悪口は自己紹介! みたいなやつか。
なるほどと思わなくもないけど、ただ肯定するのはなんとなく嫌だなと思って。
「だったらやっぱり、ファビウス様もやさしいですよ」
「なぜ?」
「だってファビウス様、わたしをやさしいと思ってらっしゃるでしょ? なら、そのやさしさは、ファビウス様の中にあるものだってことになります」
ドヤ!
渾身のドヤ顔を決めたわたしを、ファビウス先輩はちょっとおどろいたように見て。
ちょうど辿り着いた研究室のドアを開けながら、つぶやいた。
「……そういうところが、ほんとにね」
またなにかがツボったらしく、斜め後ろから見た耳が少し赤い。
……わたしはファビウス先輩のことを理解できてないなぁ、と思う。なんでそうなるのか、サッパリだ! サッパリサッパリ!
サッパリなのに、つられて赤くなっちゃう自分も解せぬ。なぜだ。
ともあれ、謎の照れ照れモードはすぐに終わり。
シスコにもらったデザイン画をファビウス先輩に見せ、宝飾店へのオーダーをお願いしたり。もちろん、わたしの意図を汲んでもらえるようにと説明したり。
個人的な方の腕輪の仕様について、話し込んだり。
東国で巨人の研究が進んでる話とか、その巨人が放出する穢れが以前より強くなってるから追加で呪符を送る話をしたり。もちろん、わたしが描いて、あらかじめある程度の魔力をこめておくって流れなんだけど、具体的な量はどうするかって決めたり。
「なんか……」
「うん?」
「忙しいですねぇ」
「そうだね。聖女業も大変だね」
にこっと笑うファビウス先輩だけど、どう考えてもわたしよりファビウス先輩の方が忙しいと思う。
聖女に要求されるあれこれ、ある程度はファビウス先輩が取り仕切ってくれてるんだよね。ファビウス先輩の頭の上を飛び越えてくる案件は、突発的なジェレンス先生くらいのものである。
あれは天災だから、しかたがない。
「聖女の保護者業の方が、もっと大変そうです」
しみじみいうと、ファビウス先輩は少し面白そうに笑った。
「保護者業か。うまくできてるかな?」
「ファビウス様じゃないと、こんな風にさばけませんよ。もし、自分ひとりでなんとかしなきゃいけなかったらと思うと……ぞっとします」
「うん、ならよかった」
……なんでだろう、「狙い通りだな」って副音声で聞こえた気がするな。
まぁ、狙い通りでもなんでもいいですよ。うん。……うん。




