442 僕が誰と結婚する予定か、気になる?
「あらかじめ、いっておくけど。すべての貴族の子女の婚姻に口を出すわけにはいかないよ?」
「あ……。はい」
さっそくファビウス先輩に釘を刺されてしまい、わたしは肩を落とした。
つまり、それまでは肩が持ち上がっていたのである。力が入って、なんじゃそりゃ許せん! くらいの勢いだったのだ。
だってさぁ……。
「君が友人をたいせつに思うのは、わかるよ。でも、貴族の結婚は家同士の契約であって、当事者同士の問題じゃない」
「……ファビウス様もですか」
自分でも思ってもみなかった言葉がこぼれてしまった。
口にした当人が、えっ、なんじゃそりゃ! と思ったほどだ。いや、そんなこと口走るつもりじゃなかった。ていうか、考えてたとも気づかなかった。なにいってんの、わたし!
ファビウス先輩も、おどろいた顔をしていた。でもすぐ、いつものアルカイックな微笑を浮かべて。
「僕が誰と結婚する予定か、気になる?」
「そりゃ……まぁ……」
なんで、とは思うけども。あれだけ好き好きいわれてたら、ファビウス先輩がわたしをその……好きでいてくれることは間違いないんだろう。
でも。
王族からは抜けたといっても、ファビウス先輩だって貴族ではある。
今の話の流れなら、当事者の気もちは置いといて、家同士の契約が優先されるって話になりかねない。
……と、思ったのに。
「僕はルルベルと結婚するつもりだけど、ルルベルはどう?」
こともなげに、ファビウス先輩はそういった。
わたしは声も出ない。
頭の中で、ファビウス先輩の台詞が何回もリフレインされている。
僕はルルベルと結婚するつもりだけど、僕はルルベルと結婚するつもりだけど、僕はルルベルと結婚するつもりだけど……!
結婚ってなんだっけ? えっ! こんなカジュアルに宣言するもの? いやなんかの冗談?
「家のことを気にしてるなら、王籍を抜けた時点でなんの問題もなくなっているからね。僕の持ってる爵位って、僕のものだから。僕に命令できるような、僕より上の存在がいない――っていえば、わかる?」
「ああ……はい」
「強いていえば、央国の国王は命令してくるかもしれないけど、だったら行方をくらませばいいだけだ。どこに行っても、それなりに暮らせる自信はあるよ」
それに、とファビウス先輩は少し悪戯っぽく笑ってつぶやいた。
「説得する自信もある」
「ご家族を、ですか」
「君を」
「……」
あっそう? ていうか、えっ? これなに? プロポーズ?
結婚するつもりって、そうだよな? えっ……うっそ。ファビウス先輩って、プロポーズはなんかこう完璧なシチュエーションで決めて来そうな気しない? わたしはする。
だが、予想は裏切られた!
「わたしって」
「うん」
「そんな簡単に、結婚しそうな女に見えます?」
「まさか。すごく難しいと思うよ」
「いや……」
そこまで難しくはないと思うが……だいたい今、べつに完璧シチュエーションでなくてもなんでも、頭の中ずっとあのフレーズが鳴り響いてるし。僕はルルベルと結婚するつもりだけど?
結婚するつもりだけど?
……もはや理想のプロポーズみたいな気がしてきた! 笑える!
わたしチョロ過ぎん?
「だから、時間をかけているんだ」
「時間」
「この世でもっとも貴重なものって、時間だと思うんだよね。取り戻せないし、増やすこともできない。まぁ……長命種のエルフみたいな存在なら、時間のとらえかたは全然違うんだろうけど。……ああ、あと時属性の魔法が使えれば、多少は違うのかな。でも、僕には無理だし、ルルベルだってそうだよね?」
「はぁ」
「僕は有限の時間を差し出してるし、ルルベルの時間も……もぎ取ってるんだよ。それこそ強欲にね」
「強欲……」
「うん、強欲。長く時間をかけるほど、ルルベルは僕といっしょにいるのが当然って感じるようになる。僕がいない方が不自然なくらいにね。そのまま一生をともにしようって思ってもらえるように、僕は頑張ってるわけ」
はい、また破壊的フレーズ来ましたー!
