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440 聖女の祝福をさしあげたいなって

「あの……ほんとに、ここを使っていいの?」

「うん。むしろ、勧められたから。校長先生に」


 シスコは不安げだったけど、良い場所ありませんかって訊いたらエルフ校長の方からね? 提案されたのよ。ここを使えばいいですよ、って。

 図書館もねぇ……そろそろ飽きてきたんだ、正直なところ。

 美しく、風情ある建物だとは思う。それは嘘じゃないんだけども、なんかこう……閉塞感があるんだよね。

 原因はたぶん、開口部が少ないからだ。魔的防御を高めるためと、書物を守るため――本ってあんまり光を当てない方が長持ちするらしいよ――だろうとは思うんだけど、窓少ないし、小さいし。

 本を読むための明かりは魔道具の照明が主体で、これは本を劣化させないように対策が施されてるらしいんだけどねー。やっぱりリアル日光って、気もちが明るくなるんだなって思う。つまり、不足すると気が滅入るんだよ。

 まぁ……とにかく! 籠ってると、気もちが鬱々としてくるわけ。


 図書館と比べると、校長室は開放的だ。窓も大きいし、そこから見える外の緑がとても美しい。なんの変哲もない常緑樹なんだけど、さすがエルフ校長のお膝元に生えているだけあって、こう……瑞々しいんだよね。冬なのに。

 校長室に問題があるとすれば、インテリアがすべて触れるのも畏れ多い感じのエルフ・デザインであることくらい?

 わたしは慣れた!

 慣れていないシスコは、見るからに腰が引けている。


「自由に使ってかまいませんよ。ああ、お茶を淹れましょう」


 ……もうひとつ問題があったな! エルフ校長が付属してるわ。


「いえ、そんな。どうぞ、おかまいなく」

「シスコ」


 エルフ校長が名を呼んで、シスコがシャキーンと姿勢を正した。つまり、引けていた腰がまっすぐになった。


「はい」

「君はルルベルの友人として、この部屋に迎え入れられたのですよ。そしてそれ以前に、我が校のだいじな生徒です。臆することも、羞じることもないのです。僕のもてなしを受けてください」


 にっこりしたエルフ校長、とってもお美しいです……。シスコも見惚れるレベル!


「はい……ありがとうございます、先生」


 返事をするまでに時間がかかったのは、あきらかにエルフ校長が美し過ぎたせいですね……逆魅了の魔法が解けたわけじゃないと思うけど、エルフ校長はやっぱり浮世離れした美形だし、シスコはわたしほど見慣れてないもんなぁ。


 まぁ、そんなこんなあって、芸術的なティー・セットでかぐわしいお茶と見た目も味も芸術的なお菓子をいただきつつ。シスコとわたしは腕輪のデザインを話し合った。


「朝聞いた話を確認するけど、石の数は任意なのね?」

「うん。デザインに合わせればいいよって、ファビウス様が」

「余らせても大丈夫……でも、最低でもひとつは、小指の爪くらいの大きさにして、魔法の力を込める……で、あってる?」

「あってる」


 そう。ウフィネージュ殿下にお贈りする腕輪には、わたしが聖属性の魔力をこめる予定なのだ。これなら、特別感のある返礼品になるし、ふだん使いしてもらえる可能性が高い。実用性が高過ぎるからね。

 ただ、魔力をこめるなら石に要求される最低サイズがあって、それが小指の爪くらいの大きさなんだそうだ。


「勘違いがなくてよかったわ。じゃあ……こういうの、どうかしら」


 シスコはデザイン画をふたつ、出してくれた。仕事が早い!

 ひとつは指輪と腕輪が鎖でつながったデザインで、むっちゃオシャレ! かっこいい! 腕輪と指輪にそれぞれ、要求される小指の爪サイズの石をあしらってアクセントにして、もっと小さな石を周りにちりばめる案だ。金属の土台には幾何学模様を彫って、そこに石を配してバランスをとるみたい。すっごいハイ・センス!

 もうひとつは、土台に石を嵌め込むのではなく、石をつなぐスタイル。前世でいえば、テニス・ブレスレット的な……なんていえばいいのかな、一個ずつ、台座に嵌めた石を用意して、それを繋げる感じ。だから、しゃらんと腕にまとわりつくはず。この石のサイズを大小グラデーションにしてるのが、素敵……。大はもちろん、魔力を込められる大きさだ。


「腕輪と指輪をつなげるのは、少し前の流行なんだけど、意匠を今風にしてみたの」

「ふむふむ」

「前に流行したときは、もっと植物を模した曲線が主流だったんだけど」


 ……あーわかった! アール・ヌーヴォー的なサムシングか! わたしもあんまり詳しくはないけど、アルフォンス・ミュシャとか? ああいう系譜のデザインでしょ。

 それを幾何学的なアール・デコに変更して、新し過ぎないけど古くもないってバランスにしたってことよね?

 さすがシスコ!


「こっちの一粒ずつの方は?」

「これは、もっと伝統的な形ね。だけど、基本的に大きさに差をつけることはないから、新しさを感じられると思うわ」

「新しさか……それ重要だね」

「って、ルルベルがいってたから。考えてみたの」

「ありがと、シスコ!」

「新しさが重要なのですか?」


 積み上がってるデスク・ワークを放置して、エルフ校長もシスコのデザイン画を眺めている。

 エルフの里に発注したら、すんごいのが出来上がってきちゃうんだろうなぁ……と、チラッと思った。

 ……でも、それはなんか違うな。


「思ったんです、わたし――ウフィネージュ殿下はきっと、伝統や権威と戦わなきゃいけないお立場になるだろうな、って」

「古いもの、ですか」

「はい。つまり……先日、お話ししてくださいましたよね? 女子生徒の卒業後の進路問題とか」

「そうですね」

「殿下の進路は決定済みです。卒業後は宮廷政治に明け暮れることにおなりでしょう。だけど――」


 王族という身分があったとしても。


「――若い女だからと、あなどられることも多いんじゃないかと思って」

「ええ、僕もそう思います」

「変えていかなきゃいけないんです。わたしが皆の希望になれたら……そうなれるように努力はしますけど、わたしだけでなく、殿下も希望のひとつになっていただきたい。あのかたと気が合うとは思いません。でも、見えている苦労を乗り越えるお手伝いができれば、とは思うんです。それが、未来を明るくすることにつながればいいな、って」


 気が合うとは思わないっていうか、はっきりいって苦手だし避けたいタイプだけども。

 だけど、ウフィネージュ様も女子なんだ。それも、職業選択の自由がない女子だ。

 応援したいじゃん。わたしの応援なんかイラネーっていわれるかもだけど、そんなの知ったことじゃない。わたしは応援したいんだ。


「年長の男性ばかりの政界で、ウフィネージュ殿下が波風立てずにやっていこうと思えば、可愛らしいお飾りに徹するのがいちばんですよね。でも、殿下はそれに甘んずるでしょうか? そうじゃないと思うんです。そういうかたじゃない……だから、絶対に対立します。頑迷な価値観と、戦っていくことになるんです。だからせめて、聖女の祝福をさしあげたいなって」


 肩を並べていっしょに戦おうとは思わないけど。それでも、なんらかの後押しはできるはずだ。

 それが、新し過ぎない程度に新しい感じの、聖女の祈りをこめたアクセサリーである。


「それを彼女に伝えるのですか?」

「えっ? いえ、まさか! そんなのお伝えしても、鼻で笑われちゃいますよ。却って遠ざけられるかもだし。わたしたち、仲が良いとは到底いえないですから」

「ルルベル……」


 シスコがわたしの手に手をかさねた。

 元気付けてくれてるっていうか……これだよね。ああしたらいい、こうしたらいいって指図するんじゃなくて、ただ寄り添ってくれる感じ。

 たぶん、誰でもそれを求めてるんじゃないかと思う。

 わたしはウフィネージュ様に寄り添えないし、あっちもわたしを寄り添わせる気はないだろうけど、わたしが腕輪で目指してるのは、そういうことだよ。なんとなく力づけられる、なにか。


「なるほど。僕も、案じてはいたのです。彼女もわたしの生徒のひとりなのですから」


 エルフ校長が気遣ってくれるのは、心強い。

 とはいえ、エルフ校長はひとりで生徒は大勢だ。しかも、在校生のみならず卒業生も含めて、忘れることがないエルフ校長の「生徒」なのだろうから……。


「ルルベルの話を聞くまで、殿下のこと、そんな風に考えたことなかったわ。これからも、心の中で応援するくらいしか、できそうもないけれど……それでもね。わたしの中で、なにかが変わったの。ルルベルが、変えてくれたのよ」


 真顔でいわれたけど、わたしの話をわたし以上に真剣に受け止めてくれてるっぽいシスコ、ほんとに天使だと思う。

 シスコは進路、どうするんだろうな……。良いお家のお嬢さんだから、親御さんはたぶん良縁を求めて結婚って流れを考えてらっしゃるんだろうけど。

 でも、こんな場面でついでみたいに尋ねる話題でもないし、わたしはその問いを飲み込んだ。

 シスコが選ぶことなら、きっと応援する――それはもう、決めてるから。


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