一生をともに……一生をともにしよう……一生……。
「あの……」
「うん」
「ちょっと、許容量を超えました」
ファビウス先輩は少し笑って、わたしの頬を両手で挟んだ。
えっなにこれ近い。でも動けない。蛇に睨まれたカエルならぬ、ファビにみつめられるルルベルである。ルが多い。
「僕の質問に、答えてくれてないよ」
「質問……」
「訊いたよね。ルルベルは、どう? 僕と結婚する気ある?」
……許容量超えてるっつってんだろぉぉぉ!
「と……」
「と?」
「とりあえず、今のところは」
「今のところは?」
「魔王を封印できていないので」
「……ほらね、難しいなんてものじゃない」
わかったでしょと微笑んで、ファビウス先輩はわたしの顔から手をはなした。
難しい……そうだよな、難しいよな。
だって、わたしと結婚したくば、魔王を封印して参れ! ってことじゃない?
……ちょっと違うな。封印するの、わたしの役だからな。わたしと結婚したくば、わたしが魔王を封印するのを待っておれ! ――いやタチ悪いなこれ。
軽く息を吐いて、ファビウス先輩は髪をかき上げた。どんな動作でもオシャレに見えるの、謎過ぎる。……これが惚れた欲目というやつかと思いかけたけど、そういやこのひと、初対面から常時こうだな。さすがに一目惚れはしてない。むしろ拒否しまくってた。
当初、魔性先輩の命は軽かったのである。
「すみません、話を逸らしてしまって」
「気にしないで。僕にとっては、常時これが本題だといってもいいくらいだし。魔王の封印、いっしょに頑張ろうね?」
ね? とわたしの顔を覗き込むファビウス先輩は、やっぱり魔性だ。
「……それより、その……サル……サルなんとか伯爵……」
さっき覚えたと思ったのに、衝撃で吹っ飛んでしまったわい!
わたしは情けなさを噛み締めてるというのに、ファビウス先輩は柔軟に対応してきた。
「ああ、サルね?」
「……サルでいいんですか」
「君が覚える必要ないよ。サルとシデロア嬢の結婚で生じる利害関係は、調べておくね」
「でも、介入は……できない、って」
「僕がいったのは、すべての結婚に口出しはできないってこと。それをやるなら、王家と同種の権力が必要になる――つまり爵位を与えたり奪ったりする権利を握る必要がある。わかる?」
「あ、はい」
そんなこと考えてもみなかったので、ちょっとびっくりした。
でも、なるほど……貴族ってそうだよな。王命であるっていわれたら、ふつうは従う。あれほど財力のあるノーランディア侯爵家でさえ、王命には従っていたくらいだ。
「今回の場合、全貴族って話じゃない。君の友人、シデロア嬢に限ってる。それに、介入するかどうかは別の問題だよ。まず情報を収集しておく。その上で、うまく使う。君に迷惑はかけないから、心配しないで?」
……迷惑をかけているのは、わたしなのでは?
そもそも、ファビウス先輩はむちゃくちゃ忙しい。そこに、魔王封印RTAを加算してしまっているのだ……たぶん、わたしが。
なんともいいがたくて口をつぐんでいると、ファビウス先輩は、あ、と声をあげた。
「思いだした」
「はい?」
「例の第二の聖女についてもね、調査を進めたんだ」
「調査、ですか」
「たしかに東国の湖に遊びに来ていたことを確認したよ。親戚に東国貴族がいて、その別荘があった。景勝地なんだ。彼女は『リンダルの池』といっていたけど、本来は『フィンダル湖』といってね」
ファービー問題か!
「ファビウス様も、行かれたことが?」
「うん。親戚の別荘があるという点では一致してる。ハーペンス師の別荘があるんだ」
あのイケオジの! 湖に別荘……似合う……! 似合い過ぎる!
「景勝地……ということは、綺麗なところなんですね」
「そうだね。いつかルルベルも連れて行きたいな」
甘い声で誘われた気がするけど、わたしの頭の中はそれどころではなかった。
湖の別荘で遊ぶ、幼少期のファビウス先輩……見たい。見た過ぎる。鬼可愛いに決まってる。
溺れていた隣国の少女を救うファビウス先輩……水濡れ効果でパワーアップした美貌に、命の恩人シチュエーション! そりゃ惚れちゃいますね?
最近、やる気が出払っており、更新が途絶えまくりとなっております。
やる気が戻ってきてほしいです……。




